第十一話【クソ野郎!】
「……」
「落ち着いたか、ヌエ」
同日、晩。
星空の下で焚火を囲み、きまずそうに沈黙しているヌエへポトフの入った器を差し出して尋ねるパンサー。
ヌエは無言で会釈をすると、おずおずとそれを受け取り中を見つめる。
湯気立つポトフからはコンソメとブラックペッパーの香ばしい匂いが漂っていて、一度喉を鳴らすとヌエはスプーンでスープと野菜を掬い口にする。
「! これも美味しい」
「ああ。悪くない出来だな」
ヌエの呟きを、パンサーは肯定する。しかし先程の戦闘については触れてこない。
「あの、さっきの戦闘の事……きかないんですか?」
「聞いて良いならな。それと襲撃してきた小隊についてだが」
どうやらヌエの方から切り出すのを待っていたらしい。あっさりとした回答をしたのち、パンサーはステルス機に関して気が付いたことを共有した。
「国軍……」
「依頼主はこれを織り込み済みで、きみを俺につけたと考えれば合点が行く。きみは、あの集団においての最高戦力、あるいはそれに近い戦力だろう? 普通なら手元に残す。それを付けたという事は、よほどこの仕事に今後を賭けていると見える。……だから何ということでは無いがな」
自身の推測をつらつらと語ったパンサーは、『まあ詮索はよそう』と言ってスープをすする。
「今日はもう寝よう。昨日と同じで周囲の見張りは俺からやる」
ヌエは何も言わずに頷いた。
「パンサーさん、少し良いでしょうか」
「なんだ?」
見張りの交代直前。ヌエはパンサーの前で袖をめくり、服をはだけさせる。
驚きに目を見張るよりもはやく、視界にうつった大量の傷跡にパンサーは顔をしかめる。
酷いむち打ちが多く残る背中、殴られたのかこぶし大の青ざめた斑点が目立つ白い肌、そして肘にはまだ新しいものと分かる注射痕。
首に巻かれていた包帯をヌエが取ると、青く光る表示が目立つ金属製の装置。
「ヌエ……それは」
「ぼくはウツロ組に感謝しています。ぼくを、ここまで……育ててくれたのですから」
似たようなことをつい最近聞いた。パンサーは再びその言葉を紡ぐヌエの真意を測りかねて顔を見る。
「!」
ヌエは泣いていた。
その表情を悲痛に歪め、しかし声や息遣いにそれを全く表していない。
言葉と表情の乖離からパンサーはその真意を理解する。
「そう、か。……分かったよ」
彼を助けようと決意し、ヌエを安心させようと頷いた。
「おはようございます、パンサーさん」
「ああ。おはよう。ヌエ」
ヌエは昨日よりもいくらか眠れたらしく、少しだけ覇気のある挨拶をする。
「今日の昼頃には目的地だな」
「ですね。……よろしくお願いします」
救う手立てはまだ分からない。今回は仕事をこなし、色々と探ってみるしかないのだろうか。そう考えながら、パンサーは機体や荷物の準備をする。
ふと、機械の作動音と針が肌を貫くような音が聞こえて振り返る。
その音はヌエからしているようだった。彼は嬌声にも似た悲鳴を短くあげ、頬を赤らめていた。気付かなかっただけで昨日もそうだったのかもしれない。
「……出発するか」
「え、ええ」
──ビーッ、ビーッ。
パンサーがコックピットへ入り機体を起動させる直前。
警報がコックピットに鳴り響き、計器が接近するC.Cの機影を捉えた。
『そうか。テメェは今回『そっち側』なんだな、キマイラ』
接近する機影から通信が届き、ディスプレイにウィンドウが表示される。
そこに映ったのは、顔の半分ほどを酷い火傷で覆われた狂暴な貌の男。マンティコア──アフティだ。
『事情を知らねえなら仕事から手を引いて、そこの重装甲と荷物を置いていきな』
「お前がそちら側につく理由は分からない。運んでいる荷が何なのかも知らない。だが引かない。俺は俺の心に従っているから」
『なら、死にな──!』
「ヌエ、荷物を持って先へ行け!」
右腕にブレードを外付け、右手にナイフを持っているスレンダーなシルエットのその機体は、左手に持つマシンガンをパンサーのC.Cへ向けて撃ちながらブレードで斬り掛かって来る。
パンサーは銃撃を盾で受けつつ荷物とヌエを庇い、斬撃を同じく外付けされた右腕のブレードで受け止める。
「パンサーさん……!」
「行け、ヌエ」
『行かすか!』
パンサーの盾の後ろで荷物を手にしたヌエは、推進器に点火し全速力で離脱する。
