第十話【ウツロ組】
「……」
「どうした。食べないのか。ヌエ」
「あっ! いえ、思っていたよりも豪華と言うか……美味しそうでビックリしてました。いただきます」
まるで砂粒をひと掬いして夜の帳へ振りかけたかと思う様な、そんな星空の下。
純白と形容するのがしっくり来る容姿の青年と、黒髪に黒目、地球の東洋から伝来した『キモノ』を着用した美少年、ヌエが向き合っていた。
純白の青年は、王国と帝国の戦いから二年、連邦国軍と帝国との戦いから一年が経過した後の、パンサーだった。
パンサーとヌエはその手にバイオ穀物製の器を持っており、その中にはとろみのある白いスープが注がれている。シチューだ。
スープにはゴロゴロとした野菜が多く入っており、スープがよく絡むことで見た目にも、そして香りにも美味しいと訴えかけてくる様相を呈していた。
「ほら、これも食うと良い。芋が入ってはいるが、炭水化物も摂取しておくべきだし、何より美味いぞ」
「わっ……あ、ありがとうございます」
パンサーはシチューを見つめて喉を鳴らしているヌエへ、即席の窯で焼けたばかりのパンを差し出す。
「でも、バイオ穀物製なんですよね、この器。それなら──」
「──バイオ穀物の器は人間の食用には適さない。家畜に与えるというなら別だがな。その場に捨てても土に還ることが売りの商品だ。炭水化物をとるならばしっかりとしたものを食うのが良い」
チラチラとパンサーの手元を見ながら尋ねるヌエ。その様子を少し気に掛けつつも、パンサーは結局あまり考えずにシチューを口にする。
トロリと口内へ侵入してきたスープが、舌に旨みと野菜を運んでくる。
スープの旨みが永続的に舌を刺激する間にも、野菜は咀嚼されて食感と野菜特有の甘みをもたらす。
「うん。今日のも悪くない」
「! お、おいひいれふっ……」
パンサーが自身の料理に舌鼓を打っていると、対面ではシチューとパンを交互に口へ運びつつ、瞳から流れ出る涙を器へ入れないようにしている器用な少年の姿があった。
「(市販品をそのまま作ったに過ぎないがな。……やはり、人並みの食事は与えられていなかったか。下衆め)」
がつがつ、むしゃむしゃと自身の料理を食べ進め、お代わりまで要求する少年の姿を見て目を細めたパンサーは、心中で今回の依頼主へ悪態をつく。
今回パンサーが引き請けた依頼は『コンテナの中身を送り先へ届ける』というものだ。
仕事の詳しい内容を聞くがてら荷物を受け取りに向かった先で、ヌエと出会ったのだ。
扉を開けると、いまどき珍しい電子タバコの臭いがツンと鼻をつく。もはやニコチンも錠剤や注射で摂取するのが主流となっている時代に、今更タバコなんていう古めかしいものを嗜んでいる連中は、やはりというべきか下衆を絵に描いたような輩だった。
「アンタが、かの有名なパンサーかよ? まだ女も知らなそうなガキじゃねえか」
「ほっせぇ身体だなあ、へし折れちまいそうだ」
「こんな奴がC.Cで帝国軍と渡り合ったってか? やっぱ与太だぜオヤジ」
パンサーが扉を開け応接室へ通される間、好奇の目を向け口々に勝手なことを言うならず者たち。誰もが銃を素早くとれる姿勢ではなく、重心も高くいずれかの方向に傾いている。
「そこまでにしろ、テメェら。……悪いなパンサーさんよ。ウチの連中は外を知らねえんだ」
「構わない。……仕事の話だ」
素人しか居ない。そう思ったパンサーはしかし、黒い本革製のソファをめいっぱい歪ませ、ふんぞり返って座っている巨漢『ウツロ組』組長……オオウツロの、傍に立つ少年を注視せざるを得なかった。
「? あぁ。ソイツぁヌエ。孤児だったところを拾って、用心棒として育てたガキだ。色々と役に立ってくれるんで、東洋のバケモンの名を与えてやったのさ」
「良い趣味とは言えないな」
顎で指され、化け物と紹介された少年は、腰に提げた刀の柄へ軽く手を添えて立っていた。
パンサーとの距離は約五メートルはあったものの、下手に動けばただではすまないと、そう感じさせるほどの圧を放っていた。
「そうかい? アンタも経験して見りゃわかるぜ、『案外、悪くねえ』ってな」
「遠慮しておく」
ニタリと醜悪に笑った男は、パンサーの肢体を舐るように見る。その目元を薄く歪めたお男は、手を叩いて脂肪でつぶれそうな肺から耳障りな笑い声をあげる。
「とまあ、親睦を深めるための冗談はこれくらいにしてと──」
思い出すだけでも嫌悪感で吐き気を催しかけるほどの不快感。パンサーは食事の最中にそんなことを思い出してしまい顔を曇らせる。
「あの、パンサーさん。大丈夫ですか?」
「……ああ。問題無い」
そんな彼を心配して、ヌエは空になった器を置いて近付く。
