煌めく凶星
日本から320海里離れた太平洋上の公海。
どこの国の領海にも属さない深い群青の海原に、2隻の異形のシルエットが浮かんでいた。
特務機動艦隊『北斗打撃群』の戦略打撃護衛艦『DDG-S01 てんかい』、そして多目的防空護衛艦『DDG-M01 ずいうん』である。
『てんかい』の前甲板に鎮座する、長大で無機質な砲塔がゆっくりと水平線へ向けられた。
次の瞬間、火薬の燃焼音とは全く異なる、空間そのものを劈くような高周波の鳴動――『キュイイイイン』という絶大な電力の収束音が、海上の空気を震わせ始めた。砲身の周囲の空間が陽炎のように歪み、青白いプラズマの火花がバチバチと弾ける。
「――電磁投射砲、発射」
艦橋からの静かな号令と共に、世界が閃光に包まれた。
砲身から解き放たれた、雷を纏った砲弾がMACH 7を超える極超音速で射出される。大気が一瞬でプラズマ化し、遅れて鼓膜を破るような衝撃波が海面を真っ二つに割り裂いた。煌びやかに輝く電気を帯びた凶星は、瞬きする間もなく水平線の彼方へと一条の光の尾を引いて消滅した。
海水を蒸発させ、大気を焼き切るその破壊力は、既存の水上戦闘の概念を根底から覆す「神の雷」そのものであった。
その絶望的な閃光を、数十海里離れた海域から息を潜めて見つめる者たちがいた。
中国人民解放軍海軍の最新鋭1万トン級駆逐艦、055型。
艦長の王雷は、CIC(戦闘指揮所)のメインモニターに映し出された光学センサーと電子戦システムのデータを見て、恐怖に顔を引きつらせていた。
「……何という威力だ。あれが実戦で放たれれば、我が軍の空母打撃群など数分で海の藻屑になるぞ……」
『S.O.D.U.』のレールガン発射実験。その貴重なデータを持ち帰るべく、彼らは息を殺して情報収集を行っていた。
しかし、その緊張を打ち破るように、ソナー員が血相を変えて叫んだ。
「ソナーに感! 深度500M、未知のスクリュー音を聴取! まっすぐ本艦へ向かってきます!」
「なんだと!?」
王雷は即座に決断した。レールガンの撮影などしている場合ではない。
「実験の撮影を直ちに中止しろ! 対潜戦闘(ASW)態勢に移行! 全員、戦闘配置!」
艦内にけたたましい警報が鳴り響き、CICの空気は一瞬にして極限の緊張状態へと反転した。
ソナー員はヘッドホンを耳に押し当て、深海の僅かな音を拾おうと必死にコンソールを操作していた。しかし、数十秒後、その顔に困惑の色が浮かぶ。
「……報告します。スクリュー音、ロスト(消失)しました」
「消えただと? 海の底へ溶けたとでも言うのか」
王雷の隣で、副長が冷や汗を拭いながら呟いた。
「アメリカのバージニア級か……? だが、ここはどこの国にも属さない太平洋のど真ん中だぞ。こんな場所で米原潜と張り合うのは厳しいな……」
しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちに。
055型駆逐艦の巨大な船体を、物理的に激しく震わせるほどの強烈な打音(PING)が海中から響き渡った。
『ドゥゥゥゥン……!!』
自らの位置を知らせる、強烈なアクティブソナーの直撃。
ソナー員が悲鳴のような声を上げる。
「ア、アクティブソナーを探知! しかし……発信源の方位と距離が異常です! 先ほどスクリュー音をロストした座標から、数キロメートルも離れています!」
王雷の思考が、急速に凍りついていった。
わずか数十秒の間に、数キロメートルの移動。海中をMACHに近い速度(60から80ノット以上)で航行しなければ、絶対に計算が合わない。並みの潜水艦はおろか、最新の米原潜ですら、水中でそのような信じられない機動ができるはずがないのだ。
しかも、それだけの超高速移動を行えば、スクリューから無数の気泡が弾ける『キャビテーション』という凄まじい騒音が発生するはずだ。しかし、ソナーには一切のノイズが入らなかった。
完全なる無音。そして、あり得ない移動速度。
さらに、アメリカの潜水艦であれば、自らの位置を暴露するアクティブソナーを打つという愚かな真似は絶対にしない。これは戦略ではなく、明らかな「挑発」であり「警告」だ。
(……間違いない。我々は、出会ってはいけない相手と出会ってしまった)
王雷は悟った。
これはアメリカではない。水上で神の雷を放つあの『てんかい』と『ずいうん』の足元を密かに守護する、日本の深淵――『S.O.D.U.』の持つ、常識外れのバケモノ潜水艦だ。
もしここで魚雷や対潜ミサイルの発射ボタンに手をかければ、水上の2隻と海中の死神によって、055型駆逐艦は一瞬にして消し炭にされるだろう。
「……艦長。攻撃指示を」
副長の震える声に、王雷は静かに、しかし断固たる声で首を振った。
「全艦、兵装の安全装置をロックしろ。火器管制レーダーの照射も厳禁だ。一切の敵対行動をとるな」
「し、しかし……!」
「取舵一杯、最大戦速。……母港へ帰還する」
屈辱にまみれた命令が下された。
広大な太平洋上。煌めくレールガンの閃光と、深海から響く見えざる足音の前に、大国の最新鋭艦はただ尻尾を巻いて逃げ帰ることしかできなかった。




