深海へ散る盾
VLSのミサイルをすべて撃ち尽くし、姿勢制御用のスラスターすら完全に沈黙した『ずいうん』は、もはや海上に浮かぶ巨大な鉄の棺桶と化していた。
無数の対艦ミサイルが次々と艦体に突き刺さり、装甲が拉げ、黒煙と業火が空を焦がす。艦の傾斜はすでに限界を超えていた。
「総員、退艦……! 海へ飛び込め!!」
CICに、星野艦長の悲痛な命令が響いた。乗組員たちが次々と救命胴衣を膨らませ、火の海となった甲板から暗い太平洋へと身を投じていく。
しかし、副長の大山が艦橋を振り返ると、星野艦長は操舵席の横から一歩も動こうとしていなかった。
「艦長! 何をされているのですか、早くあなたも退艦を!」
炎の熱波に顔を歪めながら叫ぶ副長に対し、星野は静かに首を振った。
「俺は、S.O.D.U.……そしてこの『ずいうん』に人生の全てを捧げると決めたんだ」
そう言うと、星野は自身の頭からS.O.D.U.のエンブレムが刻まれた帽子を取り、大山の胸へと押し付けた。
「お前たちは生きろ。そして、てんかいの背中を見届けろ」
「……艦長ッ!」
大山は涙を堪え、強く唇を噛み締めると、炎に包まれる艦首を背にして艦橋を飛び出した。
一人残された星野は、傾きゆく艦橋の中で、長年ともに戦ってきたコンソールデスクを愛おしそうに手で撫でた。
「……ともに逝けて、うれしいよ」
次の瞬間、致命的な被弾が『ずいうん』の艦橋を吹き飛ばした。
凄まじい爆発と共に、S.O.D.U.が誇る絶対の盾は、真っ二つに折れながら太平洋の暗い海へと姿を消していった。
冷たい波間を漂っていた大山は、海中に吸い込まれていく巨大なスクリューを見つめながら、声を枯らして絶叫した。
「星野ォォォーーッ!!」
黒煙と重油の臭いが漂う冷たい海。絶望に沈む『ずいうん』の乗組員たちに、巨大な黒い影が接近してきた。戦略打撃護衛艦『てんかい』であった。
『てんかい』は、敵艦隊から降り注ぐ砲弾とミサイルの雨を自らの分厚い装甲で受け止めながら、海面で凍える乗組員たちの前に立ち塞がり、救助ネットを降ろした。
引き上げられていく乗組員の一人は、その光景に息を呑んだ。
数十メートル頭上で『てんかい』のレールガンが火を噴くたび、大気がプラズマ化し、内臓を直接殴られたような衝撃波が全身を貫く。そして、敵の攻撃が『てんかい』の装甲に叩きつけられるたび、巨大な艦体が悲鳴を上げて軋み、火花と破片が雨のように降り注ぐ。
モニター越しではない、血と硝煙と暴力の嵐。
(……これが、戦争か……)
圧倒的だったS.O.D.U.の兵器が、今はただ、傷つきながら自分たちを庇うだけの泥まみれの盾に見えた。
水上の地獄から遠く離れた、深度300mの暗黒の世界。
超弩級原潜『しんえん』の艦内に、異様な金属音が響いた。敵の攻撃型潜水艦から射出された特殊な有線ケーブルが、『しんえん』の艦尾フィンに複雑に絡みついたのだ。
「……奴ら、まんまとこちらの釣り餌に食いついてしまったな」
『しんえん』艦長は、コンソールを見つめながら氷のように冷酷な笑みを浮かべた。敵はワイヤーで動きを封じたつもりだろうが、それは相手と自分を物理的に繋ぐ「死の鎖」に他ならない。
「ネガティブ注水。急速潜航」
艦長の短い命令と共に、急速潜下タンクに大量の海水が流れ込む。『しんえん』は、後ろに繋がった敵潜水艦を強引に引きずりながら、海の底へと急降下を始めた。
深度400m。限界が近づき、ソナー員が声を上げる。
「敵潜水艦より、船体軋音を聴取!」
深度500m。通常動力型はおろか、大半の原潜にとっての絶対的な死のライン。
「限界深度に到達!」
ソナー員の切迫した報告に対し、艦長は瞬き一つせずに命じた。
「深度そのまま。……最大戦速」
物理法則を超越したS.O.D.U.の機関が唸りを上げる。逃げ場を失い、水圧の限界を超えた領域を引きずり回された敵潜水艦の装甲が、ついに悲鳴を上げた。
『メキメキ……ドゴォォォォンッ!!』
ソナーから、金属の塊が一瞬でひしゃげる恐ろしい圧壊音が響き渡った。ワイヤーを外す暇すら与えられず、敵艦は海の藻屑と化したのだ。
艦長は圧壊の報告を聞き届けると、すぐさま操舵手へ振り返った。
「現在時刻を以って、我々はてんかい、およびずいうんの救援に向かう。最大戦速で急行しろ!」




