寄生の妖魔2
「それじゃあもう、陽太さん……じゃなくて、既に浅野様にも連絡していただけたんですね」
「陽太さん呼びで大丈夫ですよ。私が陽太君って言っちゃてるから、そっちの方が呼びやすいですよね」
青木さんが再び「ブラックウルフ」の商談室に来てくれたのに、まだまだ接客に不慣れな私は思わず陽太さんを苗字ではなく名前の方で言ってしまった。
普段使っている言葉ってそのまま出ちゃうよね、危ない危ない。
「いえいえ、私どもは浅野様とお呼びいたします。今後、ご本人を前にお話しする機会もあるでしょうし」
冬賀さんがすかさずフォローをしてくれる。
まだ私は社員ではないけれど、対外的にはこの会社の従業員だから。
失礼な発言には気をつけなくちゃ。
「ははっ、大丈夫だと思いますよ。陽太君は先輩の私のことさえ勝手にあだ名で呼ぶような人ですから」
「そういえば『アッキー先輩』って呼ばれていらっしゃいましたね」
陽太さんが青木さんに呼び掛けてきた時、随分と親しげだったから気になったんだよね。
「よく覚えてますね。そうなんです、私の下の名前が彰だから、アッキーらしいです」
「青木、様だからじゃなくて?」
「それもあると思うんですけど……。私の名前を知ったらもう『アッキー』しか出てこないとか言って、ずっとそれで呼ばれてるんです」
普段の陽太さんのキャラが分かってきた気がする。
人との距離を詰めるのが上手いタイプなんだな。
「それじゃ水族館に行く話が出ても、怪しまずに来てくれそうですか?」
今回の本題は、陽太さんを呼び出したその後の動きだ。
そもそも陽太さんが来てくれないと話にならない。
「さっきメッセージで、夕方なら行けるって連絡もらった所です」
「夕方……。それって今日のって事ですか?」
「今日の、ですね。早すぎますか?」
◇
「はぁーっ」
「社長、ため息をつかないでくださいよ。準備が役立つんだから良かったじゃないですか?」
早速、今日の夕方。閉館1時間前の水族館に陽太さんが来てくれることになった。
決断力のある青木さんとコミュ力王の陽太さんが動くと、驚く程に行動が早い。
冬賀さん的には「心の準備」がまだらしいが、使用する霊符は冬賀さんの睡眠時間と引き換えに整えられている。
後は私の準備ということで……
◇
「エンマ様、今お時間大丈夫ですか?」
ーー「……あぁ、問題ない」
今日は確実に人型の妖魔と対峙するだろうから、エンマには知らせておかなくては。昨日の件の報告にもなるし。
「昨日の件ですが、もう今日の夕方には陽太さんと会う段取りができたんです」
ーー「ほぅ、それは早いな」
「そうなんです。だから今日はエンマ様の力を沢山もらいますので、そのつもりで居てください」
ーー「……分かった」
今日はエンマの口数が少ないような。もしかして疲れているのだろうか?
「エンマ様、今日は見てるって言わないんですね」
ーー「何だ、見ていて欲しいのか?マコモは子どもみたいだな」
「また子ども扱いするんですか?そりゃ私はまだ19年しか生きていませんけど、この世界じゃもう立派な成人なんです。エンマ様がそんな感じだと、私はずっと成長していないみたいじゃないですか?ほんっと子ども扱いして……私はエンマ様の娘じゃないんでっ!」
ーー「私もマコモのような娘をもった覚えはない、私を父親のように扱っているのはマコモの方であろう?マコモの父親が早くに亡くなったのは辛い事だが、私にその代わりを求めるのも違うのではないか?!」
エンマは何を言っているんだろうか?
エンマの事をお父さんっぽいとは思っても、お父さんの代わりだと思ったことは一度も無いのに。
「ちょっと待ってくださいエンマ様。代わりって何ですか?私にとってエンマ様はずっとエンマ様ですけど。エンマ様から父性?みたいなもの感じたことは、逆にありませんね。いつも妖魔と戦わされてましたし」
「は?」
「だからエンマ様は私にとって父親ではないんですよ。うちのお父さん、すっごく優しかったからエンマ様みたいに怒ったりしないし、虫が近づいただけで払ってくれるような人でした。妖魔に光球を投げて戦えとか、絶対に言いません」
ーー「待ってくれマコモ。私は一体何を……」
「何がですか?今日はこれから忙しいんで、私も念話出来るタイミングあるかどうか分かりませんから」
ーー「分かった、分かっている……」
ーー(これをどう受け取れば良いんだ?!喜んでも良いのだろうか……?いや、我が身を振り返り反省すべきなの、か?)
