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赤い瞳の冥府の王は白き乙女を手放せない  作者: なかな


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寄生の妖魔3



「あの……エンマ様からは特に口止めされてなかったんですよ、この手首の紋。そんなに大事な物だとは知らなくて」


「閻魔大王にとっては、現世の人間に何かされるなんて考えた事も無いかもな。そんな奴がいたら最悪の裁きと来世を用意するだけだ。そもそも閻魔大王を脅かして特をする人間なんている訳ない」


「それじゃ社長がこれを知っていても問題無いですよね。私、余計な事を言っちゃったのかと焦りましたよっ」


 手首の紋の意味を知らないばかりに、エンマの身を危険に晒したのかと思った。まぁ冬賀さんは悪用なんてしないだろうけど。


「俺がそんな事を知ってる事自体が問題なんだよ。閻魔大王の弱点なんて知りたくはなかった。そうでなくとも個人的な事情知りすぎてんのに……。俺はすっかり閻魔大王にマークされたと思って間違いはないな。欲を出して清野を採用したからその報(むく)いだろ」


「そんなっ!もしかして私の就職は無しですか?!」


「ここまで聞いたら清野を放置する方が問題だ。約束通り来月から正式に採用させてもらう。しばらく見守ってやるから……清野もそれで良いな?」


「はいっ!よろしくお願いします」


 まさかこのタイミングで正式採用を決めてもらえるとは。

 理由はともあれ、就職できるなんて嬉しすぎるっ。



 あ、でもこの流れであの事も冬賀さんに聞いてみようかな。


「社長、一つだけ良いですか?」


「何だ?」


 「私がこうしてエンマ様に紋を刻まれているのって、やっぱりおかしいと思うんです。私の魂の修復をエンマ様がしてくれて、本当はそれだけで良かったはずなのに。どうしてエンマ様は、わざわざ自分の弱点になる物を私に付けたのか……。社長は術者だから、何か分かったりしますか?」


「……悪いがさっぱり分からんな。もし清野がもらっている力が閻魔大王の生命力だとするなら尚更だ。閻魔大王って何年ぐらい生きるんだ?何百年とかの単位だろ。ちょっと減っても問題ない、みたいな事なんじゃないか?」


 思っていたよりも冬賀さんの答えが雑い。

 自分の紋を他人に付ける意味、みたいなのを知りたかったのに。


「たぶん私はエンマ様の力を使える適性があったから、便利に使う為に繋がれてるんでしょうね……。使っている力が生命力だとしても、エンマ様に影響が出ない程度なら良かったですよ」


「待て待て待てっ、俺はそんな事までは言っていない。確実に閻魔大王の力は使われたら減るのだろうし、清野にそこまでするのならもう、閻魔大王は命を預けていると言っても良いくらいだからな」


 命を預けている?


「何の為にですか?」


「知らん。それは直接、閻魔大王に聞け」


「はい……」


 エンマの命は私と繋がっている。

 私の予想はそれ程間違っていないのかもしれない。



 ◇



 昼前に「ブラックウルフ」で会った青木さんとは1度別れ、夕方に水族館で待ち合わせる事にしている。


 陽太さんとの約束時間より少し早めに到着してもらい、冬賀さんにショートメッセージを送ってもらう予定だ。冬賀さんの方から青木さんに返信をしたら、それで私たちの待ち合わせは完了する。


 万が一にでも私たちが陽太さんと対面しないよう、青木さんとは初めから会わないようにした。


 私と冬賀さんは入口よりもずっと手前のエレベーター脇で待機し、遠くから入り口とチケット売り場を眺めている。

 

