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山のヌシ  作者: つぶつぶみかん
1.働き蟻
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5/28

1-4.群れの牙

 ならば、次に必要なのは――。


 暗闇の中で、白い文字が浮かび上がった。


――――――――――


【獲得可能技能】


 脚力強化   必要SP:4


 毒腺形成   必要SP:6


 感覚器官強化 必要SP:5


【保有SP】


 5


――――――――――


 新たに獲得できる技能は、三つあった。


 脚力強化。


 脚の筋力と瞬発力を高め、移動速度を向上させる技能。


 素早く走れるようになるだけではない。


 足場の悪い場所で身体を支える力や、跳躍、急な方向転換にも補正を得られる。


 毒腺形成。


 体内に毒を作り出す器官を形成し、噛みついた相手へ毒を送り込めるようになる技能。


 強靭な顎と組み合わせれば、これまで倒せなかった相手にも、深刻な傷を与えられるかもしれない。


 だが、取得に必要なSPは6。


 今の自分には選べなかった。


 最後は、感覚器官強化。


 触角や脚から得られる情報を増幅し、匂い、振動、空気の流れを、より正確に捉えられるようになる技能。


 危険を早く察知できれば、そもそも戦わずに済む。


 食料を発見できる範囲も広がり、巣へ戻るための匂いを見失いにくくなる。


 必要なSPは5。


 保有しているSPをすべて使えば、取得できる。


 どの技能も役に立つ。


 感覚器官を強化していれば、あの窪みが自然にできたものではないと気づけたかもしれない。


 砂の中に潜んでいた蟻地獄の振動を、足を踏み入れる前に察知できた可能性もある。


 だが、強靭な顎だけでは生き残れなかった。


 あの日、砂の斜面から抜け出せなかったのは、力が足りなかったからではない。


 遅かったからだ。


 もっと速く動けていれば、足元の砂が大きく崩れる前に、斜面を駆け上がれていたかもしれない。


 もっと速く動けていれば、蟻地獄が砂を浴びせてくるより先に、窪みの外へ逃げられていたかもしれない。


 危険を察知する力も重要だ。


 だが、どれほど早く危険に気づいても、逃げ切るための足がなければ意味がない。


 迷いは、あまりなかった。


「脚力強化を取得する」


『SPを4消費します』


『技能――脚力強化を獲得しました』


――――――――――


【保有技能】


 強靭な顎 Lv.1


 脚力強化 Lv.1


【現在の保有値】


 EP:1


 SP:1


――――――――――


『転生先を選択してください』


 選べるのは、また働き蟻だけだった。


 進化先はない。


 今度も、同じ小さな身体で生きることになる。


 だが、強靭な顎に加え、脚力強化を手に入れた。


 以前より硬い物を噛み砕ける。


 以前より重い物を運べる。


 そして、以前より速く動ける。


 この二つの力を使えば、次はさらに多くの経験を得られるかもしれない。


「働き蟻に転生する」


『転生先――働き蟻』


『保有技能を継承します』


『転生処理を開始します』


 暗闇を白い光が満たしていく。


 この場所で得た知識が消えていく。


 蟻地獄に食べられたこと。


 強い顎だけでは生き残れないと考えたこと。


 感覚器官強化ではなく、脚力強化を選んだ理由。


 次こそ進化へ近づこうとした意思。


 すべてが光の中へ溶けていった。


     ◇


 3度目の働き蟻として生まれた自分は、以前の生を何も覚えていなかった。


 人間だったことも。


 2度、蟻として死んだことも。


 死後の暗闇で技能を選んだことも。


 何一つ知らない。


 ただ、その身体には二つの力が備わっていた。


 強い顎。


 そして、速い足。


 仲間たちと同じ匂いをたどり、同じ方向へ歩いているはずなのに、気を抜けば前を行く蟻へ追いついてしまう。


 6本の足は土を強く蹴り、小さな身体を軽々と前へ運んだ。


