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赤い瞳の冥府の王は白き乙女を手放せない  作者: なかな


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人型の妖魔2



 ◇


「それではこの写真は、青木様のカメラで撮影したものにしか写っていなかったということですか?」


「はい。他の人も同じ場所で撮っていたんですが、私が写した物にだけ黒い人型が写り込んでしまって。カメラのレンズに、ホコリや汚れでも付いていたのかと思ったんですが、どう見ても人型に見えるから怖くなったんです」


 整えた商談スペースにお迎えしたのは、件の写真を送ってきた依頼人で、都内の大学に通う3年生だ。

 芸術学部で映像系の専攻をしているそうで、日常的にカメラを使っているらしい。


 小柄な女性で、肩に付かない長さに髪を切り揃えている。

 私よりも年上だけど、中学生と言われたら信じてしまえるくらい幼なく見える風貌だ。

 長いまつ毛が凛とした強い眼差しを縁取り、落ち着いた口調と共に意志の強さを感じる。子供の姿の中に大人の人格を宿しているみたいな、不思議な雰囲気を持つ人だ。


(個性的な人だな。こだわりも強く持っていそう……)


 着ている服はよく見るベーシックなデザインだけれど、重ね付けしたファッションリングにこだわりを感じるし、リュック型のバッグも革素材の見かけないデザインだから、人と持ち物の被るのが嫌なタイプなのだろう。


 芸術系の学生なら、これでも控えめな方なのかもしれないけれど‥‥。

 派手な感じは無いけど印象的な人だ。


 

「確かに。レンズの汚れだとしたら、どの写真でも同じ位置にありそうですよね」


「そうなんです。あと実は、偶然スマフォで撮った写真にも、同じような黒い人型が写ってしまったんです。これなんですけど」


 そう言って青木さんはテーブルに置いていたスマフォを手に取り、ディスプレイを私達の方に向けた。


「こ、これって……」


「すごく近くでも撮れたんです。顔の所にうっすらと、目みたいな物も見えてますよね」


 青木さんが見せてくれた画像には、友人らしき人達と並んで写っている黒い人型の姿があった。



 *

 

「まずいな、これはもうターゲットを定めてるだろ?」


「ここまで距離を詰めて来るなら、後は妖魔の気分とタイミング次第で襲いかかってきますね」


 青木さんが帰った後、さっきの妖魔について冬賀さんとあれこれ意見を交わし合っている。

 私たちの思う所はほぼ一致していて、一つ言えることがあるとすれば、


 ーー時間がない。


 写真に写り込んだ妖魔の姿から、身を潜めている様子は無く、おそらく動きは活発になっている。

 ターゲットとの距離を詰めようと、興味深げに近寄って来ているのも危ない兆候だ。おそらくその距離を詰めた先に、取り込みたい魂を持つ人物が居るのだろう。


「もしかして青木様が、そのターゲットだったりして?」


「それは俺も思った。そもそも、あの娘にだけ妖魔が撮れるとかおかしくないか?何か特殊な性質の持ち主だとしたら、それこそ妖魔を引き寄せる理由になる」


「確かにちょっと不思議な魅力のある方でしたよね、青木様って。妖魔じゃなくても惹かれる人は多そうな」


「そうか?俺は清野の方が人目を引きそうに見えるがな」


 え?今、サラッと何か言いませんでしたか、冬賀さん?!


「え?はい?それっどういう事ですか?」


「言ったままの意味なんだが。まぁ、バックに閻魔大王が付いてるから……残念だったな、清野」


「まぁ、私は妖魔からも男性からも逃げられる存在で……って私がモテない事、冬賀さんに言ってないですよね?」


 私は昔から、男の子から距離を置かれる事が多かった。仲良くなれたと思っても、その次の日には何故か男の子はよそよそしい感じになっている。

 

 それが繰り返されていると気が付いて、私は自分がモテないのだと自覚した。確かに可愛く笑ったり、優しい言葉を掛けたりとかできないからね。

 まぁ、私はエンマにしか惹かれたことが無いから、それでも全く構わないんだけど。


「清野が言わなくても、それくらいは想像が付くんだよ。何かあの人がやってるだろうってな……。よしっ、青木さんが襲われる前に妖魔退治といくかっ」



 ◇



 冬賀さんが青木さんに連絡をすると、明日の午後には時間が取れるという。それも実際の妖魔を見られるように、大学構内の案内までしてくれるそうだ。


 けれど大学構内に入ると言うなら、そこであの大きな人型の妖魔と対峙するかもしれない。

 

 妖魔に気付かれない内に仕留めてしまうのか理想的だけど、相手は恐らく複数人の魂を取り込みながら体を大きくした妖魔だ。

 冬賀さんと私の2人掛かりなら妖魔を倒せるはずだけど、楽々とはいかないかもね。



 ーーこれは私がエンマに念話をする「理由」になるよ、ね?


