第三章 24:城郭都市
パティアの名乗りを聞いた門兵が、訝し気に首を捻る。
「少し、お待ちください」
門兵の言葉遣いは丁寧だが、その眼差しは疑いを隠しきれていない。もう一人の門兵に目で合図してから、城壁の向こう側へ引いて行った。
残った門兵も、一行を不審に見据える。
――城郭都市キュケロナ。
ルビナ山脈の麓に構えるその都市は、街全体が二重の城壁に囲まれている。マリオール王国の東方国境を守るに相応しい、堅牢な街だ。
南側の城壁では、六本もの物見塔が来訪者を睥睨する。
ルナはフードの隙間から塔を見上げた。高い城壁とも相俟って、圧し掛かってきそうにすら思えた。
パティアが腕組みしたまま、静かに辺りの様子を窺っている。
ルナは視線を下ろすと、口の端を吊り上げてパティアを見た。
「お姫様でも、顔パスってわけにはいかないのね」
パティアが息を吐きながら、呆れ顔で振り向く。
「そりゃあそうでしょ。公式な訪問でもないし」
二人の後ろでは、落ち着かない仕草でメルリネスが周囲を見回す。一方で、ルーファスは好奇心に満ちた笑みを浮かべて成り行きを見守っていた。
しばらくして、街の方向からざわめきが聞こえてきた。
門兵が、一人の初老の男性を伴って戻って来る。幾つもの勲章が飾られた赤い肩掛けマントを羽織った彼は、鋭い目付きでパティアたちを見据えた。
その視線を、パティアは真正面で受け止める。
「マイヤー卿自らのお出迎えとは、畏れ入ります」
凛として佇むパティアを、クランドゥ・マイヤーは眉を顰めて見つめ返す。
しかしその顰め面は、すぐに破顔した。
「これは、パティア様。大変、失礼しました」
クランドゥは優雅に臣下の礼を取る。そして、ゆっくりと頭を上げると、笑みのままで演技掛かった仕草で両腕を広げた。
「随分、大きく成られて。衛兵から話を聞いた時は、まさかと思いましたが。なんとまあ、こんな王国の外れまでようこそ御出でくださいました」
パティアも穏やかな笑みを見せた。
「卿も、お変わりなく。本日はお願いがあって、お伺いいたしました」
「そうですか」と、クランドゥは安堵したように腰に吊るした剣を門兵に手渡す。
「立ち話も何ですから、中へどうぞ」
そして、彼は意地悪く口元を歪めた。
「いや、王女を騙る不届きな輩であれば、この場で叩き斬ってやるところでした」
そう言って、クランドゥは豪快に笑う。
「その時は、不肖ながらお相手いたしますわ」
パティアも負けじと、不敵に笑って見せた。
「さあ、お供の方たちもご一緒に」と、クランドゥが街の中へ誘う。
ルナが眉根を寄せる。
「…お供ね」
「あながち、間違ってもいないでしょう」
面白がって言うルーファスを、ルナは不快な表情で睨み付けた。
クランドゥに案内されるままに、一行は城壁を抜ける。一つ目の城壁を抜けるとやや広い中庭が広がり、やがて二つ目の城壁に達する。
有事の際には閉じられるであろうその城門は、今は大きく開けられていた。
街は活気に溢れていた。商人たちの露店が立ち並び、行き交う街民も多い。物売りの威勢の良い声に混じって、子供たちの奇声も聞こえてくる。
ガチャガチャと金属の音を鳴らして、数人の衛兵たちが横を通り過ぎる。クランドゥは彼らに対して、軽く片手を挙げて応えた。
「最近は物騒でね」
クランドゥが歩きながら言う。
「エルザハの僭主から救援の要請がありましてな。議会と折り合いが悪く、万が一の事態には亡命の可能性があると」
「穏やかではありませんね」
パティアの返事に、クランドゥはさらに眉間の皺を深くする。
「そんな時に、今度は国境での魔物騒ぎですよ。当家の討伐隊も壊滅させられて、途方に暮れているところです」
「国境の一件なら、解決したわ」
あっさりと言うパティアに、クランドゥは思わず足を止めた。
「今、なんと?」
パティアがにやりと笑って見せる。
「私たちの信頼できる仲間が守ってくれています。街道はもう安全よ」
クランドゥの驚きの表情が、次の瞬間には戸惑ったような顔付きに変わった。再び歩を進め、首を捻りながら街を奥へと向かう。
「…信じていない顔ね、あれは」
ルナの耳元で、パティアが小声で言う。
「信用されてないんじゃない」
突き放すように言うルナに、パティアは不満そうに頬を膨らませた。
慌てた様子のクランドゥが、血相を変えて振り返った。
「いえ、そういうわけでは。決して」
それでも、やはり完全には信じ切れていないように見えた。何やら思案気な顔で、クランドゥが跳ね橋の前で手を挙げた。その指示に従って、城門の上部の部屋で衛兵が巻き上げ機を回す。
「話は、中で聞きます。お疲れでしょう。食事を用意させます」
振り向くクランドゥの背後で、ゆっくりと跳ね橋が下りた。




