28 兄上の恋の予感
「……はっ。……はっ。……はっ。……はっ。」
「……はっ。……はっ。……はっ。……はっ。」
兄弟そろっての筋トレの時間である。汗を滴らせ、定期的なリズムを刻む。
「…いい…ぞっ。…なか…なか…やる…な。」
「……はっ。……はっ。……はっ。……はっ。」
レオンハルトはもはや荒い息遣いで答えることもできない。
「…げん…かい…きた…らっ…あと…じゅっ…かい!」
「……もう。……げん。……かい。……です!」
「…よし…いち…に…さん…しい…ごお…ろく…しち…はち…きゅう…じゅう…よし…らす…とっ…ご…かい!」
「…うそ…つき…やら…れた…もう…だめ…だあ~~~~~」
「…よく…がん…ばっ…た…やす…んで…てっ。」
まるで、コントのようなやり取りだが、毎回だまされてしまうレオンハルトだった。おかげで最近は二人とも筋肉がついて、体が引き締まってきている。
何を目指しているのだろうか?いや、きっと何も目指してはいない。少なくともアレクシスは。ただ単に、弟とのこの時間を楽しんでいるだけだと王宮のみんなは知っている。もはや、隠しもしない弟至上主義。もう、何も言うまい!
そんな二人の様子を熱心に見つめる視線がある。厳密にいえば、一人だけを見つめている。
「はああ。なんて素敵なの!」
このアステリア王国との友好関係にある、リスティア国の第一王女。シャルロットである。シャルロットは現在、この王宮内に迎えられ、留学中であった。もちろん、アレクシスともレオンハルトとも面識はある。しかし、もともと引っ込み思案なところがあって、隣国で少しもまれて強くなってほしいという王の計らいで留学してきたのであった。
「あの、キラキラと輝くように滴る汗!体を動かすたびに盛り上がる筋肉!苦しいのに決して辛い表情を見せない姿!最後の力を振り絞るときにちらっと見える白い歯!はあああ。理想だわ。美しすぎるう。」
美しいブロンドの髪に大きくぱっちりとした瞳の誰もが振り返るような美人。なのに、発言が残念過ぎる。残念美人だった。もちろん、筋肉以外のことでは大変優秀である。おや!?
誰かと似ている?
「どうしたら、あの筋肉とずっと共に過ごせるかしら…?」
そこからシャルロット様の涙ぐましい挑戦が始まった。あの筋肉に触れたいという願望を満たすためだけの……もはや留学の目的は何だったのだろうか?誰も言ってはいけない!
まずは、厨房によい筋肉を作るためのメニューを提案し、作っていただく。たんぱく質が豊富な鶏むね肉の入ったサラダや香草焼き、鮭のハーブ焼き、豆のスープ、牛乳に卵と蜂蜜を混ぜた栄養満点な飲み物などを栄養バランスを考えて完璧に仕上げたものをだ。そこでも優秀さを存分に発揮させた。しかし、ここで引っ込み思案な性格が顔を出す。最後の詰めが甘いところ。あと一ミリが残念なのである。侍女に扮して届けに行くのが精いっぱいだった。
「あれ?いつもとはちょっと違った食事だね。どうしたんだい?」
「き、筋肉にとても良い食事だと厨房から届きました。栄養のバランスも完璧に整えられております。体が最も喜ぶ食事でございます。どうぞお召し上がりください。」
「そうなのか?ありがとう。きちんと二人分準備してくれるなんて、最高だね。さあ、レオン、一緒に体に良い食事を摂ろう。」
興味は持ってもらったが、栄養のある食事とレオンハルト様だけに興味が振り切れている。アレクシスはそんな人だ。
「そんなところも素敵!」
いいのか?気づいてももらえなかったのに……
次は、筋トレのメニューだ。一日どの段階で筋トレをして、その後食事はどのタイミングですればいいのか。筋トレも体のどの部位を鍛えるとどの筋肉に効果があるのか。どんなメニューをどの順番でどのくらいの時間行えばよいのか?負荷はどのようにかけていけば効率的か?シャルロットは優秀だった。特に筋肉に対しては抜かりはない。筋肉に特化している能力。
……いらない!誰もがそう思うが、もちろん言わない。
「誰だ?こんなに素晴らしい筋トレのメニューを提案してくれたのは?完璧だ。見事だ!今日からレオンと取り組んでいこう!」
「筋トレメニューを取り入れていただいた。うれしい。大成功だわ!」
そうだろうか?大成功だろうか?誰が…?という時点で一秒くらいは考えてくれたかもしれないが、存在にさえ気づいてもらえていない。それを人は、失敗と呼ぶのではないか。しかし、もちろん言わない。周りも優秀なのである。障らぬ神にたたりなし。であるから……
「次は、絵姿でも描いて差し上げましょうか?」
いや、差し上げない。きっと自分のお宝にするに違いない。みんなはそう思っている。しかし、思っているだけだ。表情にも出さない。
「それはよろしいお考えですね。」
笑顔で返す。素晴らしい。出来た侍女たちだ。この王女のことを知り尽くしている。
そうして、筋肉たちをこっそり育てながらも、それを絵姿に残す地道な活動を続けるシャルロット。そんなシャルロットも失敗を犯すのだった。
あまりによく描けた絵姿を部屋に一人置いておくわけにはいかず、こっそりドレスの中に忍ばせた。どこに?
聞いてはいけない。乙女の秘密だから。ちなみにポケットはない。ドレスだから。
遠くを歩いてくる筋トレ前のアレクシスとレオンハルトに気づき、さっと隠れるシャルロット。
さすがは引っ込み思案。引っ込むのは得意である。物理的にも。
しかし、この日は持ってきてしまった。ポケットのないドレスに絵姿を。
そして、もちろんそれは落ちてしまう……
アレクシスとレオンハルトの歩く先に……
隠れるのがいいか?素早く取って見つかるのがいいか?コンマ一秒考えた。優秀な頭脳は、隠れることを優先してしまった。そう。筋トレに励む二人の絵姿を生贄に―――
「ん?なんだこれは?……素晴らしい!レオンが輝いている!これを描いたのは誰だ!探し出して、もっと大きな絵を描いてもらいたい!大々的に探すのだ。この絵を王宮中のみんなに見せて聞いて回れ。」
「はっ!」
「ま、待って……くっ……くださる。」
シャルロットが恐る恐る顔だけ出した。今にも倒れそうな青い顔をして。だって、引っ込み思案。それも、大好きな筋肉の持ち主――――アレクシスを目の前にしているのだから……
「わ、私の知り合いが……」
「そうだったか!シャルロット王女のお知り合いの方が描いたのか?すまないが、すぐに呼んでいただけないか?呼んでいただいて目の前で描いていただきたい。レオンハルトを!」
「私だけ?」
「それでは、マリーベル嬢も一緒ならどうだい?」
「喜んで!」
「……あの。わ……私でした。描いたのは……私です!申し訳ございませんでした。」
その瞬間。アレクシス様の笑顔が深まった。ちょっと怖い。
それから、どうなったのか?
どこでどうなったのか分からないが、アレクシスの婚約が決まった。
もちろん相手は、シャルロット王女だ。
一点特化でダメなところを持つ。
他のところは極めて優秀な。
お似合いの二人だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
こうなりました。
あと、3話で完結の予定です。
ここで出てくるシャルロット。
シャルロットはどうして残念王女になってしまったのか?
その謎に迫るお話を別なお話として少し書こうかなと考えています。
(まだ、構想段階です。短編かなんかで…)
もし、よろしければ覗いてください。
キーワードは”筋肉”です!
もうしばらくお待ちください。




