俺と権化
登場人物
ヒナタ・・・異世界に来てしまった主人公引きこもっていたこともあって精神的には弱い
異世界では強気になっているがいざとなったら…
ラベラのことを好きで全力で助けたいと思っている
権化を持っている
ラベラ・・・ヒナタが異世界からきて何も知らないときに助けてくれた
今のところはヒナタよりソリュアのほうがちょい好きヒナタの過保護なところに
ちょいちょい疲れを感じている
ジャルナの王候補者
ソリュア・・・ラベラの執事で戦闘力は高いラベラに忠実でヒナタとは話すのは楽しいらしい
いろいろと裏がありそう
王国
ジャルナ王国・・・何個かある国の中の一つでその中心的な国経済力はあり兵力もあるしかし今は政治は不安定で幼稚な権化が迫っている
「ヒナタ、朝ですわよ! 今日も予定が山積みなの、早く準備してもらえますわ?」
ソリュアの声が耳に飛び込んだ瞬間、ヒナタは弾かれたように跳び起きた。
「うおおお! おはようソリュア……って毎朝心臓に悪いな」
朝日が窓から差し込む。
その眩しさの中で、ふとした思いが頭をよぎった。
俺、本当に異世界に来ちまったんだよな。
この世界で、一生を。
あくびをひとつ。
感傷はそこで打ち切って、ヒナタはソリュアに引っ張られるようにして食堂へ向かった。
テーブルには湯気の立つスープ、野菜、ハム、そしてずっしりとしたパンが並んでいた。
すでに席についていたラベラが顔を上げる。
「おはようヒナタ。今日も元気そうでよかった」
「おかげさまで。……ここのパン、毎回うまいな。誰が焼いてるんだ?」
「コニュアです」
ラベラが視線をずらした先に、見慣れない人影があった。
紫色のロングヘアに、左右で色の違うオッドアイ。
執事というより家政婦に近い装いの少女が、カウンターの脇で静かに立っていた。
「おはようございますヒナタ様。ラベラ様にお仕えするコニュアと申します。コニとお呼びください」
「よろしくコニ!パンうまかったよ」
「……ありがとうございます」
短い返事だった。
愛想が悪いわけでもなさそうだが、何かを測るような間があった。
「……あと、もう一人は?」
コニュアはわずかに間を置いた。
「外の見回りをしております。あなたへの警戒がまだ解けていないようですので、今は距離を置かせてください」
その言葉の重さを噛み締める間もなく、ソリュアが盛大によだれを垂らしながらうずうずしていた。
「そ、そんなことはどうでもいいですわ! 早く食べますわよ!」
ラベラが鼻で笑う。
「ソリュアは本当に食いしん坊だなあ。それでは――『デューア』」
食事が始まった。
しばらくは誰も何も言わなかった。
スプーンの音。パンをちぎる音。ソリュアが鼻息荒く食べる音。
ヒナタはスープを一口すすって、何気なく言った。
「なあ、今日は隣国に行くんだっけ」
「ええ」
ラベラが答えた。
「少し話し合いがあって」
「どんな話し合いだ?」
「……色々と」
ラベラはそれだけ言って、スプーンに視線を落とした。
続きを言うつもりはなさそうだった。
ヒナタは追わなかった。
まだ二日しか経っていない。この人のことを、ほとんど何も知らない。
コニュアはカウンターの向こうでその会話を聞いていた。
洗い物をしながら、手を動かしながら。
ラベラ様が言葉を切った瞬間、コニュアは手を止めなかった。
ただ少しだけ、耳を傾けた。
朝食を食べ終えてから、ヒナタはソリュアに何気なく問いかけた。
「そういえば俺、今日は何をすればいいんだ? 雑巾がけとかか?」
「今日はまず戦闘訓練、それからこのあたりの見回り。それとラベラ様が隣国へ赴かれるので、護衛ですわ」
その言葉にヒナタの体に力が漲った。
「俺の秘めた才能が目覚める時だー!」
ソリュアがにやりと笑った。
薄ら寒くなるような笑みだった。
「言っておきますわね。私の戦闘訓練は、男の誇りすらも叩き潰しますわよ」
「……それ訓練じゃなくて戦闘そのものじゃねえか」
屋敷の庭。朝の空気はまだ涼しく、草の匂いがした。
「それではヒナタの『才能』とやらを拝見しますわ」
ソリュアがヒナタに無造作に剣を放る。
「おいおい、俺に剣渡していいのか? ここから才能が開花して泣いても知らねえぞ」
「その体格でそういう展開を口にするのはやめてくださいますわ?」
「それでは――始めますわ」
ヒナタは即座に後ろへ飛び退いた。
距離を取る。間合いを作る。
ソリュアが素手で来るなら、剣のリーチが活きる。それがヒナタの組んだ作戦だった。
「ソリュアは剣はいらないのか?」
見下ろすようなソリュアの目が細くなった。
「ヒナタ。あなた、さすがに私をなめすぎですわ」
「――開始」
「さすがにやばいと分かってるから距離を取ってんだろうが!」
剣を正眼に構えながら、ヒナタは内心で舌打ちした。
相手が踏み込んでくるまで、とにかく待つ。
尊厳もへったくれもない戦法だが、勝ちを拾うにはそれしかない。
沈黙が続いた。
ソリュアは動かない。ヒナタも動かない。
風だけが草を揺らした。
五秒。十秒。
ヒナタの額に汗が滲んだ。
何もされていないのに、胃が締め上げられるような感覚があった。
ソリュアはあきれたように右手を前へ向けた。
「なんですわその構え……まあいいでしょう。ただしその作戦、致命的な穴がありますわよ」
「風の神よ、力を吸引せよ――『フォーリェ』」
背後から風が来た。
来た、ではない。叩きつけられた。
「うぁっ――!?」
竜巻じみた暴風がヒナタの背中を押し、体ごと前へ吹き飛ばされる。
剣の構えが崩れる。
踏ん張ろうとする足が滑る。
前のめりになった体の重心が、完全に乱れた。
その一瞬を、ソリュアは逃さなかった。
地面が爆ぜる音がした。
ゴッ――!
