第九話【グッドラック】
『5,4,3,2,1……点火!』
トルフォの声と同時に一度大きながコックピットを叩き、そのまま途切れることなく機体全体を激しい振動が揺らし続ける。
機体前方にあるハッチが開くと、パンサーは身体全体を前からシートへ押し付けられる錯覚を覚える。
『グッドラック』
コックピット内にトルフォの声がして、パンサーは操縦桿を握ると歯をかみしめる。
ロケット……いやミサイルは順調に加速を始め、パンサーが感じる負荷も徐々に高まっていく。
「ッ──!」
あっという間に音速の壁を突破したミサイルは尚も加速を続けやがて音速の二〇倍を超える。高負荷用のスーツ、酸素供給のマスクを着用しているにも関わらずパンサーの視界の端は暗くなり、頭からは血の気が引いて心なしか快感すら覚え始めた頃。
──ビーッ、ビーッ。
「ぐぅっ……あぁぁ!」
対空砲火の弾幕を感知した警報がけたたましくコックピットに響き、パンサーは半ば無意識で機体とその背負いものについているスラスターを噴射。
対空砲火を回避こそするものの、急激に増減するGによって更に意識が遠のき目を閉じてしまう。
鳴り続ける警報の音がやがて遠くなっていき、操縦桿を握る手にも力が入らなくなっていく。
やがてパンサーは意識と、機体の操縦を──。
『っ……まだぁ!』
その瞬間、ついさいきん夢に見たあの男の、悪あがきの声が聞こえた気がした。
「──! まだだ、まだ気絶は、できない!」
対空砲火を潜り抜け、黒く染まってロクに見えない視界で敵基地を見下ろす。
ミサイル型の推進器をパージし、スラスターの調節で機体を翻して着地用の姿勢を取った上で地面に降り立つ。機体脚部が接した地面は砕け、爆発のような音を伴い脚部の軌跡炎上させながら着地する。
背後ではミサイルの残骸が墜落して爆発を起こした音が聞こえ、気絶しそうな背をその衝撃波が叩く。
血液と酸素の循環が一気に再開し、頭痛を伴いながら急速に意識を明瞭にさせていく。
視界がクリアになると、各所に固定砲台やヘリ、装甲車などの旧来の兵器が点在している。C.Cはその殆どが出払っているらしく、二桁に丁度届くか届かないか程度だ。
「本丸ががら空きだな。仕留めさせてもらおうか」
パンサーはヘルメットと酸素マスクを外し、垂れ流しになっていた鼻血を手で拭いながらつぶやく。
「……終わり、か」
約十分後。パンサーは基地に駐留している兵士たちへ指示を出していたCPUの保管庫を破壊し、撤退していく兵士たちを遠目に見ていた。
緊張が途切れたことでドッと疲れが押し寄せ、無性に眠気を催しはじめた頭を振って喝を入れる。多少マシになった眠気を誤魔化しつつ、自動操縦に切り替えて連邦国軍の基地までの操縦をセットしようとする。
──ビーッ、ビーッ。
「!」
刹那、警報によってパンサーの注意力は急速に引き起こされる。レーダーには接近する三機のC.C。
「奴らか……!」
機体と武装の銃口を向けると、横に展開した三機分の弾幕が一斉にパンサーの機体へ降りかかる。
「っ……!」
咄嗟にシールドを構えるものの正面から、それも三機分の銃撃を数秒もの間浴び続けて耐えきれるハズも無く貫通した銃弾がパンサーの機体を掠め、装甲や武装を抉って行く。
弾薬に火がつく位置に銃撃を浴びた武装をパージしつつ最大限速度を出して後退。
穴の空いたシールドは武装の爆発で完全に破損し、パンサーの機体には半分ほどで折れたブレードと残弾がマガジン半分ほどのマシンガンのみが残る。
『ここは退くことになるが、お前だけは持ってゆく!』
「ここで……死には、しない!」
小破した機体で後退するパンサーに追い付いたカスタム機Aは高速で滑走しつつブレードによる斬撃を浴びせて離脱。
パンサーはブレードをぶつけて受けるものの、マニュピレータのモーターが火を噴き馬力負して姿勢が崩れる。
『カミカゼが、帰れると思うなよ!』
「まだだ、まだ……脚は死んじゃいない」
カスタム機Bは両手に持ったマシンガンを至近距離で掃射する。パンサーは機体の左側スラスターを全開にし急加速。カスタム機Bの真横を通り抜けようとする。
『殿を引き受けてくれたアイツらのためにも!』
「っ……!」
カスタム機Bの背後から現れたカスタム機Cは武装を構えずにパンサーの機体へ突撃。組み付いて動きを止めようとする。
意表を突かれたパンサーは突撃を正面から受け、動きを止められる。
カスタム機Cは両方のマニュピレータでパンサー機の両肩を掴み、肘を伸ばして二機の間に少しのスペースをつくる。
すると、コックピットの位置へ膝を曲げた状態で片脚を当てて一気に伸ばす。
「ぐ、あぁっ!」
蹴っ飛ばされたパンサーの機体は宙を舞い、地上のカスタム機A、Bとすぐ近くに居る落下中のカスタム機Cから避けようのない状態で射線を通される。
「(やられる!)」
──ズギャァンッ! ゴグシャッ‼
『な──に?』
『きさま、ら……!』
