第三章 27:クランドゥ・マイヤーの配慮
街道や国境の村で起こった事件について、パティアが一通り説明を終える。
敢えて、ロミの存在は隠した。事実そのままを話したわけではないが、それでも正体不明の騎士たちから襲撃を受けたことに変わりはない。
深紅のカーテンが揺れる出窓の側で、まるで監視者のように、槍を手にした全身甲冑の置き物が部屋の中を睨み付けている。クランドゥ・マイヤーの執務室は、派手な飾りっ気は無いものの、入る者を萎縮させるような空気に満ちていた。
静かに話を聞いていたクランドゥは、腕組みして重たいため息を吐いた。
「街道に出るという魔物の正体は、出自不明の騎士団によるものでしたか」
「ええ」と、パティアは表情を変えることなく、頷いた。
「王国の紋章を付けてはいましたが、誰ひとりとして顔を知らない者たちばかりでした。彼らがあそこで、国境を封鎖していた理由までは分かりません」
パティアの言葉に、クランドゥが眉を顰めて唸る。
執務室の円卓を囲んで向かい合う二人を、ルナは頬杖を付いて眺めていた。話の行く末を心配そうに見守っているのはメルリネスだけで、ルーファスは傍若無人に歩き回って調度品に見入っている。
「すぐに、村には人手を派遣しましょう」
クランドゥはそう言うと、さらに眉間の皺を深くする。
「しかし、その騎士団が何者なのかが気になりますな。当家にも被害が出ておりますし、正体を突き止めませんと」
「ええ。見過ごすことはできません。王国もすぐに調査いたします」
頷くパティアの顔を、クランドゥはじっと見つめる。
「パティア様は、これから王都にお戻りなされるのでしょうか」
その言葉に、思わずパティアの表情が固まった。明らかに、彼女の瞳が泳ぐ。
「…戻る、予定は、今のところないかなあ…」
パティアは助けを求めるように、ルナに視線を向ける。
だが、ルナは頬杖を付いたままで顔を背けた。そんなルナを、パティアが憎々しそうに睨む。
「いけません、姫様」
キャビネットの上の金属製の天秤を珍しそうに見ていたルーファスが、ふと横から声を掛ける。
「あの件は、まだ公にはなさらないよう、お気を付けください」
「「――あの件?」」
訝しむクランドゥの声と、素っ頓狂なパティアの声が重なった。
ルーファスが静かにパティアを見据える。はっとパティアの眉が跳ね上がった。
「そ、そうでした。マイヤー卿、極秘任務ゆえ今はまだ話せないのです」
「…極秘、任務ですか」
クランドゥが指の先で、円卓の縁を叩く。
「国王陛下は、ご存じで?」
「いえ、父も知らない任務ですわ。兄と、一部の者しか知りません。任務のため、国境を越えようとしていたところ、例の騎士団に襲われたのです」
落ち着きを取り戻したパティアが、クランドゥを見つめ直した。
しばらくの間、無言でクランドゥはパティアを見つめる。そして、ゆっくりと背凭れに体を預けた。
「…そうでしたか。私はてっきり、パティア様の悪い癖――いえ、抑えきれぬ好奇心ゆえ、王城を飛び出したのかと邪推してしまいました」
冷や汗を滲ませつつ、パティアはそっと目を斜め下に逸らす。
「今日はこの城で休んでいかれるといい。すぐに部屋の準備をさせます」
クランドゥが肘掛けに手を付いて立ち上がる。そして、執務室から退室した。
それをしっかりと見送ってから、パティアは大きなため息を吐いた。
「マイヤー卿って、父とも長い付き合いだから緊張するのよ。下手なことを言うと、すぐ父に連絡がいっちゃうから」
そして、ルーファスに片目を瞑って見せる。
「本当に助かったわ。ありがとね、ルーファス」
「それは何よりです」と、ルーファスも笑顔で返す。
メルリネスもほっと息を吐く中で、ルナは横目で睨むようにルーファスを窺う。
その視線にルーファスも気付いているはずだが、彼は表情を変えない。それどころか、ルナの方を見ることすらしなかった。
しばらくして、侍女を伴ったクランドゥが戻って来た。
「準備が整いました。案内させます」
彼の背後で、侍女が静かに目を伏せる。
ルナがすっと立ち上がった。彼女は纏った外套の裾を払うと、パティアを一瞥する。
「私は、少し街を歩いて来るわ」
冷たくそう言い放つと、クランドゥと、その後ろに付き従う侍女の横をすり抜けて執務室を後にした。
――ですが、お友達はどうでしょうか。
廊下を進みながら、ルナは耳元で囁かれたあの言葉を思い出す。ルーファスも、自分のことを知っている素振りだった。彼に感じていた違和感は、心做しではなかった。
思わず、ルナは小さく舌打ちする。
その時、背後から、早足で近付いてくる足音が聞こえてきた。
足を止めて振り返ると、そこには小走りで駆け寄って来るメルリネスの姿があった。彼はルナに追いつくと、ほっと笑みを見せた。
「そこまで一緒に行きましょう。私も、支店に顔を出さなければいけないので」
メルリネスの笑顔を少しの間、ルナは眺める。そして向き直ると、再び廊下を歩き始めた。
彼女の横を、メルリネスが並んで歩く。
振り向かずに、ルナが隣のメルリネスに言う。
「お仲間を巻き込んでごめんなさい」
一瞬、驚いたようにメルリネスの目が見開かれた。しかし、それはまたすぐに柔和な笑みに戻った。
「こういった事故は、時折起こるのです。覚悟の上ですよ」
そして、彼はわずかに苦笑して見せた。
「まさか、全滅するとは思っていませんでしたけれど」
二人は城門を抜けて、キュケロナの大通りに出る。視界の向こう側には、街を取り囲む高い城壁が霞んで見える。
「ルーファスって何者なの」
大通りを、街の中央の方へ向かう。ルナの問いかけに、メルリネスが首を傾げる。
「ルーファスですか。ルナ様たちのお知り合いではないのですか」
「知らないわ。…少なくとも、私の記憶にはない」
メルリネスが意外そうに目を丸くする。
「私は、パティア様の紹介と聞いておりましたが」
ルナは目を瞑って、大きく息を吐いた。あのお姫様だけは、何を考えているのか分からない。
眉を顰めて目を開けたルナの視界に、天秤ばかりをモチーフとした見慣れた看板が映る。ルナはその看板の建物の方へ足を向けた。
「商人ギルドですか」
「一応ね。シュタから何か連絡が届いているかも知れないから」
答えると、ルナはメルリネスと別れて、開け放たれている商人ギルドの扉を潜った。