「ヌエ。……きみはあの連中に、オオウツロに恩義を感じているか?」
直後、パンサーは周囲の空気が冷え切ったのを感じて視線を上げる。
そこには、前からは焚火の光、後ろからは月明かりで照らされたヌエが、無表情で刀の鯉口を切った状態で立っていた。
「……依頼主への叛意ですか?」
「ちがう。──すまない、不躾な質問だった」
パンサーは冷や汗を垂らしながら即座に否定と謝罪を行う。
「そうですか。……もちろん、僕はオオウツロさまにも、ウツロ組にも感謝していますよ」
空気が一気に弛緩し、ヌエは刀を収めながら地面に腰かけて再び器を手にする。
「野垂れ死ぬ以外の選択肢を与えてもらえたわけですから。感謝こそすれ、怨む言われはありません」
空になった器を差し出して『おかわりください!』と元気よく言うヌエを見て、パンサーは胸の内にわだかまりが募るのを感じつつ頷く。
「ぷはー! 美味しかった……ん、良い匂い」
食器を土に埋めて横になり、空を眺めて呟くヌエ。
目を細め、数瞬だけ焚火の弾ける音に聞き入っていた彼は、辺りへ漂う優しく上品な香りを嗅ぎつけて身体を起こした。
「このあたりは野生動物や野盗もあまり出ないが、念のため交代で起きると決めたろう。先に俺が起きておく。きみはあとで温めたのを飲めばいい」
パンサーは焚火に当てていたポットを手に取ると手元のカップへ注ぎ入れる。インスタントのコーヒーはトポトポと音を立てて注がれたお湯を黒く染めていき、カップの中を満たした。
同時に、辺りにはヌエが嗅いだ匂いが漂う。
ここ数ヶ月ほどでパンサーが見つけた趣味のひとつである食後のコーヒーは、眠気を覚ますという意味でも味覚、嗅覚を養うという意味でも有意義で、何よりその人間らしい行為は、パンサー自身の人間性が育っているという実感があった。
「……今日も、良い月だ」
湯気が立ち上るコーヒーを香り、空を見上げながら呟く。傍らではヌエが早くも寝息を立てており、月と見合っているのはパンサー一人だ。
一口だけコーヒーを啜ると端末を操作し、ここ数日で溜まっていたニュースを眺める。それらは連邦国軍に関連するものだったり、ライラと関連するものだったり。
関わって来た人物たちの近況だけは知っておきたい。ここ最近で得たパンサーの人間性の一つだ。
「う、く……」
月を茶請けにしてコーヒーを飲んでいたパンサーの足元から、圧し潰した様な誰かの悲鳴が聞こえる。
といっても近くに居る人間は独りだけだ。
足元へ視線を向けると、そこでは眠りに入ったヌエが顔面を青白く染めて歯をカチカチと嚙み鳴らし、恐怖で顔を染めていた。
「やめっ……く、ぁ……」
「悪夢か。──なんだか、他人とは思えんな」
顔や体を何かから守るように手を出して寝言を呟くヌエ。パンサーはそんな姿に、いつかの自分を重ねていた。
ヌエの頭に軽く触れると、彼は悲痛な表情をいくらか柔らかくしたもののやはり苦しそうで、どうすれば良いか悩んだあげく、結局パンサーは起こさないよう気を付けつつヌエの頭を持ち上げて自身の太腿の上に乗せた。
「硬く冷たい地面よりは、いくらか良いだろう……」
「……あの、おはようございます。パンサーさん」
「ああ、おはよう」
翌朝。起きて来たパンサーの顔を見たヌエは、どこかよそよそしい感じで視線をうろつかせながら挨拶する。
一方パンサーは大して気にも留めずにヌエの挨拶を受け流す。
「? 何をしている。道程はまだ半ばだ。余裕をもって到着できるように先を急ぐぞ」
「──あ、はいっ!」
悩んでいる様な表情で見ていたヌエへ、パンサーが出発の準備を整えながら告げる。
ヌエは素直に返事をすると、いそいそと身支度を済ませてキャンプ地から出発した。
「……あの、パンサーさん。すこし聞いても良いですか?」
「なんだ?」
休憩するための地点までの移動中。周囲を警戒していたヌエは異常が無い事で暇を持て余し、何となくパンサーへ話しかけた。
パンサーは計器類とマップを注視しつつではあるが、ヌエの会話に応じる事にしたらしい。スピーカーから聞こえるパンサーの声は、無機質だが微かに退屈の色を感じさせた。
「ぼく、ウツロ組に拾ってもらってからずっと、仕事とかを覚えるのに必死で外に出る機会が無かったんです。だからと言っては何ですけど……パンサーさんのお仕事の話を、差し障りが無い範囲で聞かせてもらえませんか?」
「……」
嘘だ。
パンサーはヌエの話を聞いて、確信にも近い直感を感じた。
「(きっと昨夜の夢の内容も、あのゴロツキ共から何かをされた時の記憶を追体験していたんだろう)」
しかし、きっとヌエがあのならず者たちに感謝をしているのは事実なのだろう。そんな直感があった。
それに、孤児を拾って来て私兵にするなり慰み者にするなんていうのは、ありふれた話だ。
