日出ずる国の夜明け
アメリカ、ニューヨーク沖を後にしてからおよそ三週間。
世界のルールを根底から書き換えたS.O.D.U.の特務艦隊は、誰にも知られることなく太平洋を横断し、ついに日本の近海へと帰還を果たそうとしていた。
時刻は午前5時。
夜と朝が交差する、静寂の時間。
漆黒の海面を滑るように進む巨大なステルス艦『あらたえ』、その海中を付き従う原潜『しんえん』。そして艦隊の先頭を往くのは、威風堂々たる魔改造の巨体を誇る、新生『ずいうん』であった。
艦橋に立つ大山は、静かに東の空を見つめていた。
群青色だった空の境界線が、少しずつ、淡い茜色へと染まり始めている。
「……副長。いえ、艦長。見えてきました」
航海長の声に、大山は無言で頷いた。
水平線の向こうに、黒々とした陸地のシルエットが浮かび上がっている。彼らが守り抜き、そして今や世界を支配するルールメーカーへと押し上げた国――日本列島だ。
その時だった。
東の水平線の彼方から、黄金色の強烈な光が海面を走り抜けた。
朝陽だ。夜明けの光が、異形のバケモノと化した『ずいうん』の黒鈍色の装甲を、そして傷だらけの『てんかい』の砲身を、神々しいまでに美しく照らし出していく。
「……日出ずる国、か」
大山は眩しそうに目を細め、ぽつりと呟いた。
戦後80年。敗戦国という重い鎖に繋がれ、大国の顔色を窺いながら、長い長い「夜」を過ごしてきたこの国に、ようやく本当の意味での「朝」が訪れたのだ。
艦隊が指定海域に到達すると、切り立った絶壁の一部が音もなく割れ、S.O.D.U.の広大な地下ドックが姿を現した。
煌々と焚かれた誘導用のサーチライトが、帰還する英雄たちを迎え入れる。
接岸。
重厚なタラップが降ろされ、大山がブーツの音を響かせて日本の地を踏みしめた。
早朝にもかかわらず、ドックには深山をはじめ、無数の整備員や基地のクルーたちが整列し、彼らを待っていた。歓声はない。だが、その場にいる全員が、胸の内で燃えるような誇りと熱いものを感じていた。
「ご苦労だった、大山」
深山が歩み寄り、静かに声をかけた。その手には、いつかのように温かい缶コーヒーが二つ握られている。
「……新しい世界の、寝覚めはどうだ?」
「最高ですね」
大山は缶コーヒーを受け取り、まだ冷たい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「だが、これで終わりじゃない。むしろ、ここからが本当の戦いでしょう」
「ああ。日本が牙を持った以上、世界はもう我々を放ってはおかん。表の政治家どもが安保理の席でふんぞり返る裏で、我々はさらに深く、暗い海を征かねばならん」
深山が『ずいうん』の威容を見上げながら、口元に微かな笑みを浮かべる。
「さあ、まずは休め。世界を敵に回すための、次の『仕込み』が山ほど待っているぞ」
頭上の分厚いコンクリートの向こうでは、きっと今頃、1億2千万の国民が何も知らずに平和な朝のニュースを見ているはずだ。
それでいい。彼らが平和な朝陽を浴び続けることができるのなら、自分たちは喜んで、この影の底でバケモノであり続けよう。
大山は、ロッカーから取り出してきた星野の帽子を小脇に抱え、静かに、力強く頷いた。




