砕けぬ盾と、霧中の死神
太平洋上、天候は急変し、視界を遮るほどの濃霧が海面を覆い尽くしていた。
その白灰色の帳の中で、信じられない事態が起きていた。
『――本艦、右舷後方に被雷! 機関部、沈黙!』
多目的防空護衛艦『ずいうん』のCIC(戦闘指揮所)に、怒号と悲鳴に似た報告が響き渡った。
無敵を誇るS.O.D.U.のセンサー網。それを完全にすり抜けた「未知のステルス魚雷」による、完全な奇襲だった。既存の音響探知を無効化する特殊な推進器と、S.O.D.U.の装甲の隙間をピンポイントで狙い撃つ異常な誘導精度。それは、明確に「対S.O.D.U.」を目的として、大国が極秘裏に開発した暗殺兵器だった。
『ずいうん』の主機が悲鳴を上げて停止する。太平洋の波間に、絶対の盾が航行不能の的となって縫い留められた。
「……霧の中から、熱源反応多数! 距離8000! この数……駆逐艦の群れです!」
すぐそばを航行していた戦略打撃護衛艦『てんかい』のレーダー員が、震える声で叫んだ。
濃霧を切り裂くように、国籍マークを黒く塗りつぶした幽霊艦隊が次々と姿を現す。その数は6隻。いや、8隻。アメリカのイージス艦に似たシルエットもあれば、ロシアや中国の最新鋭艦のようにも見える。プライドを捨てた大国たちが、S.O.D.U.を沈めるためだけに結成した混成部隊だ。
「本部へ非常事態を宣言しろ。状況は最悪だ」
『てんかい』の艦長が、血のにじむような声で命じた。
「我々はこれより、単艦にて『ずいうん』を護衛しつつ、敵艦隊を迎撃する!」
敵の狙いは明確だった。動けない『ずいうん』を囮にし、最大の脅威である『てんかい』を袋叩きにすることだ。
無数の国籍不明艦から、一斉に火器管制レーダー(FCS)の照射波が2隻に襲いかかる。次いで、VLS(垂直発射システム)から放たれた無数の対艦ミサイルと、海中を這う魚雷が、全方位から『てんかい』へ向かって殺到した。
飽和攻撃。いかに『てんかい』の防空システムが優れていようと、回避運動が制限されたこの状況では防ぎきれない。
誰もが死を覚悟したその瞬間だった。
『――てんかい、前を空けろ。我々はまだ沈んでいない!』
通信機から、『ずいうん』艦長の怒気を孕んだ声が轟いた。
機関をやられ、航行不能に陥った『ずいうん』。しかし、その心臓部である動力炉と、兵装システムは完全に生きていた。
『全電力を火器管制と防空システムへ回せ! VLS、全門開け! てんかいに指一本触れさせるな!』
動けない鋼鉄の要塞と化した『ずいうん』から、残存するすべての対空ミサイルが空へ向けて狂ったように放たれた。夜空を焦がすようなミサイルの尾を引く光が、迫りくる敵の対艦ミサイル群に次々と噛みつき、空中で巨大な火球となって相殺していく。
さらに、撃ち漏らした数発のミサイルが『てんかい』の横腹へ迫る。
『補助スラスター、限界まで吹かせ! 艦体をねじ込め!!』
推進器を失った『ずいうん』が、残された姿勢制御用のスラスターを異常出力で明滅させた。巨体が軋み、物理法則に逆らうように海面を強引に滑る。
――ドゴォォォォンッ!!
『てんかい』へ直撃するはずだった対艦ミサイルを、『ずいうん』が自らの装甲を盾にして強引に受け止めたのだ。爆炎が上がり、黒煙が『ずいうん』の艦体を包み込む。
「ずいうん!!」
『てんかい』の艦橋で、乗組員たちが絶叫する。
しかし、晴れゆく煙の中から、黒焦げになりながらも決して沈まない『ずいうん』の姿が現れた。
『……かすり傷だ。S.O.D.U.の盾を舐めるなよ、てんかい。お前の背中は、俺が死んでも守り抜く。……撃て!!』
その悲壮にして壮絶な覚悟は、水上の『てんかい』だけでなく、深く暗い海の底で息を潜めていた「死神」の鎖をも完全に断ち切った。
深度400M。
超弩級原子力潜水艦『しんえん』の艦長は、ソナー越しに『ずいうん』の被弾音を聞き、冷酷な瞳で攻撃命令を下した。
「……リミッター完全解除。海の底の恐ろしさを、あの愚か者どもに教えてやれ」
海面上の濃霧の中、包囲網を敷いていた敵の駆逐艦の1隻が、突如として不可解な挙動を見せた。
爆発音は一切ない。水柱すら上がらない。
ただ、見えない巨大な手に海中から引きずり込まれるように、1万トンを超える巨体が「くの字」に真っ二つにへし折られ、悲鳴を上げる間もなく海面から姿を消したのだ。
敵艦隊の通信帯域に、パニックに陥った悲鳴が飛び交う。
『なんだ!? 何が起きた! 魚雷の航跡はないぞ!』
『ソナーに反応なし! スクリュー音も……ひっ、次弾来ます、真下から――!!』
また1隻、今度は艦底を不可視の衝撃で粉砕され、沈んでいく。
『しんえん』が放ったのは、キャビテーションを一切発生させないS.O.D.U.独自の超音速ステルス魚雷。見えない海中のバケモノに次々と僚艦を沈められ、ゴースト・フリートの陣形は完全に崩壊した。
そして、その混乱の隙を、最強の矛が見逃すはずがなかった。
『てんかい』の艦首に鎮座する、長大な電磁投射砲の砲身。それが、通常の水平射撃ではあり得ない角度――数キロ先の敵艦という「ゼロ距離」へと向けられる。
「電磁投射砲、最大充電完了!……ッて!!」
キュイイイインという絶大な電力の収束音が臨界点に達した瞬間。
青白いプラズマの閃光と共に、MACH 7を超える極超音速の砲弾が放たれた。
ゼロ距離で放たれた神の雷は、大気をプラズマ化させながら、一直線に並んでいた敵の駆逐艦2隻の装甲を紙のように貫通し、一瞬にして蒸発させた。さらに、その絶大な衝撃波が海面を割り、周囲を覆っていた濃霧を一瞬にして吹き飛ばす。
視界が開けた太平洋。
そこには、満身創痍で煙を上げながらも決して沈まない『ずいうん』と、砲身から青白い電気をバチバチと放つ『てんかい』、そして海中の見えない死神に怯え、陣形を崩す残存の敵艦隊の姿があった。
本隊の応援が到着するまで、あと数十分。
絶対的な窮地に立たされながらも、S.O.D.U.の特務艦たちはその誇りと執念で、絶望の海域に巨大な楔を打ち込み続けていた。




