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赤い瞳の冥府の王は白き乙女を手放せない  作者: なかな


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対面3



 目の奥が熱くなって、涙が込み上げてくるのが分かる。でも私はまだ妖魔を滅していないから、ここで泣いてる場合じゃない。


 陽太さんをこんな目に合わせた妖魔は、これから陽太さんの肉体から出てくるのだろう。

 

 さっき通りすがりにあの人が「準備をしておけ」と言ったのは、その為だったのか……


 こんな時の為に、私は準備をしていた訳じゃない。

 陽太さんを助ける為に、私は……



「マコモっ!今だっ、これを逃したとて愚痴は聞いてやらんぞっ」


 人集りの中から声が聞こえてくる。

 聞き慣れた、地獄の底から響いてくるような低い声が私に指示を出す。

 

 間違いない。あれはやっぱりエンマだ。


 私の中でスイッチが入る。


 いつもの偉そうなエンマが、あそこで私を呼んでいる。少し距離は有るけれど、近づきながら光球を作るなら、それは放つには絶妙なタイミングだろう。



「……愚痴なんか、言う訳ないでしょう?!」

 

 エンマに聞こえていなくても、私は1人歩きながらそう口にする。


 いつ私が愚痴なんて言ったっけ?

 文句ぐらいなら、時々言うけど。


 陽太さんの周りからは叫び声が聞こえている。近くに居た人達は、軽くパニック状態になってしまったようだ。


 混乱する人々の間に割って入っていくと、陽太さんの背中から黒い煙のような物がモクモクと出てきているのが見えた。黒い塊は人の姿に形を変えながら、陽太さんの頭上に溜まっている。


 その近くで背筋を伸ばし姿良く立っている人は、まるでモデルのように見事な等身バランスだ。見慣れた黒い衣をまとってはいないけど、あれは正しくエンマ。私がエンマを見間違える訳がない。


 その人の瞳が私を捉えた。

 いつもの赤い瞳ではないけれど、髪色と同じ落ち着いたダークブラウン。

 綺麗な顔に収まる、形の良い唇の端がわずかに上がる。


「いけっ」


 その唇がそう言った時、私の手元にあった光球は滑らかに妖魔に向けて放たれた。

 殆ど無意識の内に放っていた光球は、妖魔の黒い煙のような塊に当たって、めり込んで行く。


 光球はおよそ、5秒かけて妖魔を滅する。


「……(ゼロ)


 退魔の光が人型の妖魔を包み、霧散させていく。その中から黄、青、赤などの様々な色の魂が解放されて空へと向かう。


 あの魂達は、しばらくすると生前の記憶を取り戻し、人の姿を結ぶらしい。その頃には冥府の職員が迎えに来て、あの世へと連れていくという。


 良かった……また沢山の魂達を解放できたよ、でも……。



 目の前には生気のない陽太さんの体がある。水族館の職員の人達が現れて「下がってくださーい」と声掛けまで始まってしまった。


「エンマ様、どうしてこんなこと……」


 全てを言い終わる前に、堪えていた涙が溢れ出した。青木さんも陽太さんの横で静かに涙を流している。


「気に入らなかったか?ちょっと魂を抜いてやっただけだ。妖魔は魂に寄生していたから、私の方で一時的に冥府に送った」


「えっ?」


「これで妖魔の消滅は済んだからな、この男の魂は直ぐに呼び戻してやるとしよう。マコモなんて昔、自力でこれをやったんだぞ?魂だけで逃げてくるとか……愉快過ぎる、やはりマコモはとんでもないな」


