表の戦慄と、凱旋
日本、東京。首相官邸の地下危機管理センター。
国連安保理での会合が始まってから数時間、総理大臣と防衛大臣は、今にも降ってくるであろう「前代未聞の経済制裁」と「国際社会からの孤立」という処刑宣告を、胃を痛めながら待っていた。
日本の命運は終わった。誰もがそう絶望していた時、外務省の統合ホットラインがけたたましく鳴り響いた。
「き、来ました! ニューヨークの国連本部からです!」
受話器を取った補佐官の声が、裏返っていた。総理が重い足取りで歩み寄り、震える手で受話器を受け取る。
「……私だ。制裁決議の内容は、どうなった?」
『そ、総理……! 違います、制裁ではありません! たった今、安保理にて全会一致で決議が採択されました!』
「何が決まったというんだ!?」
『旧敵国条項の即時撤廃……および、我が日本国の、安全保障理事会・常任理事国への加入です! さらに、我が国のEEZ内における、所属不明勢力に対する無警告での武力排除権が、国際法として完全に承認されました!!』
ガチャン、と。総理の手から受話器が滑り落ち、床に転がった。
「……そ、総理?」
「常任、理事国だと……? 拒否権を、我が国が……?」
防衛大臣が信じられないという顔で総理を覗き込む。歓喜ではない。そこにいた全員の顔にあったのは、理解を超えた事象に対する純粋な「恐怖」だった。
外交交渉などという生易しいものではない。あの天城という男は、そしてS.O.D.U.は、一体アメリカや中国のトップに「何を突きつけて」黙らせたというのか。
「我々は……」
総理は、冷や汗を流しながら虚空を見つめた。
「我々は、とんでもない化け物の首輪を外してしまったのではないか……?」
日本は世界の頂点に立った。しかしそれは、表の政府が国を動かす時代の終わりと、S.O.D.U.という「影」が日本そのものを支配する時代の始まりを意味していた。
一方、その頃。ニューヨーク・マンハッタン沖。
夜明けの冷たい風が吹く海上で、新生『ずいうん』の艦橋に立つ大山のもとに、暗号通信が届いた。
送信者は天城少将。本文はたった一言、『チェックメイト(交渉成立)』とだけ記されていた。
「……やりやがった」
大山の背後で、通信士が信じられないものを見たように息を呑む。
歴史が変わった。戦後80年続いた敗戦国という鎖を、彼らは武力と恫喝で物理的に引きちぎってみせたのだ。
だが、摩天楼のビル群も、自由の女神も、まだ眠りの中にある。世界の人々は、自分たちの頭上のルールがたった今書き換えられたことなど、知る由もない。
「副長。……いえ、艦長。帰投の指示が出ました。目標、日本」
「ああ」
大山は短く応じると、コンソールの上に置かれた『ずいうん』の焼け焦げた艦長帽にそっと手を触れた。
(終わりましたよ、星野艦長。……貴方が守った国は、もう誰にも舐められません)
朝陽がイースト川を照らし始める中、異形の盾『ずいうん』と漆黒の『あらたえ』は、音もなく静かに回頭した。海中では『しんえん』が、深く暗い海の底へと再び潜航していく。
歓声もない。勲章もない。歴史の表舞台に彼らの名が刻まれることは永遠にない。
それでも構わなかった。
「全艦、微速前進。……家に帰るぞ」
大山の静かな号令と共に、S.O.D.U.の艦隊は朝靄の中へ溶けるように姿を消した。
彼らはこれからも、誰にも知られることなく、日本の盾として暗黒の海を征くのだ。




