第三章 13:木乃伊取り
国境方面から引き返してくる別の隊商とすれ違う。
その馬車の台数を数えていたパティアだったが、どうやら途中で飽きてしまったようだ。口元を押さえて、大きな欠伸をした。
遠くに、ウィヴロス渓谷へと繋がるルビナ山脈の稜線が見え始めた。
山脈を越えれば、いよいよドゥルメリア都市国家同盟の領内に入る。
隊商の馬車がやや街道を外れて、麓の村に立ち寄る。地図にも載っていないような、小さな村だ。
馬車から降りたパティアが、両腕を広げて体を伸ばした。彼女に続いて、ルナも馬車から降りる。
数日前に降った雨の影響か、所々、地面が濡れている。ルナはぬかるみを避けながら馬車から離れて、村内を見回した。故郷の近くにあった村に似ている。妙に懐かしい。
先頭の馬車から降りたメルリネスが、村の住人と思われる女性と話していた。薄い栗色の髪を頭の後ろでまとめた、三十歳前後の背の高い女性だ。
気付いたパティアが、早足でメルリネスの方へと向かう。泥が跳ねてスカートの裾に小さな染みを作った。
「あ、お嬢様」と、メルリネスが近付いてくる彼女に顔を向けた。
「やはり、とても厄介な事態になっているようです」
眉を歪める彼の正面で、栗色の髪の女性が申し訳なさそうに目を伏せた。
「どんな問題なの」
パティアが身を乗り出して割って入る。
気圧されたように、思わず女性が体を引いた。
「この方は、私どもの荷受けの保証人です。先を急いでいるものですみません」
慌てて、メルリネスが間に入って取り成す。
「こちらは、この村の長の奥方様です」
「クロエと申します」と、女性はおずおずとお辞儀をした。
メルリネスが、パティアの耳元で囁く。
「…お立場は内緒にした方が良いかも知れません。国境も近いですし、ご用心を」
パティアはにやりと笑みを浮かべて、その言葉に応じる。
「国境で、何が起きているのですか」
改めて、パティアが問いかける。
メルリネスにちらりと視線を送ってから、物憂げにクロエが続けた。
「渓谷に魔物が住み着いてしまったんです。一昨日、この村からも討伐隊を出したのですが――」
一旦、言葉を切る。彼女の瞳に、陰りが掠めた。
「まだ戻って来ません…」
話を聞いていたパティアの顔から、笑みが消える。
何かに気付いたようにはっと目を見開いて、慌ただしく周囲を見回した。
小さな村だが、男性の姿が見えない。見渡す限り、一人もだ。
「なんということ…」
一昨日か…。パティアは唇を噛んだ。まだ悲観するのは早いが、最悪の事態が頭を過る。
「どうしますか。だいぶ遠回りになりますが、戻って別のルートを――」
言いかけたメルリネスを、パティアが腕を伸ばして制する。
「それでは、この村の者たちはどうなりますか」
パティアが振り向いて、真摯な眼差しでクロエを正面から見つめた。
「私たちが様子を見に行ってきます。――ルナ、聞いてる?」
「聞こえてるわよ」と、少し離れた場所で、ルナが気怠そうに返した。
メルリネスが腕組みして、手で顔を覆う。小さく唸った。
「伯父からは、パティア様…いえ、お嬢様に危険が及ぶことのないよう、十分に気を付けるようにと…」
「私も、自分の身ぐらいは自分で守れます」
パティアはきっぱりと言い切る。
その言葉に、メルリネスはさらに頭を抱え込んだ。本人の意思とはいえ、パティアはこの国の第二王女だ。もし、その身に何かあれば、どんな処罰を受けるか分からない。
「せめて、私も同行させてください。それと――」
見回したメルリネスの視線が、無精髭の隊長を見つける。
「クラウス!」
彼の名前を大声で呼ぶと、諦めの表情をパティアに向けた。
「私とクラウスも同行します。よろしいですよね、お嬢様」
「それでいいわ」と、パティアは即座に頷いた。
それからのメルリネスは鋭かった。先ほどまでとは打って変わって、居残りの部下や私兵たちに素早く指示を下す。こちらが、本来の彼の性分なのだろう。この隊商を率いているのも、彼がただヴァルター・ブロムの甥だというだけの理由ではなさそうだ。
クロエを真っ直ぐな瞳で見つめながら、パティアが彼女の両手を取る。
「必ず、見つけて戻って来るから」
差し出した手を取られるがままに、クロエは戸惑いを隠せない。困ったような表情でパティアを眺めた。
「夕刻までには戻りますからね」
念を押すメルリネスに、パティアはにやりと笑みで返した。




