↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/98

第三章 23:シリルの悩み

 午睡のまどろみを、不意のノック音が遮る。

 オルヴァンは眉根を寄せておもむろに立ち上がると、玄関のドアを押し開けた。

 明るい日差しと共に現れた思いがけない顔に、彼は目を見開いた。どうして彼女が此処にいるのか、ふと嫌な予感が脳裏を過ぎったが、すぐにオルヴァンは笑顔で出迎えた。

「これは珍しい。わざわざこんな辺鄙なところに。いかがなされましたか」

 濃紺のゆったりとした麻のチュニックに身を包んだ彼女は、躊躇するように目を伏せる。

「…申し訳ありません。ご隠遁されていることは重々承知の上ですが、他に当てが無くて――」

 そして視線を上げると、疲労で輝きを失った瞳をオルヴァンに向けた。

「助けてください、伯父様」

 困惑した視線で、オルヴァンは姪のセラフィヌス・ヴァレン――シリルを見る。軽く息を吐くと、ドアを大きく開けた。

「とりあえず、中へどうぞ。お茶ぐらいは飲んで行かれるといい」

「…かたじけない」と、シリルは小さく肩を揺らしながら頭を下げた。

 案内された席に着くと、疲れた表情でシリルはテーブルを呆然と見つめた。ふと、木目に指を這わせてみる。細かな凹凸を指先に感じた。

「だいぶ、お疲れのようですな」

 奥の炊事場から現れたオルヴァンが、彼女の前に木製のカップを置いた。柔らかな湯気が立ち上る。

「…ありがとうございます」と、シリルはカップに両手を添えた。

 爽やかで、甘い香りが鼻孔を擽る。シリルは力無く微笑むと、しばらくその香りを味わう。

「――パティア様のことですかな」

 掛けられた言葉に、シリルははっとしたように再び表情を固くする。

「やはり、そうですか」

 呟きながら、オルヴァンは彼女の対面にゆっくりと腰掛けた。

 シリルが顔を上げる。その瞳が、鬼気迫るようにオルヴァンに向けられる。

「パティア様が、また行方不明なんです!」

 叫ぶように言うや否や、シリルは堰を切ったように一気に続けた。

「ベルフェルから一日遅れで帰るって言っていたのに、いつまで待っても帰って来やしない。大臣の連中――いえ、方々には、親の仇のように責められるし。私のことは、いったいなんだと思っているんでしょうか。むかしは、シリルシリルって、私の行くところにいつも付いて来ていたのに、今じゃ隙あらば逃げ出そうとする。もう私の立場なんて、王国のどこにもありません」

 そう言い切ると、シリルは悲痛の声を上げながらテーブルに突っ伏した。

 オルヴァンは大きなため息を吐いた。掛ける言葉を探して、目の前の姪を眺める。

「伯父様――」と、シリルが真顔で顔を上げる。

 思わず、オルヴァンは身を後ろに退いた。

「パティア様の居場所に、心当たりはありませんか?」

 先ほどまでの彼女とは打って変わって、シリルの眼光は鋭い。さすがは代々マリオール王国の近衛騎士を輩出している、名門ヴァレン家の血筋だということを思い起こさせる。

「時に、ミリアは達者かな?」

 オルヴァンの問いかけにも、シリルは表情を変えない。

「母ですか? 最近は運動不足を気にしていますが、相変わらずです。たまには会いに来てくださったら良いのに」

「そうだな。それも良いな」

「伯父様」と、シリルは再び静かに見据える。

「まさか、話を逸らそうとしているわけではありませんよね」

 オルヴァンは苦笑いして、その瞳を受け止めた。

「私も知らんのだ。パティア様が今、どこにいるのか」

「…本当ですか?」

 探るように、シリルが上目遣いを向ける。手元のカップを持ち上げて、少し冷めてしまったお茶にそっと口を付けた。

 想像以上に甘い味が口内に染み渡った。

「落ち着きますね。美味しい」

「もう冷めているでしょう。淹れ直しましょうか」

 腰を浮かしかけたオルヴァンを制するように手を伸ばしながら、シリルは首を横に振った。

「いえ、このままで結構です。猫舌なので」

 シリルは笑みを浮かべて、お茶を再び口に含んだ。

「本当に美味しい」と、感嘆の声を漏らす。

「恐らくだが。パティア様は、シュタイン殿、ルナ様、そして不肖ながら私の息子、ウィルと共に居るはずだ。余程のことが無い限りは、まずその身に危険が及ぶことはないだろう」

 オルヴァンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。一旦、奥の炊事場へと姿を消す。

 シリルが黙して見守る中、しばらくして彼は金属製のティーポットを手にして戻って来た。

 再度、シリルのカップをお茶で満たすと、ティーポットをテーブルに置いて、オルヴァンは席に座り直した。

 そんな彼を見据えて、シリルが問う。

「シュタインとルナ。私もベルフェルで会いましたが。あの二人、いったい何者なのでしょうか」

 オルヴァンは口元を緩めて、シリルの肩越しに彼女の後方をぼんやりと眺めた。

「私に言えるのは、少なくとも二人とも信頼に足る人物だ、ということだけだ」

 そして、視線の焦点を彼女に戻す。

「あまり力になれなくてすまない」

 シリルは目を伏せて、カップの中身を飲み干した。そっとカップをテーブルに置くと、顔を上げる。

「いえ、私こそ無理を承知で申し訳ありませんでした」

 そして、微笑んで見せた。

「伯父様、お代わりをいただけますか」

 オルヴァンは大きく頷いて、もう一度、姪のカップをお茶で満たした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。