↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/99

第三章 34:ファルク・ナディール

 無人の国境検問所を、一行は通り抜ける。

 国境に隣接する都市国家エルザハは、マリオール王国とは友好関係を結んでいる。それがたとえ市民感情を反映していない、表面的なことであってもだ。魔物騒ぎ以前から、検問所には兵士は常駐していない。

「不思議ね。空気の匂いまで変わった気がするわ」

 街道の先を眺めながら、感慨深くパティアが呟いた。

 ウィヴロス渓谷を抜けて、平原が広がる。見渡す限り、高い建物は見当たらない。

「街までは遠いの?」

 問うルナに、パティアはわざとらしく肩を竦めて見せた。

「徒歩で国境を越えたことがないから。まあ、ここから見える限りは遠そうね」

「随分、いい加減だこと」

 ルナはため息を吐きながら、目を細くして遠くの方を見やった。

 平原をしばらく進むと、次第に草原から剥き出しの大地へと変わる。他に何も見えない。北に延びる、踏み鳴らされた街道だけが目印だ。太陽も、だいぶ西の方角へ傾きはじめていた。

 日差しも柔らかくなってきた頃、街道を横切る川が見えてきた。架けられた木製の橋を渡ると、周辺の景色が一変した。

 遠くに、果樹園や田畑が見える。ようやく人間の生活感が辺りに現れてきた。

 人の姿も見えた。パティアが小走りで駆け寄る。

 二言三言、会話を交わすと、パティアはまた同じように小走りで戻って来た。

「こっちよ。もう近いって」

 日が沈みかけて、辺りが橙色に染まりはじめた頃に、ようやく街が見えてきた。城壁は見えないが、周囲をぐるりと植林された木々で囲んだ、大きな街だ。街の西側には、海岸線も見える。

 緊張した面持ちで、ロミが街の方向を見つめる。

「大丈夫。急ぎましょう。日が暮れる前に」

 ルナは隣のロミに声を掛けると、そっと彼の肩に触れた。


 パティアが市民に声を掛けて回るが、皆が首を横に振る。

 何人目だろうか、髭面の男性がにこりと口角を優しく吊り上げた。

「ブロム商会? ああ、分かるよ。この通りの先だ」

 ようやくパティアはほっと胸を撫で下ろして、ルナたちの方に手を振った。

 男性に礼を言って、言われたように通りを先へ進んだ。とある建物の二階の軒先に、見知った意匠が刻まれた看板が吊るされているのを見つける。膨らんだ革袋に弓が重ねられた、ブロム商会の意匠だ。

「あ、あれね」と、パティアが看板を指さした。

 建物の前には、複数の人の姿があった。

 ひと際、目を惹くのが、赤髪の女性だった。軽装だが鎧を身に着けて、金色の糸で刺繍が施された真っ赤なマントを羽織っている。背丈はそれほど大きくないが、薄暗い街通りの中で、異様な存在感を放っていた。

 見送りなのか、彼女に相対している小太りの中年男性が、へこへこと何度も頭を下げていた。赤髪の女性は従えた三人の兵士と共に、建物を後にする。

 ブロム商会へと向かうパティアたち三人と、赤髪の女性たちの一行とがすれ違う。

 女性が、ちらりと三人を一瞥する。その視線がパティアに向けられた時に、一瞬だけ戸惑ったように揺れた。しかし、彼女は小さく首を横に振ると、視線を真正面に戻した。

「ねえ、ちょっと」

 建物の中に戻ろうとしていた小太りの男性に、パティアが声を掛けた。

 男性は手を止めて、怪訝そうに振り返る。

「…なんでしょうか」

「あなた、ブロム商会の人?」

 問うパティアに、男性は面倒臭そうな視線を向けた。

「そうですが。何か御用でも?」

 パティアは取り出した封書を、男性に向かって差し出す。

「メルリネス・ブロムからよ」

「メルリネス…?」

 男性は封書を受け取ると、人差し指を突っ込んで器用に封を剥がす。

 手紙を読み始めた男性の目が、みるみるうちに見開かれた。そして、改めて目の前の金髪の女性を、驚愕の面持ちで凝視した。

「ま、まさか、パティア様…!」

 思わず発してしまった自らの大声に、男性は慌てて口を押さえた。

 男性の戸惑ったような目が、パティアの肩越しに、その背後へと向けられた。その視線の先では、振り返った赤髪の女性が、パティアたちの方を凝視していた。

 女性が早足で、建物の方へ引き返してくる。

 男性の視線が、赤髪の女性とパティアとの間で激しく動く。パティアもそれに気付いて、おもむろに振り返った。

 女性は真っ直ぐにパティアに向かって来る。そして、パティアの前で立ち止まると、見定めるように足元から視線を這わせる。

「パティア――。パティア・マリオールか」

 身構えようとするルナを、パティアが手で制する。

「そうです。私は、パティア・セレスティア・マリオール。――あなたは?」

 パティアの名乗りを聞いて、女性の口元が笑みで歪む。

 一歩、彼女は下がると、深紅のマントを払って深々と頭を下げた。

「アインフェルト辺境伯から聞いて、お待ち申しておりました」

 そして、顔を上げると、女性は自身の胸元に手を当てる。目を伏せながら、小さく頭を下げた。

「ご挨拶が遅くなりました。ファルク・ナディールと申します」

 顔を上げた彼女は、長いまつ毛の奥の茶色の瞳でパティアを見据えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。