2 初めてのお茶会 ~レオンハルトside
私は、アステリア国第二王子、レオンハルトだ。
15歳の夜
私には神からのギフトが授けられた。
『レオンハルト。
そなたには、「時を戻す」ことができる魔法を授けよう。
ただし、その魔法で時を一秒戻せば、一日は自分の思ったことと正反対の言葉しか話せなくなる呪いが代償となる。そして、呪いは他の人に明かすことができない。
心して使うがよい。』
このギフトをいただいた時、なんて便利な魔法なんだと喜んだ。しかし、よく考えてみると、この力を正しく使わないと大変なことになることに気づいた。私欲に駆られて、好き勝手に時を戻せば、困る人も出てくるだろう。その力を誰かに悪用されたら、とんでもない世の中になる。
神からのギフトの中身については、基本的に誰にも話さないこととされている。
悪用されると困るからだ。
しかも、むやみに使わないようにするために代償として呪いが重くのしかかってくる。
私の呪いも中々に重い。
たった一秒時を戻したら一日の呪いがある。
一日戻せば八万六千四百秒。つまり、約二百三十六年もの間、呪いを受けることになる。
自分の気持ちと正反対のことしか話せなくなったら目も当てられない状況になるだろう。
だからこのギフトは、使わないようにしようと心に決めた。
~~ ◇ ~~
とうとう私に婚約者が決まった。
フェルディナ公爵家のマリーベル嬢だ。
せっかく決まった婚約だったが、私には素直に喜べない事情があった。
私は、人と話すのが苦手だからだ。
幼き頃、ふと友人に伝えた言葉が曲解して大人に伝わってしまい、大変な事態になったことが原因だ。
剣の稽古をしていた時に、辛そうにしていた友に気を遣って声をかけた。
「ずいぶん辛そうだな。今日はもう帰ったらどうだ?」
それが、その後すぐにその友達の父上が王宮に謝りに来て、軟弱な息子はもう領地に下げて鍛えなおすので許してほしいと訴えてきたのである。
そんなことがあって以来、私は、人となるべく会話しなくなった。
何か聞かれても、相槌を打つだけだ。
そのうち、どんどん無口になり、話したとしても自分の気持ちを詳しく伝えるのが苦手になっていった。
人々は私の瞳の色を見て、氷のように心を閉ざした王子だと揶揄する。
そんな私に婚約者との会話など想像もできない。
心配はしていても、無情にも初めてのお茶会が開かれる。
「エレノア来てくれて嬉しいわ。今日はよろしくね。――ほら、あなたもご挨拶なさい。」
母上に促されて、どうにか声を絞り出す。
「レオンハルトだ。―――よろしく頼む。」
緊張から、のどがカラカラで顔を上げることもできない。
「王妃様、王子殿下にもごあいさ…」
「もう、いいのよ。私たちしかいないんだから。楽にして。」
「フェルディナ公爵家のマリーベルと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
その明るくしっかりした声に、顔を上げると―――
そこには、天使がいた。いや、もっとかわいい妖精かもしれない。
かわいらしいピンクの髪が複雑に結い上げられている。その瞳は、アクアマリンのように澄んだ水色だ。
そんなマリーベル嬢を前に、緊張のあまり、ますます何も話せなくなる。
こんなにかわいらしい女性が私の婚約者なのかと思うと、なんだか胸がいっぱいになってきた。
話したいことは山ほどある。
なのに、口から出てくるのは短い言葉ばかりだった。
そんな時、母上から死刑宣告が…
「私たちだけ話してしまっているわね。ほら、レオンハルト。バラが見ごろよ。案内して差し上げて。」
(いや、無理だろ!でも…やっぱり行きたい。二人でバラを眺めたい。何なら何もないところを歩くだけでも構わない。一緒に……)
私は、すぐさまマリーベル嬢をエスコートすることにした。
私が腕を差し出すと、なんともかわいらしい手をそっと乗せてくれた。
もうそれだけで、私の世界はバラ色に染まった。
私は、なるべくこの幸せを長く保ちたいと、マリーベル嬢の歩く速度に合わせながらゆっくりと歩いた。
「王子殿下…」
マリーベル嬢にそう呼ばれて、とっさに話を遮って声を出してしまった。
(私は、マリーベル嬢にそのかわいい声で私の名前を呼んでほしい。)
「レオンハルトでいい…」
そう伝えた途端、マリーベル嬢が私を見つめてきた。
(美しい――妖精か?)
私は、もう恥ずかしくてマリーベル嬢をまっすぐ見ることができなくて、顔をそむけてしまった。
心臓がどきどきと高鳴って、体も熱くなってきた。すると、
「失礼いたしました。レオンハルト様。それでは、私のこともマリーベルとお呼びください。」
「ヒュッ」
(思わず息が止まるかと思った。妖精のようなマリーベル嬢がなんとも愛らしい声で、私の名を呼んでくれたんだぞ。もう心臓が止まってしまうかもしれない。もうこのまま…このまま時が止まってしまえばいいのに…)
「バラが見事ですね。私のお屋敷にも赤や黄色、ピンクのバラはありますが、こちらのようにオレンジのバラは大変珍しく、とても美しいですね。」
(マリーベル嬢は、私が話せなくても、急かさずに話しかけてくれる。本当に天使だ。いや待て!今の話の中に、大事な言葉があったぞ。マリーベル嬢の好きなバラの色は多分”オレンジ”)
そんなことを考えていたら、返事が遅くなってしまった。
「あ、ああ。」
「それにしてもいい香りです。私、お花の中では香りも含めてバラが一番好きです。」
(マリーベル嬢の好きな花は”バラ” 似合うな。美しいマリーベルにぴったりだ。)
「―――そうか。」
「レオンハルト様はどんなお菓子がお好きですか?私は、フルーツののったタルトが好きなんです。今は桃のタルトがおいしい時期ですね。」
(マリーベル嬢の好きなお菓子は”フルーツタルト”特に桃のタルトが好き。ああ、次のお茶会では、絶対にフルーツタルトを準備しよう。あらん限りの種類のフルーツタルトを準備しようか?次も楽しみで仕方がない!)
「そうだな。」
心のメモ帳にしっかり記憶していくうちに、急に次のお茶会では二人きりで会うんだと思い出したら、心臓が激しく波打った。
(熱い!尋常じゃない汗も出てきたぞ。何気なくハンカチを取り出して汗を拭おう。……いや、何気なくってどうやるんだ、私!)
「そろそろ戻りましょうか?のども乾いてまいりましたものね。」
そんな私のおかしな行動に気づかれたのか、マリーベル嬢がこの会の終わりを告げてきた。私にとっての第二の死刑宣告。
(もっとこうしていたい!お願いだ。あと少しでいい。マリーベル嬢と二人でいたい。)
「あ、ああ…」
悲しみのあまり、私は自然と下を向いてしまった。それでも、なるべくゆっくり歩いて、この幸せの時間を引き伸ばしたい。
そうして、私たちの初めてのお茶会は幕を閉じてしまった。
次のお茶会までには、この口下手を少しでも改善できるように兄上に相談しよう。
そして、今日心にメモしたマリーベル嬢の好きなものは次のお茶会で出したり、プレゼントしたりしよう。
そんな計画を立てていたのに…
―――次回のお茶会で私は絶望の淵に立たされることになる。
お読みいただき、本当にありがとうございます。
楽しんでいただけるようにこれからも頑張ります。