パンサー目掛けてカスタム機が一斉に攻撃を仕掛けようとした瞬間。カスタム機のうちA、Bの二機が機能を停止して物言わぬ鉄塊となる。
片やコックピットを正確に撃ち抜かれ、片や袈裟懸けにコックピットが切断されていた。
遠方から砂埃を上げて滑走しつつ、狙撃をこなして見せた青い機体。
そして至近距離にはC.Cを両断したのちの残身をとりつつ着地する、バッタのような脚部構造をした真紅の機体が一機。
青い機体が持つスナイパーライフルの銃口からは二対の支柱が伸びているレールガン型のアタッチメントが取り付けられていて、もはやC.C本体よりも全長の長そうなソレは青白いスパークの余韻を残していた。
また、真紅の機体はその脚部と推進器から蒸気を発しておりその機動力のもとを急速に冷却していた。
『くそ……くそぉぉぉお!』
唯一残されたカスタム機がパンサーの機体へ銃撃しようとするも、そのライフルは赤い残像を残す刃で寸断され、青白い電光を最期にコックピットが吹き飛ぶ。
『仇はとったぞ、みんな──』
『パンサーさん、ご無事ですか!』
「ああ。……ようやくひと段落、か」
機体が仰向けの状態で横たわったまま、パンサーは意識を手放した。
「──あ。トルフォさん、トルフォさん!」
目を開けると、そこには見覚えのある天井と、青い髪の少女の姿があった。
連邦国軍の最前線基地、その中でパンサーに割り振られた部屋のベッドで、パンサーは目を覚ます。
ぼんやりとした頭で記憶を探り、作戦の成否を思い出したパンサーは、自身にのしかかる重みに気が付いて視線を下へ向ける。
「んん……うへへ」
赤い髪の少女が、よだれを垂らしながら力の抜けた顔でベッドに横たわっている。
「生きている……。二人の、おかげか」
深く息を吸い、そして吐く。酸素が肺を満たし、脳が徐々に覚醒していくのを感じながら呟くと、部屋の扉が開く。
「お目覚めですか、パンサーどの」
入って来たのは、ついさっき大慌てで部屋を飛び出して行ったグリフィンと、やや血色の良くなった様子のトルフォ。
「どのくらい、経った?」
いくらか体調が整ったように見えるトルフォへ、寝たままで尋ねるパンサー。
「一週間ほどです。……あなたと、この基地で戦ってくれた全ての人員のお陰で帝国は軍を撤退させ、今のところは反撃や増援などもありませんし、共和国の首相からは援軍をいただきました」
「そうか。……では、俺の仕事も終わりだな」
増援があって、態勢を整える時間ができた。それならこの基地はひとまず無事だろう。
パンサーは身体を起こしヒポグリフをベッドに寝かせる。
「パンサーどの。……改めて、礼を言わせてください。それと、正式に報酬をお支払いしたく存じます」
トルフォはその場で居住まいを正すと、パンサーへ九〇度のお辞儀をして言う。
「いや、おれは──。それなら一つ頼まれてくれ。俺の機体の、オーバーホールを」
報酬が欲しくてしたことではないと断ろうと思ったパンサーだったが、ああ。と思い出して報酬を伝える。
こういう時、何か支払えた方が、恩を受けた側は嬉しいのだ。
トルフォは顔を上げ、明るい表情で頷く。
「総数三万人、か」
オーバーホールの完了まで二週間ほどの猶予があり、パンサーはトルフォから教えられた慰霊碑の元を訪れていた。
前線基地に慰霊碑を置くのはどうかと思ったが、グリフィンとヒポグリフがどうしても、とねだった結果ここになったとは、トルフォの談。
とはいえ最終的な決定権はトルフォへ委ねられたらしいので、彼もそうしたいとは考えていたのだろう。
「……アッツ」
とはいえすぐに完成するわけもなく、一先ずの措置として置かれたC.Cの残骸からはぎとられた装甲に刻まれた人名の羅列。
ひと一人の人生を語るにはあまりにも味気なく鉄臭い文字を目で追っていたパンサーは、そこに見覚えのある名を発見する。
数回にも満たない会話の記憶。しかし確実に存在していた、人物たちの生きた痕跡。
理解はしていたその事実を改めて突き付けられ、パンサーはぶつけようの無い苛立ちを覚えて乱雑に頭を掻いた。
「……問題なさそうだ。世話になったな、トルフォ」
「とんでもない。こちらこそ、本当にありがとうございました」
新品同様……というよりも実質完全な新品となった自身の機体のコックピットから、パンサーは見知った面々のリーダーへ礼を言う。
「あんがとな! 今度会ったときは、またシミュレーションにつきあってくれよ!」
「本当に、本当にありがとうございました! このご恩は一生わすれません!」
赤と青の髪を揺らし、目に涙を浮かべた少女二人。
彼女らは手を大きく振り、泣きながらも弾けるような笑顔で声を張り上げる。
『ああ。……生きていれば、また会う事もあるかもしれないな』
未だ帝国の脅威は無くなってはいない。一週間ほどでこの基地のパイロットの戦闘技術は成長したが、それでは戦争は終わらない。より激化する可能性もある。
しかし、パンサーは皆を見て、心からの言葉で別れを告げると基地を後にした。