 私はソファに浅く腰掛け「スーハー、スーハー」と深く呼吸し息を整えると、左手首の「紋」に手で触れた。



 ◇



「あ、あの、エンマ様。マコモですが、少しお話し出来ますでしょうか?」


ーー「…………」


 エンマからの返答が全く無い。やはり冥府の閻魔大王様は、突然話しかけても答えられる程には暇ではないのだろう。


「あのですね、後でお時間ある時に念話してください。今日はもう部屋に帰っているので、いつでも大丈夫ですから」


 そこまで言ってから私は「紋」から手を離し、念話を切った。



  

 エンマが今何をしているのかは知らないけれど、ちゃんと聞こえていれば、私が寝る頃までには何らかの連絡をくれるだろう。


 私からは滅多に念話をしないから、結構、緊張してしまったな。


「ふぁーっ、疲れたなぁ。明日の妖魔退治もどうなるか分からないし……癒されたいなぁ」


 私はお気に入りのクッションを抱き寄せ、顔を埋めた。

 そう言えば小さい頃は恥ずかしげも無くエンマの体に抱き付いていた。エンマの体に顔を埋めると、香の匂いとエンマの暖かさが混ざり合って、妙に安心したんだよね。


「ふわぁーっ」


 私は顔にクッションに押し付けていた息苦しさから逃れ、深く息を吸った。


 あれ?幻聴ならぬ幻臭?

 前に夢をみた時のようにエンマの香の香りが鼻腔をくすぐる。


「マコモ、なんだそのだらけた格好は?疲れた中年男か?」


 念話ではない……。

 部屋の空気を震わすようなその低い声に驚き目を開けると、目の前にはエンマの整った顔があった。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと……、何で居るんですかっ?!」


「何でって、何だ?呼んだだろ?」


「呼びましたけど、部屋に来てとか言ってませんよね?!」


「マコモに呼ばれたから来た、何が悪いんだ?念話は効率が悪いだろ?」


 やばい、またエンマとの口喧嘩が始まっちゃってない?

 久しぶりにエンマの顔が見られて嬉しいのに、落ち着け私の脳みそ。


「まぁ、そうですかね。念話だと、確かにゆっくり話せませんし……」


 エンマが何故かキョトンとした顔になっちゃてる。この表情、結構レアだからしっかりと脳内保存しておこう。


「少し会わぬうちに大人な対応をするようになったなマコモ。冬賀に何か言われたか?」


 このエンマは私を小さい頃から知り尽くしてるから、ちょっとの変化にも気づいちゃうのかな?お父さんじゃなくてお母さんだよ、その見抜き方は。


「冬賀さんは大人なので私の言葉の揚げ足とったりしませんから。一緒に居て、私も成長出来たのかもしれません」


 ひゃーっ、私ってば何言っちゃってるの?何でエンマを煽るような事を言っちゃうんだろう?!


「ほぉぅ?そうか、それは良かったな。私と居ても成長出来ないというのなら、今後は冬賀を通じて仕事を任せよう。その方がマコモにとっても現世で生きやすいだろうからな」


 待って!そうじゃないっ!私はエンマと離れたい訳じゃないんだからっ!


「違っ、違うんですっ!エンマ様と居ても成長は出来てますからっ!……いや、話したかった事は別にあるんです。明日なんですけど、人型の妖魔と出くわすかもしれなくて……、そうしたらまた、お力を沢山いただくかもしれないので……」

 

 どうしよう、落ち着いて話せないよ……。


「あぁ、今日呼んだのはその件だったか。分かった、明日はそのつもりで居るとしよう」


 エンマは不機嫌なのか、いつものように怒るでもなくただ素っ気ない言葉を返すだけだ。私はエンマにとって、扱いにくい部下なんだろうな。


「あの、さっきはすいません。変な事を言ってしまって……。これからも、妖魔退治はエンマ様からご連絡いただけます、か?」


 冬賀さんとの会話を思い出し、気持ちをちゃんと言葉にしてみた。

 上手く伝えられたんじゃない?かな?!


 あれっ?エンマが片手で顔を抑えて横向いちゃってる?

 そんなに変な事は言ってないはずなんだけどな?


「マコモ、それはこれからも、私と繋がっていても良いという事か?」


「はい、もちろんです。最近、妖魔退治の依頼も全然無かったから、少し寂しかったんですよ」


 ほらっ!私もその気になれば自分の思いをそのまま伝えられるじゃない?

 本心を伝えられると気持ちがスッキリするなぁ。


「寂しかった……のか?」


「はい、そうですよ?ずっとエンマ様に念話しようかどうか迷ってました」


「マコモは、愚かだ」


 エンマはそう呟くと、その長い腕を伸ばして私の体を引き寄せた。


 驚いた私がエンマの顔を見上げると「ちょっと見学に行くぞ」、そう言ってニヤリと小さく笑い周りの空間を歪めた。

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