第十五話「客人」
二人で決意を新たにはしたが、どうしたらいいかは見当もついていなかった。
「とりあえず、部屋に戻りましょうか。」
ルシアンがそう言った。よく考えると今日はまだ、朝食も食べていない。
「朝食、作りますね。」
ルシアンにそういって扉をあける。すると、背後から声をかけられた。
「よかったら、私もそれ、頂けますか?」
驚いて振り返ると、眼鏡をかけた人物がゆっくりと門の方から歩いて来ていた。帽子を脱いで挨拶してくる。
「クロード、どうしたんだ!」
ルシアンがクロードに駆け寄る。それはクロードだった。キャラバンで一緒になったベルンシュタインの役人。ルシアンの話では税を監視する監査官。
「ルシアンがメイドを雇ったと聞きましてね。ちょっと様子をみてくるように主人に頼まれました。」
それはどこまでが本当のことなのだろう?キャラバンで見た時より、少し砕けた様子だ。ルシアンとも仲がいいみたいだ。
「リリーは、ご一緒じゃないんですか?」
あの小さくて利発なメイドの姿は見えない。
「一緒に来たがってはいたんですが、彼女も仕事がありまして。ああ、シエルさんにはよろしく言っておいてくれと言われました。」
ルシアンを紹介してくれたのはリリーだ。彼女にはちゃんと会ってお礼がしたかった。
「とりあえず、中に入ってくれ。シエル、朝食の準備を。」
「はい、かしこまりました!」
慌ただしく厨房に向かう。大丈夫、準備はもうできている。
◇
「いやあ、これは美味しい。毎日こんなものを食べられるなんて、ルシアンは幸せですね。」
スープをすすりながらクロードが言った。今日の朝食は、豆と葉物のスープ。クロードがいるので急遽黒パンも出した。スープには野鳥と香味野菜を煮込んで作ったベースを使っている。昨夜の夕飯時に使ったものの残りだが、クロードは気に入ってくれたみたいだ。
だが、ルシアンの食事はあまりすすんでいなかった。
「それで、朝っぱらから二人で暗い顔をして、何があったんですか?」
朝食をたいらげたクロードがそう言った。
「わかるのか?」
驚いた顔のルシアンにハンカチで口元を拭きながらクロードが答える。
「玄関で座り込んでいた二人を見ていましたので。」
「おまえっ。」
あれを見られていた?シエルも少し慌ててしまった。大丈夫。人に見られて困ることはしていないはずだ。
「別に構わないでしょう?特に恥ずかしいことはしていませんでしたよ。」
クロードの答えに安心する。彼はすました顔だ。
冷静沈着で博識。それがシエルのクロードに対する印象だった。ここで、出会えたのはもしかしたら、何かの導きかもしれない。
「あの……ルシアン、様?」
ルシアンにそっと目で問いかける。ルシアンはすぐに意図を察したようだ。
「ああ、そうだな。クロード、相談に乗ってくれないか?」
クロードはそんな二人を見て、鷹揚に頷いた。
◇
「なるほど、冬越し、ですか。」
ルシアンはニルスのことを全て話した。クロードはそれを一つ一つ丁寧に、時には質問を混ぜながら聞いた。
「だいたい分かりましたが、それは珍しい話ではないですね。北部の街はどこも豊かではない。そのニルスという少年だけが特別というわけではないでしょう。」
「クロード?」
ルシアンは意図を読めずに困惑する。
「ルシアン。貴方はどこまでを助けるつもりなのですか?」
「どこまで?」
「貴方はニルスという少年を助けたいだけですか?それなら話は簡単です。貴方の財産から施しをしてやればいい。そうすればその親子はこの冬を越せるでしょう。来年は分かりませんが。」
「……施し。」
「しかし、先ほども言ったように貧困は別に珍しいことではない。毎年冬になる度に死者はでています。食べ物や燃料が手に入らず犯罪も増える。フランベルクでも、ベルンシュタインでも、王都でだって貧困で死ぬ人間はいます。あなたはそのどこまでを救うつもりなんですか?」