 小石を越える。


 草の根を回り込む。


 地面にできた窪みを飛び越える。


 急に進路を変えても、足がもつれることはない。


 考えるより先に、身体が最も速く進める道を選んでいた。


 強い顎と速い足。


 二つの力を持つ自分は、自然と巣の外で働くことが多くなった。


 餌を発見した仲間から情報を受け取ると、誰よりも早くその場所へ向かった。


 硬い殻を持つ虫の死骸へ顎を立てる。


 大きな肉片を切り離し、そのまま巣へ運ぶ。


 他の働き蟻が一度往復する間に、自分は何度も餌場と巣を行き来した。


 仲間が別の巣の蟻に襲われれば、警戒の匂いを追って駆けつけた。


 正面から顎を合わせることはしない。


 相手が噛みつこうとした瞬間に進路を変え、側面へ回り込む。


 脚の付け根へ噛みつく。


 相手がこちらへ向き直るより先に顎を離し、距離を取る。


 再び走り、今度は反対側へ回る。


 なぜ、そのように戦えるのかは分からない。


 誰かから教えられたわけでもない。


 ただ、身体が自然に動いた。


 巣のために。


 仲間のために。


 食料を守るために。


 走る。


 噛みつく。


 離れる。


 そして、また走る。


 そうして日々を過ごした。


 大きな出来事は起こらなかった。


 雨が降れば、濡れない場所へ逃げた。


 匂いの道が流されれば、仲間とともに作り直した。


 鳥の影が地面を横切れば、草の下へ飛び込んだ。


 別の巣の蟻と餌場が重なれば、仲間とともに顎を開いた。


 勝てるなら戦い、数で劣れば退いた。


 硬い餌を切り分けた。


 遠くの餌場から食料を運んだ。


 崩れた巣穴を掘り直した。


 毎日、働いた。


 最初の生と同じように。


 2度目の生と同じように。


 何も覚えてはいない。


 それでも、積み重ねた技能だけが、その働き方を少しずつ変えていた。


     ◇


 異変が起きたのは、生まれてから半年ほどが過ぎた頃だった。


 その日、自分は仲間たちとともに、大きな虫の死骸を解体していた。


 枯れ葉の下で死んでいた甲虫だった。


 硬い羽は食べられない。


 自分は腹部の柔らかな場所へ顎を食い込ませ、中の肉を切り分けていた。


 周囲では数十匹の仲間が働いている。


 肉片を運ぶ者。


 巣へ続く匂いの道を補強する者。


 周囲を探索する者。


 食料は多い。


 すべてを巣へ運ぶには、何度も往復しなければならない。


 自分は大きな肉片を顎で挟み、巣へ向かおうとした。


 そのとき、地面に細かな振動が伝わった。


 規則的ではない。


 大きな獣の足音でもない。


 何本もの足が、土や枯れ葉を続けて叩いている。


 何かが近づいてくる。


 自分は肉片を地面へ落とした。


 触角を高く上げる。


 知らない匂いが漂ってきた。


 湿った土。


 腐った木。


 肉を食べる生き物の匂い。


 危険。


 周囲の仲間たちも、次々と作業を止めた。


 一匹が強い警戒臭を放つ。


 敵。


 集まれ。


 巣を守れ。


 枯れ葉が持ち上がった。


 その下から、細長い身体が現れた。


 身体の左右には、数え切れないほどの足が並んでいる。


 赤黒い頭。


 前方へ伸びた長い触角。


 そして、獲物へ毒を送り込むための鋭い牙。


 ムカデ。


 その名前が頭の中に浮かんだ。


 自分たちより、はるかに大きい。


 その身体だけで、何十匹もの蟻を押し潰せるほどの大きさがある。


 ムカデは頭を動かし、甲虫の死骸へ触角を向けた。


 食料の匂いに引き寄せられたのか。


 それとも、甲虫に群がる蟻そのものを餌と見ているのか。


 どちらでも同じだった。


 ここには多くの仲間がいる。


 地面には、巣へ続く匂いの道も残っている。


 この敵を巣へ近づけてはならない。


 警戒の匂いが広がった。


 仲間たちが、ムカデを囲むように動き始める。


 ムカデが頭を振った。


 鋭い牙が、一匹の働き蟻を捉えた。


 仲間の身体が宙へ持ち上げられる。


 6本の足が激しく動いたのは、ほんの一瞬だった。


