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山のヌシ  作者: つぶつぶみかん
3.黒い翼
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12/28

3-2.深部の番人

 卵から孵って、6年が過ぎた。


 その間、自分――いや、俺は一度も山の奥へ踏み込まなかった。


 じいちゃんが夜を過ごした岩場。


 使い終わった薬莢。


 イノシシの牙。


 その先へ続く、獣道。


 見つけた直後は、すぐにでも飛んでいきたいと思った。


 記憶の中で、傷ついたじいちゃんは暗闇に現れた獣を追い、山のさらに深い場所へ消えている。


 あの先に何があるのか。


 じいちゃんはヌシに会えたのか。


 なぜ俺は、何度も異なる生き物として生まれ直しているのか。


 答えは、すぐ近くにあるように思えた。


 だが、俺は進まなかった。


 カブトムシだった頃の、冷たい雨の感覚が残っていたからだ。


 遠くまで飛べるようになったことへ夢中になり、帰る時間を失った。


 冷えた身体は動かなくなり、樹皮の隙間で死を待つことしかできなかった。


 じいちゃんの声も残っている。


 ――帰れるうちに帰れ。


 ――山では、待つことも生きることだ。


 だから、俺は待った。


 ただ時間が過ぎるのを待ったのではない。


 生きて戻るための準備を続けた。


     ◇


 最初の冬は、寒さを知るために使った。


 山の低い場所と高い場所では、同じ夜でも空気の冷たさが違う。


 沢沿いには冷気が溜まる。


 尾根の上では風が強い。


 南向きの斜面は朝になると早く暖まり、岩場の窪みには夜の熱がわずかに残る。


 俺は山中にいくつものねぐらを作った。


 木の空洞。


 岩の裂け目。


 倒木の下。


 入り口へ樹皮を立てかけ、枝で支える。


 中には乾いた苔と枯れ葉を敷く。


 雨が吹き込む方向を確かめ、必要なら反対側へ小さな空気穴を残した。


 作ったねぐらは一つではない。


 山の麓。


 沢の手前。


 古い山道の途中。


 じいちゃんの野営跡から少し離れた岩場。


 奥へ進み、途中で天候が崩れても、最寄りの場所へ逃げ込めるようにした。


 食料も蓄えた。


 木の実。


 乾いた肉。


 人間の暮らす場所で拾った食べ物。


 それぞれを一つの場所へ集めることはしない。


 一か所を獣に見つけられれば、すべてを失うからだ。


 木の洞。


 岩の隙間。


 土へ半分埋まった倒木の下。


 場所を分けて隠した。


 雨で腐る物と、長く保存できる物も分けた。


 春になると、冬を越せなかった食料を捨て、新しい物へ入れ替えた。


 2年目には、道具を集め始めた。


 真っ直ぐな枝。


 先端の曲がった枝。


 細く尖った骨。


 硬く平らな石。


 人間が捨てた紐。


 錆びた針金。


 割れた金属片。


 それらをねぐらや岩場へ運び、用途ごとに分けた。


 穴の中を探る枝。


 樹皮を剥がすための骨。


 木の実を割る石。


 物を固定する紐。


 敵の注意を逸らすために落とす、小さな金属片。


 拾ったときには使い道が分からなかった物でも、捨てなかった。


 何度も嘴と足で動かしているうちに、新しい使い方を思いつくことがあった。


 3年目には、自分だけの道標を作った。


 じいちゃんが木へ刻んだ鉈の傷を、俺の嘴では再現できない。


 代わりに、目立つ物を木の枝へ結びつけた。


 白い布。


 細長い紐。


 光を反射する金属。


 風が吹いても落ちないよう、枝の分かれ目へ押し込む。


 空から見える位置。


 地上からは目立たない高さ。


 帰り道を見失わないため。


 天候が崩れたとき、最寄りのねぐらを見つけるため。


 じいちゃんの印を追う道へ、俺自身の印を重ねていった。


 4年目には、山の敵を調べた。


 猛禽が飛ぶ時間。


 獲物を探す場所。


 風へ乗る方向。


 熊が歩く獣道。


 蛇が日光を浴びる岩場。


 夜になると動き始める獣。


 危険な相手へ近づくことはしない。


 高い木から見下ろす。


 匂いが届かない風下から観察する。


 獣が通り過ぎたあとに地面へ降り、足跡や残された毛を調べる。


 強い生き物にも、常に動き続ける者はいない。


 眠る。


 食べる。


 水を飲む。


 縄張りを見回る。


 同じ道を使う。


 行動には、繰り返しがあった。


 5年目には、じいちゃんの野営跡から先へ少しずつ進んだ。


 最初は、日帰りできる距離だけ。


 次は、途中のねぐらで一夜を過ごせる距離まで。


 獣道の左右へ短く入り、地形を確かめる。


 奥へ行くほど木々は太くなり、空から地面が見えにくくなった。


 森の上へ出れば進む方向は分かる。


 だが、猛禽に見つかりやすい。


 木々の間を飛べば身を隠せるが、曲がりくねった獣道を見失う。


 俺は何度も往復した。


 高く飛び、地形を覚える。


 低く戻り、木や岩の形を確認する。


 ねぐらを増やす。


 食料を隠す。


 道具を運ぶ。


 そして6度目の春。


 俺は、ようやく準備が整ったと判断した。


     ◇


 じいちゃんの野営跡には、ほとんど何も残っていなかった。


 6年前に見つけた骨は、雨と土の中でさらに崩れている。


