極限の妖魔3
*
「グッ、グハッ」
首に手を掛けられたまま、冷たいコンクリートの壁に背中を押しつけられる。
目の前に見える常盤君の瞳は揺れていて、今にも涙が落ちそうだ。
「こっち来んなって言ったよな……。消えろよ……消えろ……」
これは妖魔の方?
私が念話をしている間に妖魔が出てきちゃったの?
……苦しいっ。細い指で絞められた首は痛いし、息も吸えないし唾液も飲み込めない。苦しくて涙も鼻水も出てきちゃう。
こんな顔、エンマが来てくれても見せられないよ。
妖魔は私が邪魔なんだ。
それぐらい分かっていたのに、魂たちと話をして油断をしてしまった。
いくら魂たちが妖魔を抑え込んでいても、それはずっと続く訳じゃない。
妖魔だって、追い詰められたら本気を出すはずなんだ。
もう……、何でその事を考え無かったんだろう。
苦しくて唇が震える。
手も冷たくなって力が入らない。
もしこのまま首を絞められて、私の命がここで終わるなら、エンマに会うのは現世じゃなくて冥府になるの?
私が冥府に行ってエンマに会ったら、一体何を言われる??
ーーマコモの阿呆っ!
多分こんな感じ?いや、もしかしたら怒り過ぎて話もしてくれないかも。
こんな事になるのなら、ちゃんとエンマの寿命をもらってあげれば良かったな。
私がもらわないと、エンマはずっと1人で生き続けないといけないから。
私がエンマの立場なら、間違いなく怒ってる。
悲しくて、怒って、それでも愛しさの余りに泣くだろう。
常盤君の瞳から、涙が流れ始めた。
彼だって、こんな事はしたく無いはずなのに。妖魔の中に居る魂たちだって、ただ助かりたいだけだったのに……
◇
そう言えば、昔も同じような事があった……
私がまだ幼かった頃、妖魔に襲われて魂を喰われかけた、あの時だ。
私は、どうやって助かったんだっけ?
確か公園で遊びたいって、強く思っていたはず。
そうしたら私の体から、白い光が溢れ出したんだ。
その白い光が、私が妖魔から逃れるきっかけを作り出していた。
私がいつも妖魔を倒す為に作っている光球は、常磐君に投げると魂を壊してしまう程に強い。
でも私が白い光を放つだけなら?
それだけなら、妖魔が嫌がるくらいの効果が出せるかも。
私が今、心から欲する事を強く願おう。
そうすれば、私の力はそれを叶えたくて湧き上がってくるはず。
そう、私が今、一番強く思う事は……
ーー現世に降りた、エンマの姿が見たいっ!!
今回のエンマは、一体どんな服を着ているのだろう?
前回と同じ?それでも充分に眼福だし、見られたのなら凄く嬉しい。
でも、違うコーディネイトだとしたら…どんな感じになっているの?!
これはもう冥府に行っている場合じゃない。
この目で今のエンマをしっかり見ておかないと、死んでも死にきれないでしょ?!
私の心に欲が湧き上がってくると、体から白い光が立ち上り初めた。
白い光は、目の前にいる常磐くんの体を包むように、静かに発光している。
「お姉ちゃん凄いっ。妖魔が、太一くんの魂から剥がれ始めたよ……」
涙を流している太一くんの唇が小さく動き、ささやくように私にそう伝えてくれる。
今お話してくれているのって、さっきも話をしに出てきた子だよね。
その子が「妖魔」って口にしている……
もしかして……ねぇ、もしかして?あなたの名前は……
” ニャァーッ ”
いつの間にか足元にいた黒猫が、私を見上げて一鳴きした。
(ミーニャ?さん?)
これはおそらく普通の黒猫ではなく、冬賀さんの式神だ。
良かった……私の居場所を突き止めてくれたんだ……
安心して膝から力が抜けた私と一緒に、常盤君もその場に座り込む。
尻餅をつくように座った常盤君の首筋からは、凄い勢いで黒いモヤが飛び出し始めた。
次々と噴き出すように出てくる黒いモヤは、エレベーターホール一杯に広がり、少しずつ黒煙のような燻んだ色合いで形を結び出す。
……これは、人なの?
今まで見た人型の妖魔とは姿がまるで違う。
頭の様な物が何個もあるし、手も足も複数あって色んな箇所から飛び出している。
何なの?この妖魔は?!
「マコモ、見つけたぞっ」
「エン、マ……」
会いたかったエンマが目の前にいる。
今日はデニム素材のボトムにレザージャケットのコーデだ。
こんなにカジュアルでラフなスタイルなのに、何故かエレガント……
「マコモっ!しっかりしろマコモっ!チッ、首を絞められたか……」
目の前がチカチカするけれど、どうにか目は見えている。エンマのオフの時っぽいスタイリング、見られて良かった……
舌打ちする意外なエンマの姿も見られたし、私の思いはだいぶ満たされたかも……
「冬賀っ、マコモがくたばってる。このままじゃ光球は投げられぬから、少しの間このどデカい妖魔を食い止めろ!」
「清野っ!大丈夫か?!……何だよこの妖魔は。異形の化け物じゃねぇか?!」
冬賀さんの、呪文を唱える声が聞こえてくる。
ねぇ冬賀さん。もしかしたらその妖魔の中に、会いたかった人がいるかもしれないよ。
それを伝えたいのに、今の私は思う様に声が出せない。首を絞められていたせいで、喉が痛いし頭もクラクラする。
「マコモ、立てるか?」
座り込んでいた私を引き起こそうしたエンマが、擦りむけた私の膝を見て顔をしかめた。
「怪我までしたのか……」
ため息を吐いたエンマが私の顔を覗き込む。
「ちょっ……」
「何だ?!」
さっき首を絞められた時に、私の顔は涙と鼻水でボロボロだった。今はきっと、物凄く酷い顔になっているに違いない。
「……見ない、で」
「そうか?実に良い顔だと思うぞ。マコモの頑張りが良く分かる」
「……ふざけない、で、よ……」
エンマはいつも綺麗な顔でいるけれど、今の私はメイクも溶けて酷い顔だろう。
「マコモにはまだ、あの妖魔を滅する仕事があるんだが……。今のままでは無理だな」
エンマはそう言うと、私の耳元に口を寄せてささやいた。
「私の力を渡そう。いつもと違う渡し方でも、構わないか?」
いつもと違う渡し方って……
今エンマは目の前にいるし、確かに「紋」から力をもらう必要はないけれど。
私がうなづくと、エンマは唯美に笑顔をほころばせた。
「いつもは……私の力そのものを渡しているが、それは肉体が傷付いた今のマコモには強過ぎる。だから……私の体の一部をマコモの体に移し、行き渡らせる」
体の、一部?何それ?
私の理解は追いつかないけど、エンマがそう言っていて、私の体が回復するなら悪い事はないだろう。
私はエンマの赤い瞳を見つめて、大きくうなづいた。