 毒を受けた身体から力が抜け、地面へ落とされる。


 別の仲間たちが、一斉に飛びかかった。


 ムカデの身体を覆う硬い殻へ噛みつく。


 だが、顎が滑る。


 節と節の間を狙おうとしても、ムカデは無数の足を動かし、身体をくねらせて蟻たちを振り払った。


 仲間が地面へ叩きつけられる。


 足で踏み潰される。


 牙で挟まれる。


 それでも、蟻たちは退かなかった。


 敵。


 排除しろ。


 巣を守れ。


 匂いが命令を送り続ける。


 自分の6本の足が、強く地面を蹴った。


 真っすぐムカデへ向かう。


 敵の頭がこちらを向く。


 牙が開いた。


 自分は直前で進路を変えた。


 牙が空を切る。


 その横を駆け抜け、ムカデの身体の側面へ回り込む。


 脚の付け根へ顎を食い込ませた。


 硬い。


 別の蟻の殻より、はるかに厚い。


 それでも顎へ力を込める。


 殻の隙間が軋んだ。


 ムカデの身体が激しく動く。


 自分は振り落とされるより先に顎を離した。


 地面へ着く。


 すぐに走る。


 上からムカデの足が降りてきた。


 横へ跳んで避ける。


 仲間たちが次々と身体へ取りついている。


 背中を覆う殻には顎が通らない。


 だが、脚の付け根なら傷つけられる。


 触角なら切断できる。


 柔らかな腹側へ回り込めれば、もっと深く噛みつける。


 なぜそれが分かるのかは知らない。


 ただ、知っていた。


 自分は再びムカデへ向かった。


 今度は後ろから近づく。


 何本も並ぶ足の動きを見ながら、その隙間を駆け抜ける。


 一歩でも遅れれば踏み潰される。


 だが、自分の足は他の蟻より速かった。


 降りてくる足の直前を通り抜ける。


 身体の末端近くへ噛みついた。


 顎を閉じる。


 硬い殻の継ぎ目へ顎が食い込む。


 ムカデが身体を丸めた。


 後方の足が自分を掻き落とそうとする。


 顎を離す。


 跳ぶ。


 地面へ着くと同時に走り出す。


 敵の動きが、先ほどよりわずかに鈍くなっていた。


 自分が噛みついた足の一本が、不自然な方向へ曲がっている。


 仲間たちも、同じ場所へ集まり始めた。


 一匹が噛みつく。


 別の一匹が、その隣へ噛みつく。


 さらに仲間が重なる。


 ムカデの足が、根元から引きちぎられた。


 強い刺激臭が広がる。


 ムカデが暴れた。


 身体を大きくくねらせ、周囲の蟻を弾き飛ばす。


 自分も地面を転がった。


 すぐに立ち上がる。


 右の中足に痛みがある。


 だが、まだ動くことはできる。


 ムカデは逃げようとしていた。


 無数の足を動かし、枯れ葉の下へ身体を向ける。


 逃がしてはならない。


 このまま巣へ続く匂いの道をたどられれば、仲間たちの住処まで近づくかもしれない。


 警戒の匂いが、さらに強くなる。


 追え。


 噛みつけ。


 止めろ。


 自分はムカデの前方へ回り込んだ。


 速さなら負けない。


 大きく弧を描き、敵の頭より先へ出る。


 ムカデが進路を変えた。


 自分も走り、再びその前へ回る。


 牙がこちらへ向けられた。


 自分は逃げなかった。


 ぎりぎりまで敵を引きつける。


 牙が迫る。


 地面を蹴った。


 横へ跳ぶ。


 ムカデの頭が、自分を追うように傾いた。


 その瞬間、反対側にいた仲間たちが一斉に飛びかかった。


 触角。


 脚の付け根。


 頭と胴体の継ぎ目。


 無数の顎が、殻の隙間へ食い込んでいく。


 ムカデが頭を振った。


 仲間が何匹も吹き飛ばされた。


 だが、離れない者もいる。


 自分も地面から駆け戻り、頭の後ろへ噛みついた。


 強靭な顎へ、残る力を込める。


 殻が軋む。


 わずかに亀裂が入る。


 ムカデが身体を反らした。


 頭がこちらへ向く。


 本能が危険を告げていた。


 顎を離せ。


 すぐに走れ。


 だが、自分は離れなかった。


 ここを噛み砕けば、敵を止められる。


 巣を守れる。


 仲間が生き残る。