ソリュアが踏み込んだ一歩で、土がえぐれ粉塵が舞い上がる。
小柄な体が音速のように迫ってくる。
ヒナタは必死に腕を交差させた。
腹を守る。急所だけは死守する。
だが、ソリュアの拳はその腕ごと、すべてを薙ぎ払った。
バキィィィッ!
衝撃が腹を通り越して背骨まで響く。
肺の空気が一瞬でゼロになる。
視界が白く飛んだ。
「ゴエッ――カハっ、ヒュッ、ガァっ――!」
声にならない声が漏れるたびに、ヒナタの体は宙を舞った。
轟音とともに池へ叩き込まれる。
冷たい水が全身を包む。
痛みと溺れかけの苦しさが混ざり合って、頭が上手く動かない。
くそ、くそくそくそ。たとえ訓練でもこれは――
ぬかるんだ池の縁を掴み、泥だらけになりながらなんとか這い上がる。
顔を上げると、すぐそこにソリュアが立っていた。
涼しい顔で。乱れた息ひとつなく。
「まあ底は知れていましたが、ここまでとはですわね」
「さ、さすがにやりすぎだ……はぁ、はぁ……うっ」
「やりすぎ?」
ソリュアの目が冷えた。
「そうですわね。ヒナタからしたら、ですわ」
「私の実力に異論はないでしょう。ヒナタが弱いこともわかった。ですがそれは、ラベラ様を守れない理由にはなりませんわ」
頭では分かっていた。
分かっていたから、余計に腹の底に鉛が沈むような感覚があった。
「確かに俺は軽い気持ちで護衛についた。だけど、雇われた側だぞ。少しは――」
「はぁ」
ソリュアが溜息をついた。
呆れではなく、どこか痛みをこらえるような息だった。
「まだわかってませんの。あなたが恩返しをしたいと言って、あの忌まれる力を持ちながら、それでも雇われることになったのはなぜか」
「雇われていなければ、今頃あなたは英雄賢者に斬られていましたわ」
「自分の覚悟の軽さを悔いているなら、今からでもやめていいですわよ」
悔しそうな目でソリュアを見つめる
「そんなに俺のことが嫌いなのか?」
ソリュアは無慈悲に
「私は最初からそうですわラベラ様はお人よしが過ぎますわ」
「またかよこの世界でも俺は誰もから嫌われなくちゃならねえのかよ」
ヒナタは顔をしかめながらにやけ顔をする。
「またみんな俺のことを空気みたいに扱って使い捨ての駒みたいに使うのかよ!」
「そろそろとどめを刺しますわよちゃんと死体も隠さないとといけませんし覚悟を」
「覚悟?今まで引きこもってきた俺に覚悟なんてねえ今の俺には薄汚く泥臭い生きるっていう『欲求』しかねえんだよ!」
ソリュアはあきれたように言葉を並べる。
「『欲求』ですか結局は権化と言ったところですわね」
ヒナタは剣を拾い池にあった泥を握りしめソリュアに向かって投げつける。
「俺のことが見えなけりゃ魔法使ったって当たらねえぞ!」
泥は消し飛びヒナタの顔面に拳が飛んだ。
「ガフッァ!」
バキィと音が鳴り緑葉が散る
ヒナタは殴られた勢いで近くにあった森林の木に当たる
ゼぇゼぇと息を吐きながらヒナタは黙っていた。
異世界に転生して今の出来事への驚きじゃない。
この世界に生きる自信が、音を立てて崩れていく感覚だ。
権化なんて力、なんで俺に――だったら、もう―
やめてやる
その言葉が喉まで出かかった。
……だけど。
やめたら、何に戻る?