 「マコモは偉いな」じゃなくて「マコモはとんでもないな」の言葉をもらってしまった。この言葉はそんなに嬉しくないかも。


「魂を移しただけで、別に体は死んではいない。泣くな、心配し過ぎだマコモ」


 いやいやだって、こんなの心配するでしょう?青木さんだって私とエンマのやり取りを聞いて、めっちゃ複雑そうな顔をしている。


 エンマがさっきと同じように、陽太さんの体の上に手を伸ばして数秒もすると、陽太さんの顔がわずかに動いた。


「ゲホッ、ゲホッ」


 咳き込みは変わらない。いくら自分の手でも、さっきまで首を締め上げられていたのだから苦しいよね。


 突然意識を失い倒れた人物が急に起き上がったので、周りの人達はとても驚いている。口々に「良かった。安心した」と言っていて、その温かい言葉に気持ちが救われる。



「閻魔大王、時間があれば話がしたい。今回の事は本当に助かったよ、感謝している」


 駆け寄ってきた冬賀さんがエンマに声を掛けた。


 エンマは私たち現世の事には関与しないと言っていたのに、何故こんな事をしたのか、私も気になっている。


「私はマコモに話があって、ここに来ただけだ。そうしたら、死ぬはずのない男が死にそうになっていたから、元の寿命通りに調整をしたまでだ。大した話ではない。

 それに妖魔を弱らせる案には私も関わったからな。そこから生まれた負の出来事であれば、私が関与するのも道理から外れてはいない。それだけだ」


 エンマはそう言うと、私の方を見た。

 いつもとは違うブラウンカラーのエンマも落ち着きがあって魅力的だな。


「マコモはもう帰れるのか?少し話があるのだが」


「どうでしょう。今は仕事中ですし、終わってからでも大丈夫ですか?」


「あぁそうだな。せっかく現世に降りても違和感の無いよう、姿をつくってもらった所だ。終わるまで待っていよう」


 違和感の無い、現世に降りる為の姿……


 エンマの姿はその見目の良さもあって、まるでファッションモデルのようだ。


 インナーにはタートルネックのニットを着てカジュアル寄りなのに、そこにオーバーサイズ気味でダブルのジャケットを羽織っている。

 それに合わせたスラックスは少し光沢のある素材で落ち感もあり、何とも言えない優雅さと色気までがにじみ出ていて……


 何これ……海外デザイナーズブランドをトータルコーデでもしてるの?

 エンマの着こなしてる感も凄い。

 似合い過ぎてる……

 

 

「清野っ、清野っ!」


 冬賀さんの声で現実に引き戻された。


「はいっ、すいません。ちょっとエンマ様から目を離せなくて」


「あぁ……そうだろうな。いくら髪と目の色を変えた所で目立ち過ぎだ。悪い事は言わない、早く連れ帰った方が良いぞ、あの人は」


 冬賀さんの指摘通り、エンマの周りだけ違和感が凄い。雑誌の1ページのような世界が出来上がってしまっている。


「あの……冬賀さん、陽太くん落ち着いたみたいだから。色々と説明してもらっても良いですか?私だとちょっと分からない事情もあるみたいだから」


 突然現れたエンマを警戒しつつも、青木さんが凛とした瞳で話し掛けてくる。


 エンマの事は何処まで話せるか分からないけれど、陽太さんには苦しい思いをさせてしまったから、きちんと説明が必要だよね。


「もちろんです青木様。では1度、場所を変えて話をしましょうか?」

 


 ◇



 私たちは水族館の職員の方々に騒ぎを起こした事を謝罪し、その場を後にした。

  

 陽太さんは突然現れた私たちと、美貌のエンマを前に少し困ったような笑みを浮かべている。

 あれだけ大変な目にあった後だというのに、少しでも明るい表情を作ろうとする陽太さんは、根っから社交的な人なのだろう。


 とはいえ陽太さんは青木さんの隣を離れないから、私たちに不信感を持っているには違いない。だって私が大学の入学希望者というのも、たぶん嘘だってバレている。

 

 陽太さんが今、何を思っているのかは分からないけれど、少なくとも私も青木さんも、陽太さんに納得のいく説明をする必要がありそうだ。



「それじゃあ俺たちは3人でタクシーに乗るから、清野とエン……エンジュさんは別の車で来てくれ。また事務所でな」


 エンジュって誰っ?!

 冬賀さんは流石に「閻魔大王」の名を口にすることは出来ずに、咄嗟に違う名前を出したらしい。




「くそ真面目だな、あの男は」


 エンジュと呼ばれたエンマは怒るでも無くちょっと笑っている。

 閻魔大王の目の前で嘘をつく人を初めて見た。

 

「エンマ様、しばらく呼び名はエンジュさんで良いですか?流石にエンマ様とは呼べないですし」


 間違っても「エンジェル」とか言わなかった冬賀さんの良識に拍手を送りたい。


「仕方がない。だがあの男はともかく、あの娘は既に、あの場で私の名を聞いているであろう。今更誤魔化しても遅いと思うが?」


「そうかもしれませんね……。でもまぁ、呼び名は必要なので今日はエンジュ様ということでお願いします」


「閻魔大王に嘘を付かせるとはな。まぁこれくらいは嘘というより機転の内だ。それで構わない」


 良かったぁ流石は長年、人の世を見てきたエンマだよね。


 嘘ではなくて「機転」

 冬賀さんが時々思い付いちゃう誤魔化しは、機転の内だと判定された。


「それじゃあ私達も事務所に向かいましょう。タクシー乗りましょうか?」


「冬賀であれば、車を使わせたいなら私を先に乗せている。先に3人で行ったなら、空間移動をして先に事務所で待っていろという事だ。マコモはまだ冬賀の事を分かっていないようだな……それで良い」


 エンマは何故か満足気な顔をすると、私の手を引き近くにある中層階のビルの入り口をくぐった。人目の多い大通りから、立ち並ぶビルのひとつへと入る私たちの姿は、その途中で歪んだ空間へと入っていった。

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