 陽太さんに顔を知られている冬賀さんには、私からのお願いで伊達メガネを掛けてもらった。いつも上げている前髪も下ろしてもらい、雰囲気をガラッと変えてみた。


 全身を黒色でまとめた服装は冬賀さんのポリシーだから、そこはいじれなくてちょっと残念。


 私はと言えば冬賀さんの連れ、彼女に見えるよう少し大人びた服装で合わせたかったけど、そうするには時間も冬賀さんからの理解も足りな過ぎた。


 1度自宅に帰って着替えようとしたら、「どの道、清野は陽太君に会えば魂の色で気付かれるから服装は関係ないだろ?」って言われちゃったし。


 そういうんじゃないんだけどな……

 冬賀さんは合理的だ。



「社長って、前髪下ろすと若いですよね。実際には何歳なんですか?」


「実際にはって、俺は別に誤魔化してないからな?27だ」


「え?もうちょっと上かと思ってました。前髪下ろした方が若くて良いですよ」


「だから清野はなぁ……」


 まずい、また余計な事を言ったらしい。


「あ、あれ陽太さんじゃないですか?」


 サッと冬賀さんの後ろに身を隠す。

 エレベーターから降りて来たのは、キラキラとした輝きを放つような陽太さんだった。


「全然、妖魔に寄生されてる感じ無いですよね。やっぱり華やかだし目立ってますよ」


「そうだな。逆に魅力みたいな物が増したりするのかもな」


 陽太さんは館内入り口近くにいる青木さんを見つけると、柔らかな笑みを満面に浮かべて急足で向かっていった。


「確かにあの笑顔をいつも青木さんに向けていたなら、嫉妬の一つぐらいはされそうですね」


「あぁ、俺も嫉妬は怖いな。今も見られていると思うと気が気じゃない」


「は?」


「何だ?……陽太君みたいに分かりやすい人だったら良かったのにな。ほら、後を追うぞ」



 ◇



 青木さんと陽太さんの後を追って、水族館の入口を通った。事前にマップで確認すると「コツメカワウソ」は、順路の最後にある屋上エリアにいるらしい。


「あと1時間もすれば閉館ですし、建物内には長く居ないはずですよね」


「そうだな、流石に目的のコツメカワウソはゆっくり見たいだろう。計画通り妖魔を弱らすのはそこを通った後だ。閉館時間に近いほうが出口に人も多いだろうしな」


 私と冬賀さんは、陽太さんの明るい髪色を目印にして、人混みの中を進んでいく。

 館内は薄暗く、水槽内はライトで照らされた生き物達が行き交っていた。光を受け幻想的な輝きを放ちながら漂う、透けた体の生き物に目を奪われる。


「クラゲって砂浜で見ると逃げたくなりますけど、こうして光に照らされていると妙に綺麗ですよね。部屋で飼ってみたくなります」


「清野の価値観は美的がどうかなんだな。そんな軽々しく言うが、生き物の世話は大変だぞ」


「そう思っただけですよ。今のところは植物だけで手一杯です。水の生き物は水質管理が大変ですからね」


「そうだな。俺も魚を見ているのは好きだが、飼うとなると話は別だなって、おいっ。普通に水族館楽しんでる場合じゃないからな?清野は俺には見えない他の妖魔が潜んでいないか、確認しておいてくれ。予定外の妖魔に絡んでこられると厄介だからな」


「確かに。人が多い場所だと居そうですからね、承知しました」


 妖魔同士が協力しあったりすることは無いけれど、何かしようとしている人に興味を持って邪魔をしてくる事はある。

 これから妖魔退治をしようとしている時に、他の妖魔にからまれるのは御免だ。


「社長はあの黒猫さん出さないんですか?ミーニャさん」


 私に指示を出さなくても、冬賀さんはミーニャという黒猫の視覚を使って妖魔を見られるはずなのに。


「ミーニャを出して探らせると、下手したら陽太くんの中にいる妖魔に気付かれるだろ?いきなり式神が出てきたら、邪魔だと思い消そうとするか、その場を怪しんで離れるかだ」


 ミーニャを式神と言った?

 陰陽師の物語に出てくるあの「式神」だろうか?



「社長って陰陽師とかなんですか?全然それっぽくないですけど」


 陰陽師といえば五芒星と、平安時代の貴族のような服装が頭に浮かぶ。

 冬賀さんのように都会で妖魔を狩る陰陽師も、今の時代には居るのだろうか?


