第112話
『別に君が怒るような変なことはなにもしないよ。ただ僕たちの代わりに、しばらくの間、海に深淵の闇の中に戻ってもらうだけだよ』魚が星の思った通りの言葉を言う。
それが、だめだって言ってんのよ!! 星は言う。
それから星はそっと海の真っ黒な体と手を見つめる。……今の海が(普段の海ならともかくとして)少しの間だけとは言っても、深淵の闇に耐えられるとは思えない。そんなことをしたら深淵の闇の中に海の心と体は溶けてなくなってしまうかもしれない。(それに海は一人ぼっちなのだ。星のように魚というパートナーがいるわけでもない。海は魔女とは言っても、孤独だ。孤独は闇に共鳴する。闇と孤独はとても相性がいいのだ)
『どうしてさ? 魔法返しだよ。呪いには、同じ呪いでお返しする。人を呪えば穴二つさ。それにこれは『お仕置き』だよ。相手がこちらを深淵の底に落とそうとしたのだから、こちらも相手も深淵の底に落としてやればいいのさ』魚は言う。
魚はどうやら、先ほどから何度も海が私たちに攻撃的な魔力を放っていることに(そのせいで何度も星が世界の穴の中に落っこちそうになっていることに)内心、すごく怒っていたようだ。(……それにしても、人を呪えば穴二つって、魚は言葉の意味をわかって使っているのだろうか?)
その気持ちは嬉しいが、その魚の怒りの感情に任せて海を攻撃するわけには(もちろん)いかない。
……海はちゃんと私が助けるんだから。深淵になんて落としちゃだめ。海はちゃんと助けるの。そういう契約だったでしょ? 少し冷静になって、星は言う。
『この状況でも?』同じく少し冷静になった声で魚が言う。
そうよ、と星は言う。
魚の言うこの状況とは、海の(身体中が真っ黒な闇に染まった)変化のことを指すのだろう。……もしかしたら、魚はこの海の変化を見て、(内心、怒っていた、ということもあるけれど)その心を変えたのかもしれない。(先ほどの魚の任せて、には海を思う(救う)優しさのような意思が感じられた)
『……君はお人好しだね』魚はため息をつく。
ぽちゃんと闇の中で魚の跳ねる音が聞こえた。
……それから、魚はその気配を星の周囲から消した。