元の世界でも、たいして違わなかった。
誰かに必要とされたことも、誰かのために何かをしたこともなかった。
朝起きて、惰性で一日を過ごして、また寝る。
それを繰り返していただけだ。
人に親切にされると、何か裏があると思った。
優しくされると、どうせ続かないと思った。
そうやって遠ざけていたら、いつの間にか誰もいなくなっていた。
自業自得だと分かっていた。
それでも、寂しくなかったと言えば嘘になる。
ラベラに拾われたとき、俺は泣きそうになった
助けたいと思った
転生して何も知らない俺に手を差し伸べた。
俺みたいな人間に、初めて。
「ラベラ様のやさしさが、つくづく染みるよ」
ヒナタはゆっくり再び剣を拾い上げた。
足が震えている。
腹の痛みはまだ引いていない。
それでも、前を向いた。
「ソリュア」
「俺は、ラベラを傷つけさせない。俺がどれだけ弱かろうがなそしてお前を倒す」
「たった二日間、異世界に置いてけぼりにされてた俺に、手を伸ばしてくれたラベラを、俺はぁぁぁ」
そこで力尽きた。
ぐらり、と崩れるように、ヒナタはその場に倒れた。
少しの沈黙。
「……恥ずかしいセリフに、最後はこれですわ」
ソリュアの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「まあ、これでコニュアの警戒も解けたのではないですわ?」
屋敷の窓から、紫の髪の少女がそっとこちらを見ていた。
視線がかち合うと、すぐに引っ込んだ。
「言葉だけじゃ、あの子は動きませんもの。……少しというよりやりすぎましたわね。申し訳ないとは思ってますの」
「今日は寝ていてくださいですわ」
(ヒナタあなたが本当にあのままでしたらもしかしたら殺していたかもしれませんわ)
ヒナタはソリュアに運ばれ、治療を受けてから、静かにベッドへ寝かされた。
しばらくして、ドアをノックする音がした。
「……ヒナタ様。失礼します」
コニュアだった。
小さな器を持っていた。塗り薬らしい。
「打ち身に効きます。自分で塗れますか」
「ああ、ありがとう」
コニュアは器を置いて、すぐに帰ろうとした。
「なあ」
ヒナタが声をかけた。
「俺のことは嫌いか?」
コニュアは少し間を置いた。
「今のところは好きではないですでも」
「ヒナタの『権化』の価値観だけは少し変わりました」
「普通にうれしいなさっきの俺からしたら」
コニュアはドアの前で、わずかに振り返った。
「勘違いしてほしくないのはソリュアさんは優しいってことですきっとめんどくさい私のためにここまでされたんでしょう柄にもない無慈悲な暴力に」
それだけ言って、出て行った。
ヒナタは天井を見上げて、少しだけ考えた。
(知ってるよ最初からソリュアは優しいって)
(みんなに優しくされるだけじゃだめだラベラの護衛として)
* * *
ジャルナ王国の外れ。
騎士団がいつものように街道をパトロールしていた。
「それにしても王選候補のピラミって、めちゃくちゃ可愛くなかったか?」
「ピラミは俺のだ! お前はあの変なラベラとかいうやつでも取っておけ」
「俺はベラスって大剣士の男に憧れるけどな。ああいう漢になりたいぜ」
笑い声が続く。のどかな昼だった。
だったはずだった。
気づいたときには、道の真ん中に少年が立っていた。
歳は十二か、十三か。
騎士たちを見上げるその目は、まるで珍しい虫でも眺めるような色をしていた。
「僕はさあ、幼稚な人が好きなんだよね」
少年は続ける。
「幼稚だと、汚い考えとかなさそうだし」
にたり、と笑った。
「――君たちとは違ってさぁ」
「なんだこの子供は」
少年はさらりと言った。
澄んだ声で、まるで天気の話でもするように。
「僕は『幼稚の権化』。名前はラーダ・キンディッシュ。よろしく」
沈黙が落ちた。
笑いではない。寒気でもない。
もっと原始的な、本能に近い何かが騎士たちの間を走った。
「それじゃ、欲求どもの指示だから――素直に逝ってね」
騎士たちの顔色が変わった。
青ざめるもの。剣に手をかけるもの。鼻で笑うもの。
一人が踏み出た。
最も勇敢な騎士だった。
「子供といえど、自ら権化と名乗った以上――すまないが、切らせてもらう」
刃が閃く。
ゴシュッ。
頭頂から口元まで、一直線に斬り裂かれた。
沈黙。
「……幼稚だなあ」
少年は笑っていた。
切り裂かれた顔のまま。
傷口がじわりとふさがっていくのを、誰も直視できなかった。
「僕よりもね。大人なのに、騎士なのに、国の誇りなのに」
剣を構えた男の手が、小刻みに震えていた。
「貴様は……本当に、権化なのか」
「幼稚、幼稚。さっきも言ったじゃないか、おじさんたちに一回一回」
少年が首を傾ける。
少年が走り出した。
次の瞬間――
グちゃ。
ゴチュ。
ビチィ。
音だけが、残った。
少年が駆け抜けた後の道には、木も、地面も、鎧も、人も――何もかもが、まるで巨大な手で握り潰されたように、形を失っていた。
「子供のお遊びにも付き合えないとはねえ」
血濡れた肉塊の上を、少年は裸足で軽やかに跳ねる。
「やっぱり僕より幼稚じゃないか。死に方も、生き方もさぁ」
その背中が遠ざかっていく先には、ジャルナ王国の城壁が見えていた。




