それから
「エンマ様っ、冥府のお仕事は大丈夫なんですか?」
「あぁ、司命達に任せているからな。私が居なくても仕事は回る。何かあれば呼び出されるまでだ……」
私がブラックウルフの正社員になると、エンマが度々事務所に顔を出すようになった。
どうやら仕事中に、私と冬賀さんが二人っきりになるのがエンマは嫌らしい。
冬賀さんも閻魔大王は「好きにしてくれ」って言っているし、問題は無いはずなんだけど……
「そうだ冬賀、この書簡は私が持ち帰り冥府庁に通しておこう。ここで即決しても構わないのだが、そうすると側近共に後から文句を言われる。暫し待てるな?」
「分かっている閻魔大王、いつもすまないな。返答の類は清野に渡してくれても良い。それが1番早くてお互いに楽だろう?」
「あぁそうだな。マコモに持たせるとしよう」
……えーーーっ?何その業務?
冬賀さんはブラックウルフにエンマが来るようになってから、仕事を直接エンマに頼むようになってしまった。
私はそれに巻き込まれているという訳で……
「お疲れ様ですっ!……あ、今日はエンジュさん来てたんですね」
事務所のドアを開けて現れた青木さんは、エンマの姿を見て一瞬だけ驚いたように見えたけど、その後はいつものひょうひょうとした顔に戻った。
今のエンマの姿はと言うと……あの冥府の黒衣な訳で、髪色も瞳も赤いから、まるでコスプレイヤーのような姿だ。
この姿のエンマを見ても、何の突っ込み入れずに普通に接してくれる青木さんは、確かに肝の座った人と言うべきなのだろう。
「お久しぶりですっ、僕もお邪魔しまっ……とっ?!誰かと思ったら、エンジュさんじゃないですか?!」
青木さんの後から事務所に入ってきた陽太さんが、分かりやすく動揺している。
そうだよね、普通そうなるよね。
「あぁ陽太くん、久しぶりだな。……エンジュの姿は……仕事中はこういう感じなんだ。衣装というか……」
「そうなんですね。仕事での姿……あれ?仕事ってマジシャンでしたっけ?」
「プッ……」
笑っちゃいけないって分かってるけど、これは耐えられなかった。
「清野……」
「あ、すいませんっ」
必死でエンマの素性を誤魔化そうとしていた冬賀さんから、冷たい視線を投げられてしまった。
あれ?青木さんは全てを知っているかのように、ウンウンってうなずいている。
やっぱり青木さんにはエンマが何者なのか、バレてしまっているのだろう。でも青木さんになら、逆に知っておいてもらった方が良いのかもしれない。
あの常磐君の妖魔事件で青木さんが撮ってくれた写真には、確かに深月さんの姿が写されていたのだから。淡い光に包まれながら、にっこりと満面の笑みを浮かべた深月さんは、とても幸せそうだった。
冬賀さんはその写真を事務机の1番上の引き出しに入れ、時々それを眺めている。引き出しを開けると、閉めるまでの時間がちょっと長いから、私はそれを見て1人ほくそ笑むんでいる。
あの写真が冬賀さんにとって、かけがえのない物になったと分かって嬉しいんだ。
◇
「清野、少し早いが今日はもう上がってくれ。青木さんにそのパソコンを使ってもらいたいんだ」
「はいっ、分かりました」
青木さんは忙しい学業の合間を縫って、うちの会社からの仕事を受けている。妖魔を写す仕事だけではなく、ホームページに載せる写真の撮影までしてくれるそうだ。
「社長、それじゃ軽く片付けしたら帰りますね」
「あぁ、すまんな」
「マコモが片付けをする必要はないだろう。あそこに手が空いている男がいるぞ?」
エンマの視線の先には、何故か青木さんに付いてきた陽太さんがいる。
「あ……片付け?やりますよ僕」
ヘラっと笑って陽太さんが言う。
全く嫌そうになんて見えない、軽やかな笑みだ。
「陽太君、済まんな。別にやらなくても良いぞ?」
「先輩待ってる間、僕は暇なんで……ゴミとか捨ててきます?」
「あぁ、済まない。今度飯でも行くか?」
「いいっすね。僕、そういうお誘い嬉しいんで……楽しみにしてますっ」
青木さんも陽太さんも、いつの間にかこの事務所に馴染み始めている。
*
人の悪意から生まれた妖魔が、人の縁を結ぶとはなんて皮肉なのだろう?
妖魔がいなければ、私はエンマと出会わなかったし、冬賀さんや青木さん達とも知り合う事は無かった。
妖魔は人の魂を喰らう忌むべき存在だけれど、その周りに集まる人がいれば、それは繋がりとなっていく。
私たちは妖魔という嵐のような存在を前に集い、それを乗り越えた今、雨上がりの空を一緒に眺めているようなものだ。
妖魔によって結ばれた縁があるとしても、それは妖魔が結んでくれた縁なんかじゃない。
私たちはどんな時も、自分で縁を手繰って出会っていくのだから。