◇
「閻魔大王との話は済んだのか?念話って便利だな」
「そうですね。ただ私はエンマ様の状況が分からないので、そんなに使わないんですけど。エンマ様の方は私が見えるらしいので、タイミングを見て連絡してるみたいです」
「ブッ……!」
冬賀さんが飲みかけのコーヒーを吹き出した。
今日4杯目のコーヒー。ミントタブレットと同じく摂りすぎだと思う。
「それって生活を覗かれてるってことじゃねぇの?益々ヤバイな」
「うーん、どうでしょうね。一応というか閻魔大王様なので、犯罪行為はしないと思うんですよね。性格的にも潔癖というか、変な事はしなそうなので信頼はしてるんです」
「あー……よく分かんねぇけど、信頼はしてるのか?それならそれで良いのか?いや、よくねぇだろっ」
冬賀さんはどうやら私とエンマの関係を不思議に思っているらしい。
冥府の王と家族同然みたいなやり取りをするのは、やっぱり普通じゃ無いからね。
「でも最近エンマ様、情緒不安定らしくて変なんですよね。急に優しくなったかと思えば疲れたみたいに口数が減って……。それでいて元気が無いのかと思えば急に『私はマコモの父親じゃないっ』みたいな事を言って怒るんです。ちょっと扱いづらいというか訳わからなくて、さっきの念話も途中で切れたんですよ」
「…………清野は気付かねぇの?」
「え?もしかしてエンマ様ご病気とか?閻魔大王様って病気するんですか?!」
「違うっ、そうじゃないだろ清野っ。あぁ、そうか。閻魔大王が囲ってきたせいで、そういう事に触れずに成長したんだな……。だとすれば自業自得だな」
「何なんですか?エンマ様もハッキリ言ってくれないし、社長も知ってる事があったら言ってくださいよっ」
「いや、俺は何も知らないな。聞くなら全て閻魔大王に聞いてくれ……。そうだ、清野に聞いておきたかったんだが、あの退魔の光の球は直ぐに作れるのか?場合によっては俺が時間を稼ぐ必要があるだろ?」
退魔の光球を作るには、力を引き入れる時間と集めて形にする2つの時間が必要だ。先に少しづつエンマから力を引き入れておけば、一発目だけは時間を掛けずに放てる。
「先にエンマ様からエネルギーチャージしておけば、10秒もかからずに1回目は打てますよ。もしそれで効果が足りなければ、急いでエンマ様から力を引き抜いて光球を作るので、その時に妖魔が逃げないようにしていてくれたら……」
「待て待て待てっ、閻魔大王からのエネルギーチャージって何だ?あの力は清野の力だけじゃないのか?」
「言ってませんでしたっけ?私の退魔の光球は、エンマ様から力をもらって作っているんです。私1人の力じゃ、あんなパワフルな球は作れませんから」
「力、生命力を繋いでいるって、事か?」
冬賀さんがいつにも増して緊迫感のある顔で私に問いかける。
私もエンマの力をもらえる事は不思議に思っていたから、冬賀さんが何かヒントになることを知っているなら教えて欲しい。
「生命力?かは分からないんですけど、私はエンマ様の力をもらって使える珍しい体質らしくて。そうやって力を引き込んで作った威力のある光球で、妖魔を退治するよう教わりました」
冬賀さんは眉間に皺を寄せ目を閉じると、しばらく黙り込んでしまった。
「そうか……前に言ってた力がどうのこうのって、この事だったのか。閻魔大王から力をもらえるって事は、何か繋がる仕掛けがあるはずだな」
「そうなんです。私、ここにエンマ様の紋が刻まれていて……」
「ちょっ、お前っ!俺に見せるな!」
私は左袖を引き上げて、冬賀さんに手首が見えるように差し出した。
冬賀さんは軽くのけぞりながらも、マジマジと私の手首を眺めている。
「俺は知りたくなかった……そんな仕組み」
心底嫌そうに顔を歪めた冬賀さんは、盛大にため息を吐くと腕を組んでジロリと私の顔を見た。
「清野、分かってるか?俺は術者だ。その紋を利用すれば、閻魔大王の肉体や魂に危害を加える方法だって思い付く。まぁ、俺如きの技なら跳ね返されて終わりだろうがな」
冬賀さんはそう言うと、残りのコーヒーを飲み干した。




