悪魔のテーブルと、三つの絶対条件
窓の外では、異形の化け物として蘇った『ずいうん』と漆黒の『あらたえ』が、ニューヨーク・マンハッタンの摩天楼へ向けて無言の砲身を向けている。
先程までの余裕と傲慢さは完全に消え失せ、国連安全保障理事会の議場は、息が詰まるような沈黙と絶望に支配されていた。
アメリカ、中国、ロシアなど大国のトップたちが顔面を強張らせて見つめる中、天城少将は卓上に一枚の薄いタブレット端末を滑らせた。
「我が国が要求する条件は三つ。交渉の余地はありません。イエスか、ノーか。それだけです」
天城の声は、どこまでも穏やかで、儀礼的ですらあった。
「第一の条件。国連憲章における『旧敵国条項』の即時完全撤廃。および、我が日本国の安全保障理事会『常任理事国』への即時加入と、拒否権の付与」
「……正気かッ!」
アメリカ大統領が、たまらず卓を叩いた。
「戦後80年続いた国際社会の根幹だぞ! そんな要求、議会が通すわけがない!!」
「通すのです。窓の外の『護衛』が、誤って砲弾をウォール街に落とす前にね」
天城は薄く笑い、言葉を続けた。
「第二の条件。……先日の海戦で、我が国は『どこの国にも属さない所属不明のテロリスト』に襲撃されました。当然、国際社会を主導する貴国らが、あのような卑劣な真似をするはずがありませんよね?」
大国の首脳たちは、奥歯を強く噛み締めた。ここで「あれは自分たちの艦隊だ」と認めるわけには絶対に決まっていた。
「……当然だ。我が国は無関係である」
「ええ、信じておりますとも。ですから我が国は今後、我が国のEEZおよび主要シーレーンに侵入する『所属不明の武装勢力』に対しては、国際法における海賊・テロリストとみなし、警告なしで即座に撃沈・排除するルールを適用します。……世界の平和を願う貴国らなら、この方針に『全面賛同』していただけますね?」
大統領も、中国代表も、返す言葉を失った。
ここで反対すれば、自らがテロリストの仲間だと認めることになる。彼らは自らの保身のために、今後S.O.D.U.が日本の海で好き勝手に外敵を沈める権利(絶対防衛権)に、笑顔で同意せざるを得なくなったのだ。
「……最後、第三の条件です。これが貴国らに向けた唯一の『提案』になります」
天城は、あえてゆっくりと、議長席の大統領の目を見据えた。
「もし、上記二つの要求を支持していただけないというのであれば、我々が太平洋で回収した『最新鋭艦のブラックボックス』を国連に公開する……などという野暮な真似はいたしません。どうせ貴国らの権力で揉み消されるでしょうから。
ですが、この最高機密の設計データを、貴国の敵対国家へ『無償で提供』したらどうなるでしょう?
あるいは、貴国の野党や主要メディアに対し、今回の非合法作戦の全貌――巨額の税金の損失と、『優秀な将兵の無意味な喪失』、および政府の独断による『部隊の無謀な犠牲』を、決定的な証拠と共にリークしたら?」
大統領の顔から、さっと血の気が引くのが分かった。
国連の制裁など恐ろしくはない。だが、軍隊の命を重んじる自国において、「大統領が優秀な軍人を無駄死にさせた」という事実が暴露されればどうなるか。
間違いなく政権は崩壊し、自身は弾劾され、政治生命どころか歴史に最悪の汚名を残すことになる。自国の最新兵器が敵国に筒抜けになるという安全保障上の大失態も致命的だった。
「条件を呑んでいただけるなら、この証拠は永遠に封印しましょう」
天城は、冷めかけたコーヒーを一口すすり、優雅に微笑んだ。
「さあ、歴史を書き換える時間です。……ご決断を」
窓の外では、異形の盾『ずいうん』が、朝日に照らされて黒鈍色の光を放っていた。
敗戦国という鎖が完全に断ち切られ、日本が世界の頂点へと返り咲いた、静かで、しかし決定的な瞬間であった。
ターニングポイントを書きました。




