第十一話「誓い」
「それでは、シエルさんは魔法使いではないのですね。」
「ええ。ただのメイドでございますから。」
生真面目な赤毛の青年の台詞に笑いを堪えながらシエルはスープをよそった。彼はこのスープが気に入ったらしく、既に2杯目だった。
(多めに作っておいてよかったな)
そう思いながら、皿を渡す。
フランベルク卿は礼を言って受け取ると、美味しそうにそれをすすりはじめた。
「いや、しかし、本当に驚きました。僅か半日で館中を綺麗にしてしまうなんて。」
「いえ、全てではありませんよ。二階には足を踏み入れていませんし。」
そこまで話して塩漬け肉を処分してしまったことを思い出す。正直に話すと「そんな物があったんですね」と笑って流された。そもそも存在を認識していなかったらしい。
食後にお茶を入れながら、改めて自分のことを話した。カナールを出ていくことになった経緯はぼかしたが、泥炭船のキャラバンのことは楽しく話せた。多角獣を倒してもらったことにお礼も言えた。
「なるほど、あのキャラバンにいらっしゃったんですね。」
無邪気に笑っているフランベルク卿を見ていると、兄弟ができたような気がした。テオにも似たようなことを感じたことはあったが、彼は12歳も年上だ。一方、フランベルク卿は今20歳で、シエルの1つ下だという。
「そうです。本当に助かりました。あ、そうそう、フランベルク卿が使用人を探していることは、旅で一緒になったリリーに教えてもらったんですよ。」
「リリー?」
卿が不思議そうな顔をする。
「え?ご存じありませんか。クロード様のメイドなのですが。」
「クロード?監査官のクロードですか?」
監査官とは、税の徴収をチェックする役人のことだ。ソレイユ王国は基本的に年に1回、10月に、人頭税が課される。税額は住んでいる地域によって変わるが、嘘の申告が発覚した場合、厳しい罰が課せられていた。それをチェックするのが監査官だった。
「クロードには今年の税の徴収の時に助けられたんです。軍の補給についてなら計算はできるんですが、税額とかはなかなか難しくって。」
ちなみに領主の元に集められた税のうち半分は国に納められるらしい。監査官は領主と住民、両方をチェックするため、強い権限を持っているそうだ。
「そうなんですね。勉強になります。」
「ちなみに、シエルさん税金は?」
「今年の税は、勤めていたお屋敷がまとめて払ってくれています。来年からはこちらで払わないといけませんね。移住届はフランベルク卿にお出しすればいいのでしょうか?」
そこまで言ってから、シエルは自分がまだ正式に雇われたわけでないことに気づいた。移住届には三か月以上の定住の実態が必要だったはずだ。フランベルク卿が雇ってくれなければ、また別の街に移動するしかない。
「そのことなのですが、シエルさん。」
「はい。」
「正式に、俺に雇われてくれませんか?」
それは、自分が言い出そうと思っていたことだ。
「よろしいのですか?」
「ええ。俺は騎士団で女性には紳士として接するように習いました。だけど、貴女は半日でこの館をここまで綺麗にしてみせた。それは俺にはできないことです。どうか、謝罪させてください、シエルさん。貴女を女性だからといって断ったのは、貴女の能力に対する侮辱です。本当に、失礼なことをしました。」
「そんな、侮辱だなんて。」
この人は、本当に真面目な人なんだな。自分もよく生真面目だと言われるが、彼の誠実さは主人として好ましいものだと思った。
「それでは、フランベルク卿。これから、よろしくお願いします。」
「ルシアンです。」
「え?」
「俺の名前はルシアン・フランベルクです。だから、ルシアンとお呼びください。ずっと言おうと思っていたのですが、家の中でフランベルク卿と呼ばれると、くすぐったくてしょうがない。」
「しかし、主人を名前で呼ぶわけには。では、せめてルシアン様と……。」
「いいえ、駄目です。俺の方が歳下なんですから。この条件が飲めないなら、貴女を雇うことはできません」
「……そんな。」
からかわれているのかと思ったが、どうやら本気でそう言っているようだ。多角獣を一人で倒すほどの強さを見せたかと思ったら、子供みたいなことを平気で言いだす。野営や税の仕組みのことはよく知っているのに、家事はまったくできない。本当にちぐはぐな人だ。だけどそのちぐはぐさがあるからこそ、シエルは必要とされている。それはこの先他では、得られないもののような気がした。
「分かりました、ただし私のこともシエルと呼んでください。それに人前では、ルシアン様と呼びますからね。……ルシアン。よろしくお願いします」
「はい、シエル。では、決まりですね。」
そう言って二人で契約条件を確認していく。給金の話。仕事の内容。さらには、シエルが寝泊まりする東棟には、ルシアンが許可なく足を踏み入れないことなどが決められた。もちろん発案はルシアンからだ。
そして最後にルシアンが、扉をノックするかのように拳が掲げた。
「これは?」
「騎士団式の約束の仕方です。手の甲同士をぶつけ合って、自分が信じるものに誓うんです。」
なるほど、と思いながらシエルも握り拳を作った。ルシアンの手が思ったより大きくて少し驚く。ルシアンが優しく拳を合わせてきた。シエルもそれに返す。
「赤毛のフランベルクに誓って。」
「大恩あるラフォンテーヌ家に誓います。」
手と手が触れ合う、温かな感触。
シエルは自分の意思で、初めて一つの契約を行った。