 その命令だけが、身体を支配していた。


 顎へ、さらに力を込める。


 殻の亀裂が広がった。


 敵の身体が大きく震えた。


 次の瞬間、ムカデの牙が自分の腹へ突き刺さった。


 鋭い痛み。


 身体の中へ、焼けるような熱が流れ込んでくる。


 毒。


 本能が、その危険を告げた。


 それでも顎を離さない。


 噛め。


 砕け。


 敵を止めろ。


 自分は残るすべての力を顎へ込めた。


 乾いた音がした。


 ムカデの頭と胴体をつなぐ殻が割れた。


 仲間たちの顎が、その隙間へ集中する。


 ムカデが激しく身体をくねらせた。


 自分の身体は牙から外れ、地面へ投げ出された。


 立ち上がろうとする。


 足が動かない。


 毒が身体を巡っていた。


 視界の端で、ムカデが暴れている。


 何本もの足が地面を掻く。


 身体が一度、大きく反った。


 やがて、その動きが鈍くなっていく。


 仲間たちは離れない。


 殻の隙間へ噛みつき続けている。


 ムカデの足が、一本ずつ止まっていく。


 最後に長い触角が地面を叩き、そのまま動かなくなった。


 敵。


 排除。


 成功。


 周囲へ新たな匂いが広がった。


 ムカデは死んだ。


 自分たちが倒した。


 だが、喜ぶ者はいなかった。


 仲間たちはすぐに動き始めた。


 死んだ仲間を運ぶ者。


 ムカデの身体を調べる者。


 再び甲虫の死骸を解体する者。


 巣への危険がなくなれば、次の仕事へ移る。


 それが蟻の生き方だった。


 自分は地面に倒れたまま、その匂いを受け取っていた。


 働け。


 運べ。


 巣へ戻れ。


 身体を動かそうとした。


 6本の足のうち、動いたのは一本だけだった。


 もう一度、力を込める。


 身体は起き上がらない。


 腹には、ムカデの牙で開けられた傷がある。


 そこから体液が流れ出していた。


 毒も身体を蝕んでいる。


 終わりが近い。


 それでも、巣は守られた。


 仲間たちは生きている。


 大きな敵は、もう動かない。


 それでいい。


 自分が死んでも、別の働き蟻が食料を運ぶ。


 別の働き蟻が巣を守る。


 自分は、無数にいる働き蟻の一匹にすぎない。


 薄れていく感覚の中で、何かが頭の奥へ浮かんだ。


 山の木々。


 大きな背中。


 節くれ立った手。


 低く穏やかな声。


 ――必要以上に獲るな。


 ――獲った命は、一つたりとも無駄にするな。


 誰の声なのかは分からない。


 それでも、その声を聞くと不思議と落ち着いた。


 ムカデの死骸へ、仲間たちが集まり始めている。


 硬い殻の隙間から肉を切り取り、巣へ運ぶのだろう。


 倒した敵も、巣を生かす食料になる。


 無駄にはならない。


 最後にそう感じたとき、自分の身体から力が抜けた。


     ◇


『個体の死亡を確認しました』


 感情のない声が響いた。


 その声とともに、失われていた記憶が戻ってくる。


 人間として16歳で死んだこと。


 最初の蟻生を寿命まで生きたこと。


 2度目の蟻生で蟻地獄に捕食されたこと。


 強靭な顎と脚力強化を選んだこと。


 そして、3度目の蟻生で仲間とともにムカデを倒したこと。


「倒せたのか」


 ムカデは、自分よりはるかに大きかった。


 一匹では到底かなわない相手だった。


 だが、仲間たちと力を合わせることで倒すことができた。


 そして自分も、その直後に死んだ。


 暗闇の中に、白い文字が浮かび上がった。


――――――――――


【第3生 集計結果】


 種族:蟻


 役割:働き蟻


 生存期間:180日


 死亡原因:ムカデの毒および外傷


 討伐対象:ムカデ


 獲得EP:10


 獲得SP:3


――――――――――


【現在の保有値】


 EP:11


 SP:4


――――――――――


 生きた日数は、これまでで最も短かった。


 寿命まで生きてはいない。


 日々の働きにも、特別な出来事はほとんどなかった。


 そのため、得られたSPは3だけだった。