「それは……」
考えたこともなかったのだろう。ルシアンは下を向いてしまった。だが、ルシアンはそれでも必死に言葉を探しはじめた。
「俺は……この街の領主だ。悔しいけど他の街まで、守れる力は、俺にはない。だけど、自分の領民くらいは。フランベルクの民は全員、俺には守る義務がある」
「なるほど……しかし、フランベルクの民全員に施しをするような余裕は貴方にはないでしょう。仮にあったとしても、そうなれば領の財源がなくなります。今度は別の死者がでる。」
クロードは淡々と、事実を指摘していく。それは全て正論で、反論の余地はなかった。
どうしたらいいのだろう。シエルは考える。クロードが言うことはもっともだ。王都にも孤児はいた。一部は孤児院に預けられていたが、全員を救うことはできないでいた。金も資源も有限なのだ。それが、現実だった。
「いいですかルシアン。これが統治です。誰をどうやって、どれだけ助けるのか。悲しいことですが、全員を助けるのは無理なのです。まずはそれを理解しなければならない。」
ルシアンの表情は苦しそうに歪んでいた。彼は優しい。頭では理解できても、心が納得できないのだろう。そんなルシアンにクロードは微笑んだ。
「まぁ、今はいいでしょう。これはあくまで心構えの話ですから。さて、実務的な話に移りましょう。ルシアン。冬越しにあたってフランベルクに足りていない物があります。なんだと思いますか?」
ルシアンは少し迷ったあとに答えた。
「食料と燃料。」
ルシアンが短く答える。
「ふむ。半分正解、といったところでしょうか。」
クロードは厳しい。そう思っていると、クロードがシエルの方を不意に向いた。
「シエルさん。冬越しにあたって、フランベルクで用意できる食料は何がありますか?」
意見を求められるとは思っていなかったので驚いたが、質問の内容は、そんなに難しいものではなかった。冬を超える準備は、シエルももう始めていたからだ。
「まずは豆です。乾燥した豆は湯で戻せばかなりの量になります。栄養も高くてしかも安い。あとは根菜類でしょうか。フランベルクは寒いので地下室に保存すればそんなに悪くはならないと思います。あとは葉物や山菜類ですが、これらは種類によっては乾燥させれば数か月は大丈夫です。」
「肉類は?」
「干し肉があればいいんですが、お高いです。私は野鳥を一羽買いして、解体してから、塩漬けにするつもりでした。ニルス君のお父さんは元猟師ということですから、足が悪くても罠を仕掛ければ、野鳥を手に入れることもできるかも……」
後半は推論なので自信はない。
だがシエルの答えに、クロードは満足そうに頷いた。
「シエルさん。貴女は優秀な人だ。この街にきて一月も経っていないのに、もうそこまで把握している。シエルさんの言う通り、食料についてはおそらくハンスさんも何とか目途はついていると思います。この街の食料自給率はとても高いですから。だから、問題は。」
「燃料?」
確かに、フランベルクは食料に関しては比較的豊かだ。実際シエルも冬支度の準備をしていて、そこまで難しいとは感じなかった。ニルスには保存ができる食料を教えてあげれば、何とかなるかもしれない。もっとも彼の父親がもうやっていることかもしれないが。
だから問題は燃料なのだろう。
「このように、問題点を明確にするのは大事なことです。いいですか、ルシアン。冬に北部の人間が命を落とす一番の理由は、燃料不足によるものなんです。そして、今年はそれが特に顕著だ。」
「どういうことだ?」
やはり気づいていませんでしたか。そうクロードが呟いた。シエルもルシアンも何の話をしているのかが分からなかった。
「実はですね。これが、私が貴方を訪ねた本当の理由です。ルシアン、貴方の力を貸してください。」
そう言ってクロードは頭を下げた。




