↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/99

第三章 17:赤眼の魔族

 楔状に突き出た大地の隆起が、一瞬で砕け散った。

 飛び散る土砂の向こう側から飛び出したルナが、一気に片腕の少年に迫る。

 彼女の行く手を、何本もの隆起が塞ぐ。ルナはステップを踏み替えながら、それを軽やかに躱す。正面から鋭く伸びてきた大地の楔を、体を捻って寸でのところで避けながら、確実に距離を詰めていく。

「――来るな…ッ!」

 片腕の少年が吠えた。

 突き出した楔が、騎士を背中から貫く。自身の腹部から飛び出したものを唖然と眺めながら、騎士は口から泡立った血を吐き出した。

「どうし…ちゃった…のよ!」

 パティアが少年に近付こうとするが、膨れ上がる魔力に阻まれて近寄ることができない。進もうとしても、圧力で押し戻されてしまう。

 騎士たちも、既に隊を成してはいなかった。隊長格の騎士の姿はもう見えない。何人もの騎士の死体が転がっているが、その中にも彼の姿はなかった。

 ――ォオオオォォォォ…!

 少年が上空を見上げて、雄叫びを上げた。

 右腕が漆黒の結晶で覆われ、顔面も硬質化して鋼色へと染まっていく。落ち窪んだ眼孔の真ん中で、燃えるような真っ赤な瞳が輝いた。

 左右から同時に迫って来た楔を、ルナは背後の隆起を蹴って背面跳びで躱した。

「パティア、下がって! 魔族よ!」

 着地して、パティアに駆け寄ろうとしたルナの足元が震える。

「――ッ!」

 息を呑むルナの目の前で、隆起した巨大な楔が天高くまで聳え立った。

「きゃああああ…!」

 パティアの悲鳴が響く。楔がパティアの体を、凄まじい勢いで上空へと持ち上げた。

「戻らない…。僕は…もう、あそこには、戻りたくない…ッ!」

 赤眼の魔族が叫んだのと同時に、ルナの足元が消失した。

 突然の浮遊感とともに、ルナの体が落下する。

「…ぃッ!」

 地面に打ち付けた尻を擦りながら、ルナは見上げる。大地が陥没して、背丈の倍ほどの高さを落ちてしまったらしい。

「なるほど。こんなこともできるのね」

 ルナは左右の土壁を交互に蹴って、穴の縁に飛び付いた。すぐに腕の力で体を引き上げると、前転して上体を起こす。

「パティア、どこ!」

 周囲を見回すルナを、間髪入れずに楔が襲う。

 体を反らして躱したルナの胸元を楔が掠めて、外套を斬り裂いた。

 後方に回転して体を起こしたルナと、赤眼の魔族の目が合う。

「…こっちをなんとかしなきゃいけないか」

 ルナは詠唱を始める。

 状況の理解がいまいち追い付かないが、目の前の危険を放っておくわけにはいかない。少なくとも、渓谷に住み着いたという魔物が、こいつであるということだけは間違いない。

 突き出したルナの腕の先の空間が歪む。

 地鳴りとともに、正面から幾本もの楔が迫って来た。

 ルナの伸ばした腕の先から、光の筋が放たれる。

 空気を焼き切るような甲高い音を響かせて、光線は迫る楔を次々と貫通しながら、そのまま赤眼の魔族へと突き進む。

 魔族が右腕を伸ばした。

 二人の間に、鉱石の結晶が巨大な壁となってそそり立った。

 激しい衝突音が轟き、爆風のような衝撃が周囲へと広がった。光線は結晶の壁に深く突き刺さり、放射状にひび割れを走らせる。

 しかし、壁を貫くまでには至らなかった。

 ルナは間を置かず、続けざまに二発目を放つ。

 光線は寸分違わず壁の同じ場所に命中して、今度こそ完全に粉砕した。激しく結晶の破片が舞った。

 だが、壁の向こう側に、赤眼の魔族の姿はなかった。

 周囲を見回すルナの足首を、何者かが掴む。

 驚きの表情で足元に視線を向けようとしたルナの体が浮いた。

「――ッ!」

 視界が反転する。

 足首を掴んでいたのは、赤眼の魔族だった。地面から浮かび上がった魔族は、そのままルナを振り回す。

 抵抗しようとしたルナの体を、魔族が軽々と放り投げた。

 隆起した岩盤へ背中から叩き付けられて、ルナは思わずくぐもった呻き声を漏らした。

 地面に落ちたルナが、頭から血を垂らしながら魔族を睨む。

「ディアナ…」

 赤眼の魔族が、地面に沈み込みながら呟く。金属を擦り合わせたような、不快な声で。

「君を殺して、僕は自由になるんだ…」

 完全に地面に没して、魔族の姿が見えなくなった。

「さっきから、ディアナディアナって――」

 ルナは小石を幾つか拾い上げると、一つずつ投げ始めた。

 一定のリズムで、近いところから始めて、だんだんと遠くの方に。

 十個目の小石が地面に落ちた瞬間、その場所に何本もの楔が集中的に撃ち込まれた。

 ゆっくりと、赤眼の魔族が地面から浮かび上がって来る。

「よほど悪い奴なのね。その、ディアナってのは」

 ルナはその場から、一歩も動いてはいない。

 顔を上げる魔族に向かって、ルナは短く詠唱して腕を伸ばす。

 刹那、空気を裂いて真っ直ぐに伸びた光の筋が、赤眼の魔族の脇腹を射抜いた。

 どす黒い、光沢のある体液を迸らせながら、魔族が雄叫びを上げる。唯一の右腕で傷口を押さえながら、がくりとその場に膝を付いた。

「何か、言い残したことはある?」

 ルナは右腕を魔族に向けたまま、静かに言い放つ。

 地面がゆっくりと隆起して、楔がルナに向かって撃ち込まれる。しかし、先ほどまでの速さはない。ルナは魔力を込めた左腕で、簡単にそれを払い退けた。

 楔はただの土塊となって、ばらばらと砕け散った。

「そんな体じゃ、もうまともに魔力も操れないでしょ」

 右腕は、魔族に狙いを定めたまま。ルナは視線を外さない。

「…僕は」と、金属質な声で赤眼の魔族が言う。

「もう誰も、殺したくない…」

「…たった今、私のことを殺そうとしたくせに」

 ルナが小声で言うが、魔族には聞こえなかったようだ。

「お願い。もう嫌なんだ…。ディアナ…」

 魔族の真っ赤な瞳が、わずかに陰る。揺れているように見えた。

 眉間を寄せて、ルナは魔族を見据えた。

「その、ディアナって何なのよ。何度も言うけど、私はルナ。ディアナじゃないわ」

 赤眼の魔族が立ち上がろうとする。

 ルナは、口早に詠唱を始めた。彼女の伸ばした腕の先の空間が歪む。

 ――コォオオォォォォ…!

 赤眼の魔族が上空に向かって吠えた。

 ルナは詠唱を紡いで、重なり合う別の世界の力をこの世界に顕在化させる。一時的に空間の質量が増大して、空間がびりびりと震える。質量の変化に伴って、光が複雑に屈折して、腕の先がさらに歪んで見えた。

 魔族の真っ赤な目が、ルナを睨んだ。

 圧縮された高密度の力に、ルナは方向性を与えた。力は光となって、一直線に解放される。

 放たれた光線は、真っ直ぐに魔族に迫った――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。