 だが、EPは一気に10増えていた。


 自分よりはるかに強大なムカデを倒した。


 一匹の力ではなかったとしても、その討伐へ大きく貢献した。


 その経験が、進化点として認められたらしい。


『進化先が解放されました』


 白い文字が切り替わった。


――――――――――


【選択可能な進化先】


 蜘蛛    必要EP:8


 ムカデ   必要EP:10


 カブトムシ 必要EP:12


【保有EP】


 11


――――――――――


 初めて、働き蟻以外の生物が選択肢へ現れた。


 蜘蛛。


 8本の足を持ち、糸や毒を使って獲物を捕らえる生物。


 ムカデ。


 無数の足と毒牙を持つ捕食者。


 先ほどまで自分たちが戦っていた、蟻よりはるかに強大な存在。


 どちらも、今すぐ選ぶことができる。


 EPを8使えば、蜘蛛になれる。


 EPを10使えば、ムカデになれる。


 蟻としての小さな身体から抜け出し、これまで恐れていた捕食者の側へ進むことができる。


 だが、最後の選択肢が目に留まった。


 カブトムシ。


 必要EPは12。


 保有しているEPは11。


 わずか1だけ足りない。


 その身体は硬い甲殻に覆われている。


 大きな角を持ち、蟻よりもはるかに強い力で敵を押し退ける。


 毒牙はない。


 蜘蛛の糸もない。


 それでも、硬く強い身体は魅力的だった。


 病に蝕まれた人間の身体。


 簡単に踏み潰される蟻の身体。


 砂の罠から逃げられなかった身体。


 ムカデの牙に貫かれた身体。


 何度も、身体の弱さによって死んだ。


 だからこそ、硬く強い身体に惹かれた。


 あと1。


 あと1EPを手に入れれば、カブトムシを選べる。


 ここで蜘蛛やムカデへ進化すれば、保有しているEPを消費する。


 次にカブトムシへ到達するには、再び多くのEPを集めなければならないかもしれない。


 進化を急ぐ必要はない。


 もう一度、蟻として生きる。


 次の生でEPを一つでも増やせば、カブトムシへ届く。


『進化先を選択してください』


「進化しない」


『EPを使用せず、同一種族へ転生しますか』


「そうだ」


 蜘蛛にもなれる。


 ムカデにもなれる。


 それでも、今は選ばない。


 目指すのは、その先だ。


『技能を選択してください』


 表示が切り替わる。


――――――――――


【強化可能技能】


 強靭な顎 Lv.1 → Lv.2


 必要SP:4


【保有SP】


 4


――――――――――


 保有しているSPは4。


 必要なSPもちょうど4だった。


 強靭な顎をLv.2へ強化すれば、さらに硬い物を噛み砕けるようになる。


 顎そのものの強度も増し、噛みついた相手へ与える傷も深くなる。


 ムカデを倒した最後の一撃。


 あの硬い殻を砕けたのは、強靭な顎があったからだ。


 次も蟻として生きるなら、この力をさらに伸ばしたほうがいい。


「強靭な顎をLv.2へ強化する」


『SPを4消費します』


『技能――強靭な顎がLv.2へ上昇しました』


――――――――――


【保有技能】


 強靭な顎 Lv.2


 脚力強化 Lv.1


【現在の保有値】


 EP:11


 SP:0


――――――――――


『転生先――働き蟻』


『保有技能を継承します』


『第4生を開始します』


 白い光が暗闇を満たしていく。


 蜘蛛やムカデへ進化できること。


 あと1EPでカブトムシへ届くこと。


 カブトムシを目指すと決めたこと。


 その意思は、次の生へ残らない。


 それでも、EPは消えずに残る。


 技能も残る。


 強くなった顎と、素早く動ける足。


 積み重ねたものだけを、次の自分へ託す。


 光が意識を飲み込む直前、俺は願った。


 次の生では、あと一歩だけ先へ進めますように。


 その願いさえ忘れ、俺は再び働き蟻として生まれ落ちた。


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