↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/99

第三章 4:世界の移動

 ヴァルター・ブロムの邸宅の一室に、シュタインは三人を集めた。

 窓から差し込む陽光に目を細めながら、ルナがレースのカーテンを引く。そして、そのまま腕組みして窓際の壁に寄り掛かった。

 部屋の中央に置かれた丸いテーブルに、シュタインとパティア、ウィルが座る。

 暗くなった部屋を訝しむように、パティアがちらりとカーテンを引いたルナに視線を向けた。ルナは黙って腕組みをしたままだ。

「揃ったな」と、シュタインが笑顔で一同を順に見渡した。

「勿体ぶった話し方ね」

 ルナが不機嫌そうに茶々を入れる。

「まあ、大事な話だ」

 苦笑いしながら、シュタインが小さく息を吐いた。

「明後日、ブロム商会の隊商が出発する。まずは姫様とルナがそれに乗せてもらって、先に出発してくれ。俺とウィルは、後から追いかける」

「「――どういうことよ」」

 ルナとパティアの声が重なる。

「ウィルは聞いてたの?」

 手を付いて、パティアがテーブルの上に身を乗り出した。

「…あ、ああ。まあ」と、彼女の剣幕に押されて、ウィルが曖昧に答える。その視線が、助けを求めるようにシュタインに向けられた。

「詳しくは話せないが」と、前置きして、シュタインが続けた。

「ウィルを連れて、少し寄り道するところがある。なに、直ぐに追いつくさ」

 パティアがしかめっ面で、シュタインとウィルを交互に睨んだ。

 ウィルが何かを言おうと口を開きかけたが、再び固く閉じられた。

 しばらくして、パティアが静かに問う。

「…それって、ウィルが強くなるために必要なことなの?」

「強くなれるかどうかは、ウィル次第だけどな」

 シュタインの返事を聞きながら、パティアがウィルをちらりと見る。そして、眉を顰めたままで、鼻息荒く椅子に座り直した。

「それならば、仕方ないわ。先に行ってるから、早く追い付きなさいよ」

 安堵の表情を浮かべたウィルから顔を背けて、パティアは拗ねたように唇を尖らせる。

「私は嫌よ」と、窓際でルナが不快そうに顎を上げた。

「お姫様の護衛なんて、まっぴらご免よ。私は一人でも問題ないから、お姫様もそっちに連れて行ったらいいんじゃない」

 パティアが、キッと彼女を睨んだ。

「いや、な。ルナ、それはできないんだ」

 シュタインが宥めるような、柔らかい口調で言いながらルナの方に振り向いた。

「あくまでも、俺と、ウィルだけの…そうだな、秘密の特訓みたいなものだ。他の誰も、――ルナ、お前にも、これに立ち会わせるわけにはいかない」

「…なによ、それ」

 苛立ったように、ルナが険しい表情をシュタインに向ける。

「いずれ分かる。今は黙って、俺を信用して従ってほしい」

「ふん」と、ルナが腕組みしたままで顔を斜め上に逸らした。

「守ってもらわなくて、結構。自分の身ぐらい、自分で守れるわよ」

 不服そうに言いながら、パティアも腕組みして椅子の背凭れに寄り掛かった。カタンと小さく椅子の脚が鳴る。

「その言葉を忘れないで。私は、あなたのことなんて知らないから」

 ルナの挑発を、パティアは強気な笑みで返す。

「ええ、それでいいわ。あなたこそ、何かが起こっても泣き言なんて言わないようにね」

 二人は睨み合うと、ふんっと同時にそっぽを向いた。

 その様子をおどおどと窺っていたウィルに、シュタインが笑い掛けた。

「良かったな。もう仲良くなったみたいだ」

「「どこがよ!」」

 ルナとパティアの声が同時に響き渡った。


「…あの二人、大丈夫でしょうか」

 舗装されていない通りを歩きながら、心配そうにウィルが呟いた。

 商人たちの威勢の良い声で溢れるエルドヴァルの倉庫群を抜けて、シュタインとウィルは街の出口の方へと向かっていた。砂埃を巻き上げながら、ガタガタと車輪の音を響かせて荷馬車が駆け抜けていく。

「大丈夫だろ」と、シュタインは気軽な様子で答える。

「口は悪いが、ルナはあれで案外優しいやつだ。二人とも、意外とうまくやるだろうさ」

 ウィルはまだ不安げな顔で、街の方を振り返った。

 日が高くなり過ぎないうちに、シュタインとウィルの二人は出発した。

 シュタインからは、目的地の話など一切聞いていない。ウィルはただ、彼の後を付いて歩く。とりあえず、エルドヴァルの街は出るようだ。

 街門を潜って、街の外へ出た。シュタインは街道を外れて、丘陵の方向へと向かう。

「改めて聞くが、本当に良いんだな?」

 シュタインが目を細めて、横目でウィルを見る。その表情から先ほどまでの柔和な笑みが消えていた。

 ウィルは真っすぐに前を見据えたままで、迷わずに頷いた。

「はい。この先、おれは足手まといでいたくないんです」

 蛇身のクラリッサに一撃を入れられたのは、彼女が手負いだったからだ。そうでなければ、ウィルの剣は、クラリッサの体に傷ひとつ負わせることが出来なかった。

 パティアと一緒に、王国に仇成す者達を追えば、ああいった化け物をこれからも相手にすることになる。

 ――今のおれでは、無力だ。パティアを守ることすら出来ない。

「シュタインさんは、どうして力を隠しているんですか」

 ウィルの言葉に、一瞬だけシュタインが目を見開いた。しかしすぐに、わずかに口元を緩める。

「いろいろと面倒な理由があるんだよ。…まあ、それもこれからのことに関係もしている」

 ウィルは思い出す。ベルフェルの鐘楼の前で、ウィルがまったく気が付けない速さで、シュタインは彼の剣を奪って剣先を眼前に突き付けた。

 銀髪の魔物と戦っていた時もそうだ。背後から聞こえたシュタインの声。そして次の瞬間には、魔物の背後にシュタインは回り込んでいた。

 ただ速いなんて代物ではない。

 それに、シュタインは戦いの最中も終始、余裕の表情を崩さなかった。

 パートナーであるルナの到着を信じて待っていた、というのもあるだろう。しかし、それだけではないと、ウィルは感じていた。

 勝てる力を持っているが、それをおれたちには見せたくない。

 だから、ルナが来るまで時間稼ぎをしていた。

「この辺りでいいか」

 シュタインが立ち止まる。

 街道からはだいぶ外れて、辺りにはまったく人影は見えない。二人だけだ。

 息を呑み込んだウィルの喉が、ごくりと動く。シュタインの仕草を凝視して窺う。

「まずは、男として筋を通さないとな」

 シュタインがわざとらしく、腕や足を伸ばして準備運動を始めた。腕を回しながらゆっくりとウィルとの距離を詰めると、彼の肩に手を置いた。

「――いいか、耐えろよ」

 一呼吸置いて、シュタインが続けた。

「最初は吐きそうになるもんだ。我慢しろ」

 ウィルが返事をしようとした、その瞬間――。

 彼の視界は、世界を喪失した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。