本人が解放されたがっている様には見えない事もあって、パンサーはそこをつつく気にはなれなかった。
「──悪いが、俺の仕事は口外しない事が売りになっている」
だからと言って、話せるかどうかは別の話だ。
「! そ、そうですよねっ! すみません」
あはは。と、ヌエはわざとらしく笑う。
その笑い声はやがて覇気を失い、そして沈黙になる。
「だから、これは俺の独り言……いや、俺の友人から聞いた話だ」
「へ……?」
その様子がいたたまれなくて、彼に幸せは無理でも、一時の楽しさを与えてあげたくて。
思わず口を突いた言葉を、パンサーは引っ込められなかった。
「俺の友人は、俺と似たような仕事をしているらしくてな。……約二年前だ。とある国の、姫君を護衛しろという依頼が舞い込んだ」
パンサーは、これまでの自身の仕事を『友人から聞いたこと』として話す。
ヌエは当初『友人?』と戸惑っていた様子だったが、やがてそれが『そういう体の話』と理解できると、前のめりになってアレコレと質問を挟むようになった。
「一番大変だった仕事……というか、タイミングはいつだったんですか?」
「アレは年中吹雪が続く惑星での仕事の時……機体の暖房施設が壊れてしまってな」
楽しそうに話しを聞いて、嬉しそうに質問をしてくる。
パンサーにとって経験の無い、自身の仕事に対して純粋な興味を向けてくる相手。
そんな人物との会話がつまらない訳もなく、二人はいつしか和気あいあいとした空気で交信を続けていた。
勿論、計器類から目は離さず、周囲の警戒を怠らず、だ。
「よし。そろそろ中継地ですし、キャンプの用意を──」
「敵機反応あり! ヌエ、備えろ!」
二人の機体が一斉に警報を上げる。
ステルス仕様にしているC.Cの小隊がいたらしく、ロックオンされていた。
数、方向共に不明なため、パンサーの機体が背負っているコンテナを地面へ置いてそれを挟む様にヌエとパンサーの機体は辺りを警戒する。
「「!」」
装甲にステルス加工を施された見知らぬ国の軍属C.Cは散開し、広がって二人を取り囲んだ上で問答無用の一斉砲火を浴びせようとする。
「やや前に出ているのを頼む、俺は荷物を守りつつ後方の牽制だ」
「了解!」
包囲した陣を崩さずに迫るC.Cは迫るヌエの機体を避けるような形で更に展開すると、反対方向から脱出しようといるパンサーへ銃口を向ける。
だが、操縦桿についている引き金を引く寸前に彼らの機体は寸断される。
「なにを無視……してんだッ!」
「ヌエ⁉」
ヌエはまともな人間であればミンチになるような軌道で振り返ると機体が装備している斧を即座にかついで投擲。
「おらァ!」
豹変した彼の口調に驚愕しているパンサーをよそに、ヌエは斧の柄に結ばれていた鎖をマニュピレータで引っ張りつつもう片方のマニュピレータを引っかける。
高速で飛来する斧はその鎖が張り詰めて勢いを無くしつつマニュピレータを引っ掛けられた方向へベクトルを変える。
突然な横凪ぎの攻撃に対応が間に合わず、ステルス機はその場で爆散した。
「ひゃはっ! あははぁ!」
狂気的な嗤い声を上げながらヌエは攻撃を続ける。
何とか斧の投擲を回避したステルス機に対して自機の推進器を全開にして突っ込むとそのまま体あたり。
重装甲ながら大型の推進器を備えているヌエの機体は見た目に見合わぬ高速機動が可能で、ステルス機は反応ができず体当たりを受け空中で大きく姿勢を崩す。
「そぉらもう一発!」
ヌエの機体の脚部が前後で二分割され、展開してサブアームとなってステルス機の両肩を挟み込み固定。
密着したまま斧を振るい、袈裟懸けに両断した。
「……」
あっという間に二機を撃破したヌエの様子の豹変に只ならぬものを感じてパンサーは顔をしかめる。
「! パンサー、さん。敵が逃げます」
「ああ。……荷物を頼む」
残った敵機を撃破しようとパンサーの方を向いたヌエは、撤退しようとするステルス機を視認して声をかける。
パンサーもそれは認識しており、既に若干の距離を取られていたため回り込もうとヌエに荷物を預けて推進器を全開にして後ろから迫りつつ背中を撃って一機撃破。
追い付き、追い越す瞬間にブレードで一機を切断。反対のマニュピレータでマシンガンを放ち、隊長機のコックピットを穴だらけにした。
「……国の、軍だと?」
そしてパンサーは、機体の姿をはっきりと認識し、ステルス機が量産機をカスタムしたものであることに気が付く。
しかし目前であるキャンプ地に着く事が先決だと頭を切り替え、ヌエの元へ戻る。
「仕留めた。周囲の警戒を怠らず離脱する」
「了解!」
二人の後ろには、黒煙をあげる一個小隊の残骸だけがあった。