背後から銃撃を浴びせようとマシンガンを向けるアフティ。パンサーはアフティ機と自機のブレードの鎬を削り合いながらシールドで敵機のマシンガンを殴り付けて銃撃を阻止する。
『テメェはまた滅ぼすつもりか、キマイラ!』
「何のことだ。俺は──」
『──そうか。なら教えてやる。テメェらが運んでいる荷は違法ドラッグだ。国際法の規制を潜り抜けて巷で大流行中のな』
「!」
『それを知らねぇで、『心に従う』たあ随分と殊勝な心だな!』
アフティは鍔迫り合いの状態で、右肩部に搭載したガトリングをパンサー機へ向ける。バレルが高速回転するなか、パンサーは敵機を蹴飛ばしながらスラスターで後退。
離れていくパンサー機へ向けてガトリングとマシンガン、それに加えてミサイルを射出する事で弾幕を張るアフティ。
「そうか、それでヌエを護衛に……」
ヌエの嬌声に似た悲鳴、戦闘になると豹変する人格、首に取り付けられた機械とその作動音、針が刺さる音。
彼もそのドラッグを投与されているのだろう。内心ですべてに合点が行ったパンサーはアフティとの距離を保つ。
「彼も被害者だ。依頼主から虐待され、隷属させられている」
『だが加害者の一員だ。それにドラッグに依存しているなら、死んだ方がソイツのためになる』
「……なに?」
アフティは距離を詰めようとせず、銃口を向けたままで冷静に話す。
『依存するほどドラッグを接種したんなら症状は始まっているだろう。……結論から言うと、加齢と成長を促すホルモンの分泌が減って行き、やがて完全に止まる』
「そんな、馬鹿な」
『信じなくても構わねえぜ。どうせ事実は変わらねえ。……殺す事が救いになることだってある』
まるで実際に見た事のように話すアフティ。彼の言葉にのしかかる重みは何が由来なのか、まるで何人もの救いを看取って来たような口ぶりに、パンサーは思わず操縦桿を握る手が緩む。
『テメェらしくも無ぇなキマイラ。さっきのに、情でも湧いたかよ』
「……そうだな」
『あの頃のお前なら、今の話を聞いても眉一つ動かさなかっただろうよ』
アフティの方も、銃口を向けつつ発砲を止める。
声からは困惑が伝わる。パンサーの変わりように戸惑っているようだ。
『だが、テメェにとっちゃその変化は劣化だ。……俺の話に思う所があるなら、手を貸せ。お前の依頼主をとっちめる。大本が居るんならその足掛かりになる』
「俺は──」
「はぁ、はぁ……。へへッ」
一個小隊ほどの数だろうか。C.Cの残骸の上に立つヌエの機体は、荷物を持ったまま目的地である街を目視で確認した。
「あとは合流地点で受け渡しを──」
『そうはいかねぇ。その荷はここで降ろしてもらう』
「!」
通信が入り、直後に警告音。
咄嗟に回避運動をとったヌエの機体は、その横っ面を爆風で殴られる。
ミサイルがついさっきまで立っていた場所に突き刺さり爆発したのだ。
そしてその熱で計器が一瞬だけ機能不全に陥る。
『おらァ!』
「く、あっ……⁉」
爆炎から飛びかかりブレードで斬り付けてくる機体は、先程見たアンバランスなC.C。
アフティのものだ。
ヌエは反射的に斧を構え、その柄で斬撃を受け止める。
「お前は! パンサーさんは、まさか」
『さぁてどうかな!』
ハハハと笑い声をあげながら、アフティはガトリングを向ける。
「ッ──! 殺す‼」
『やってみろよ!』
ヌエがコックピット内でいくつかのボタンを押すと、首の装置とそれをC.Cに接続しているコードが微かに駆動音を発する。
『!』
ヌエの機体の背中からは折りたたまれたマニュピレータが二本、前後で分割された脚部からは更に二本のサブアームが現れる。
背中から生えたマニュピレータはアフティ機のガトリング砲のバレルを掴んで上へ逸らし、サブアームは機体の本体を捕らえる。
更に、コックピットがある胴の左右。脇腹部が驚異的な熱を持ち始める。よく見ると両脇腹には硝子球のような装置が取り付けられていて、その奥が発光している。
『馬鹿な、戦艦の装備だろ⁉』
ソレは徐々に光を増していき、その熱で二人のコックピットには警告音が鳴り響き計器が動作不良を起こしてディスプレイにはノイズが走る。
「レーザーカノンだ、クソ野郎!」
『クソが……!』
次の瞬間、二人の機体の間に強烈な閃光が迸る。