「陰陽師か……、そう言われる仕事も今の時代にはもう無いはずだ。あれは役職の名だからな。俺は必要な術を継承しただけだ」


 継承?冬賀さんに誰かが術を教えたって事だよね……やっぱり亡くなった妹さんの事がきっかけなんだろうか?こんな状況なのに、聞いてみたくなってしまう。


「社長は子どもの頃、どうして妖魔が妹さんを狙っているって分かったんですか?私の場合は自分でも気付けなくて、結局、襲われて死ぬ手前までいきましたから。エンマが助けてくれなかったら、私は今ここにいないんです」


「そうか……命の恩人だって言ってたもんな。俺の場合は、妹の深月が妖魔の見える体質だった。だからいつも付きまとわれては、怖いと言って泣いていたんだ。でも俺は……本当は信じていなかった、深月が死ぬまでは……」


「えっ?」


「俺の家系には時々、深月のように"見える”人がいるんだ。そういう体質の人間が魔を払う術を受け継いできた。だが同じように妖魔が見えた爺さんは、深月が生まれる前に亡くなってるんだ……。だから俺も両親も、深月の言うことを心から信じてあげられなかった」


 見えないから信じられない、それは当たり前の事だと思う。私だって誰かに妖魔の話をしたりはしないから……。

 誰にも信じてもらえず、おかしな事を言う人だと遠巻にされるのは目に見えている。

 深月さんの言う事を信じてあげられなかったと悔む冬賀さんは、やっぱり優しい。


「確か、社長が深月さんを妖魔から守っていたんですよね? そんな難しそうな事よく出来ましたね?社長も子どもだったのに」


「爺さんが残した道具と書物があったんだ。だから俺はそれを引っ張り出して読んで、真似事をしただけだ。

 結界を張るのだけは上手くいって深月の泣く回数が減ったんだが、ウチの親父がな……親父は祓い屋の仕事を嫌っていたからな、喧嘩になったよ。

 あんな奴……爺さんの真似なんかするなって凄い剣幕で怒られた。

 俺が張った結界まで壊してきて、ほんと妖魔よりもタチが悪いんだ、あの人は」


 冬賀さんはそう言って、心底嫌そうに顔を歪めた。

 そんな冬賀さんは今「祓い屋」をしている訳で、親子関係が複雑そうなのは何となく分かる。


「社長って、苦労人ぽいなぁとは思ってました」


「清野、お前なぁ……」


 まずい、また変なこと言ったらしい。


「え?あ、ほらっ、社長っていつも相手の為に話をするじゃないですか。

 自分の事は余り話さないのに、相手の言った言葉は受け止めて、きちんと考えてから返してくれるというのか……。

 自分の事はいつも抑えてるんですよね。

 自分勝手な私とは大違いなんですよ」


 冬賀さんの優しさはそういう所にも感じてきた。でもそうしなければならない過去があったのだと、想像も付いてしまう。


「清野の場合そうやって真っ直ぐな気持ちを言うなら、相手を選んだ方が良い。人に寄っては清野の優しさや観察力を勘違いするからな。お前は口悪いくらいが丁度良い」


 見上げると、下ろした冬賀さんの前髪から覗く瞳が泳いでいた。心なしか頬の色も赤い。


「もしかして社長、照れてます?」


「うるさいっ、だから清野は一言多いっ」


 冬賀さんはそう言うと私の背に手を当てて、押すように柱の影に隠れた。


「今、陽太君が振り返った。俺たちに気付いてはいないと思うが、ここでバレたら元も子もない。無駄話してないで慎重に行くぞ」


「はいっ、話の続きはまた今度聞かせて下さいね」


「お前、結構グイグイくるな」


「前から気になってたんですよね」


「……仕方がない、またな」


 私と冬賀さんは身を潜めながら、薄暗い水族館内を歩いていった。

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