第39話 もう一人の親友
「……なぜ、そう思うの?」
厳然とした夜の女王のような声が学園の廊下に響いた。
「な、なぜって……他にこんなことをする方などいませんわ! それに、見た人だって何人も……!」
取り繕うような怯えた声で、くだらない嘘をまき散らすその女生徒は、どこかで見たことがある顔つきだ。
いや、はっきりとどこの令嬢であり、どんな性格をしていて、何を考えてこんなことをしているのか、わたくしには分かってはいた。
けれど……取るに足らない存在であるから、気にするつもりもなかった。
なのに、そんな令嬢に氷山から吹き下ろされる酷く冷たい風のような視線を浴びせかけ、論理的にその言説の間違ったところを指摘し、追い詰める人がそこにはいる。
アデライード。
アリスと並ぶわたくしの親友であり、そしてわたくしたち三人の中で最も華やかで苛烈だった人。
彼女は一度見定めた獲物を完全に追い詰めるまで、決して許したりはしない。
彼女が今見つめる女生徒は、わたくしがやってもいない罪──平民生徒の大切にしていた宝飾品を盗み、破壊したとして、わたくしを遠くからひそひそとこき下ろしていた。
正面からそれを口にする度胸はないが、けれど根拠のない噂話を流すことには躊躇のない、愚かな女。
もちろん、わたくしはそんなことはやっていないし、やる意味もない。
なぜ他人の大切にするものを無理矢理奪ったり破壊したりする必要があるのか理解しかねる。
けれど、彼女たちにとってそれは自明であるらしい。
この学園に君臨するわたくし、エリカ・ウーライリ公爵令嬢は、王族以外の全てを見下し、どのように扱っても良いと考えていて、血も涙もない女であるから、気分次第でそういうことをするのだと。
なるほど、確かにやろうと思えば出来なくもないのは事実だ。
しかし、やはりどこまで言っても、何故、というのが欠けている。
そして、実際にそのようなことをしているという証拠についても。
明らかに伝聞……誰それがそう言っていたのを聞いた、という伝言ゲームじみた証言はいくつもあるのに、その一次情報たるだれそれはまず、出てくることがない。
また、わたくしが持っていたものが何か落ちていたとか、その時間帯にわたくしが何かをしていたとか、そういったアリバイについてもやはり、全く符合しないのだ。
それなのに……いや、だからこそか。
遠巻きに噂話をすることによって評判を下げようとする輩というのが、この学園には頭を抱えたくなるほど沢山いるのだった。
だから、今更。
そう今更気にすることではないだろうと、わたくしはそういう者たちを意識的に無視してきた。
何も証拠がない以上、否定して回ることは反対に自分の非を宣伝しているかのようで、将来の王妃として相応しくない行動であろう、とそう思って。
けれど、そんなわたくしにアデライードは言った。
「貴女が立場上、そういうことが出来ないというのは分かる。だったら、私がその出来ないことをやってあげる」
と。
彼女は自分の口にしたことは必ずやる女性だ。
その日から、ありとあらゆる情報を集め出し、そして噂話の首魁たる女生徒を特定し、そして多くの生徒がいる場所で糾弾しているのだった。
アデライードがあげるいくつもの証拠に女生徒はとうとう、自分の敗北を理解し、
「……申し訳ありませんでした、アデライードお姉様、そしてエリカお姉様。わたくしは……貴女方が……羨ましかった! 何もかもをもっていらっしゃる、貴女方が……。しかし、このような行為は決して許されないこと。明日にでもわたくしはこの学園を去ります。その前に、広げてしまった噂話についても謝罪して参ります……」
そこまでの宣言をし、そして言葉通り、次の日には自らの実家へと去ったのだった。
◆◇◆◇◆
「……アデライード」
舞台が終わった後の控え室。
メイリンたちが言うように、贈り物がそこここに重ねられており、もはや迷路のようにすらなってしまっている部屋の中でわたくしはまどろんでいた。
昔の、懐かしい夢を見た。
多分、ここのところ彼女のことを考えない日がなかったからだろう。
そもそも、こんな風に舞台を演じることになったのは、彼女のことが無関係ではなかった。
アデライードの行方については、ルサルカたちにも相談していた。
しかし、ルサルカたちをもってすら、アデライードの行方ははっきりとはしていなかった。
というのは、そもそもわたくしがこうして死霊公女になるということを知ったそのときには、すでにアデライードは行方をくらませていたからだ。
しかも、その手管はほとんど完璧に近く、ある程度のところまでは追えたが、そこから先は霞のように消えてしまっているのだという。
ただ、それでも僅かに掴めた情報として、どこかの貴族の家に、女中もしくは女官として仕えている可能性が高い、というところまでは分かった。
それは、アデライードが姿をくらますにあたって利用した、王都に巣くう裏ギルドに出した依頼などから推測されたことだ。
彼女は逃亡先としてそのようなところを検討していたらしい。
何からの逃亡か、と言えば、もちろんノドカからのである。
彼女はわたくしが処刑された後、その魔の手が彼女のところまですぐに伸ばされることを察知したのだ。
そして、よくよく準備をした上で逃亡した……アリスのことも気にかけていたということは、アデライードが《二人分》の逃亡先を探していたことからも分かる。
だが、ノドカの妨害などからアリスとの接触が難しくなってしまったようで、そこから先はどんな情報も途切れ途切れで確実性が低くなってしまっている。
裏ギルドもあくまでも情報を得るためだけに利用したようで、仲介までは頼まなかったようだ。
ノドカの手が回っていることを恐れたのだろう。
だから完全な個人で動き、しかも身分なども隠しての行動をしていただろうと考えられ、その結果、不死者たちですら追えないという恐るべき隠密性を発揮してしまったわけだ。
アデライードらしい、といえばアデライードらしかった。
だが、そんな彼女であるからこそ、色々と聡い。
そして彼女はとても演劇好きだった。
そのことを思い出して……アリスのことを題材にした演劇を、学園の演劇クラブでやる、となったら、見に来るのではないか……そんな気がしたのだ。
もちろん、ただの希望的観測で、身を隠すことに完全に注力してこんなところには来ない、ということもあり得た。
けれど、彼女は良くも悪くも行動力と好奇心の強い人で……多分、我慢が出来ないんじゃないかと、親友として思ったのだ。
だから、わたくしはこうして演劇クラブに協力することにした。
ルサルカたちと相談の上で。
そして……わたくしは演技をする中で、彼女を見つけたのだ。
目があった。
確かに彼女がいた……。