 焼けた石の間にも苔が生えていた。


 だが、俺が岩の隙間へ隠した薬莢とイノシシの牙は残っている。


 嘴で薬莢を取り出す。


 黒ずんだ金属の表面へ、朝の光が当たった。


 これを見るたびに、記憶が蘇る。


 銃声。


 雉。


 突進するイノシシ。


 血に濡れたじいちゃん。


 火の消えた岩場。


 そして、暗闇の中に浮かんだ二つの目。


「行くぞ」


 実際に口から出たのは、低い鳴き声だけだった。


 それでも、頭の中の言葉は以前より明確になっている。


 俺は薬莢を元の場所へ戻した。


 イノシシの牙も、その隣へ置く。


 今回持っていく道具は、尖らせた鹿の骨だった。


 長すぎず、飛行を邪魔しない。


 片側は鋭く削ってある。


 嘴で咥えることも、足で掴むこともできる。


 戦うためだけの物ではない。


 狭い穴を探る。


 土を掘る。


 物を動かす。


 必要なら、敵の目や柔らかい部分を突く。


 何があるか分からない場所へ進むための、一本の道具だった。


 岩場を離れる。


 記憶の中で、二つの目が消えた方向へ飛んだ。


     ◇


 獣道は、すぐに狭くなった。


 地面には厚く落ち葉が積もっている。


 人間が歩いた形跡はない。


 じいちゃんが残した鉈の傷も、岩場から先には見つからなかった。


 目印を付ける余裕がなかったのか。


 あるいは、獣に導かれ、印を残す必要がないと思ったのか。


 俺は低い枝を選びながら進んだ。


 ときおり木の上へ上がり、周囲の地形を確認する。


 来た道を覚える。


 後方にある白い布の位置を確かめる。


 しばらく進むと、森の音が減っていった。


 最初に消えたのは、虫の音だった。


 次に、小鳥の声。


 木々の上を移動していた小動物の気配もなくなる。


 風は吹いている。


 葉も揺れている。


 それなのに、生き物の音だけが聞こえない。


 記憶の中の岩場と同じだった。


 じいちゃんが二つの目を見つける前も、山は不自然なほど静かになっていた。


 俺は枝へ止まった。


 引き返すべきか。


 陽はまだ高い。


 最寄りのねぐらまで戻る時間も十分にある。


 食料も残っている。


 危険の正体を確かめずに戻ることは、生き延びるためには正しいのかもしれない。


 だが、6年かけてここまで準備した。


 静けさが始まる場所も覚えた。


 今すぐ奥へ進まなくても、次の機会はある。


 迷っていると、前方の木に奇妙な傷を見つけた。


 鉈の跡ではない。


 太い幹の表面が、大きく抉れている。


 鋭い爪を、上から下へ振り下ろした痕。


 一本。


 二本。


 三本。


 人間の腕ほどもある間隔で、深い溝が刻まれていた。


 熊の爪痕よりも高い位置にある。


 地面からでは届かない。


 飛ぶ生き物が残した傷。


 俺は近づいた。


 傷の中には、新しい木屑が残っている。


 古い痕ではない。


 木へ止まろうとした瞬間、身体の羽毛が逆立った。


 上だ。


 考えるより先に、枝から飛び離れた。


 直後、先ほどまで止まっていた場所へ何かが落ちてきた。


 枝が折れる。


 葉が舞う。


 大きな翼が開いた。


 クマタカ。


 だが、これまで見たどの個体よりも大きい。


 翼を畳んでも、俺の身体の数倍はある。


 太い脚。


 湾曲した爪。


 獲物の肉を引き裂く嘴。


 褐色の羽毛には、ところどころ白い筋が走っていた。


 何より異様だったのは、その目だった。


 暗闇の中で見た二つの光。


 じいちゃんを導いた何かと同じ、淡い光を宿している。


 クマタカは、折れた枝の上から俺を見た。


 獲物を見る目ではない。


 侵入者を見定める目。


 戻れ。


 言葉は聞こえない。


 それでも、意思だけが頭へ押し込まれた。


 この先へ進むな。


 俺は翼を広げた。


 戦うつもりはない。


 正面から勝てる相手ではなかった。


 ここまで来られただけでも十分だ。


 相手の姿を見た。


 場所も覚えた。


 戻って調べればいい。


 身体の向きを変える。


 来た道へ飛ぼうとした。


 風が逆向きに吹いた。


 森の奥から、強い風が押し寄せる。


 翼が持ち上げられた。


 姿勢が崩れる。


 風向きは、先ほどまで変わっていなかった。


 枝葉も同じ方向へ揺れていた。


 それなのに、自分の身体へ当たる風だけが違う。


 クマタカが翼を広げた。


 一度羽ばたく。


 その姿が消えた。


 速い。


 右から爪が迫る。


 急降下する。


 頭上を爪が通り過ぎた。


 木々の間へ入る。


 太い幹を利用し、相手の視線を切る。


 以前、猛禽から逃げ切った方法だ。


 枝の隙間を縫う。


 急旋回する。


 幹の裏側へ回る。


 だが、クマタカは離れない。


 俺が進む方向を、先に知っているかのように回り込んでくる。


 左へ曲がろうとする。


 左側から風が吹く。


 翼が押し戻された。


 下へ逃げる。


 枝が不自然に揺れ、進路を塞ぐ。


 上へ出ようとする。


 クマタカが待っている。


 山そのものが、俺の逃げ道を教えているようだった。


 このままでは捕まる。


 俺は嘴に咥えていた骨を足へ持ち替えた。


 逃げながら、クマタカの位置を確認する。


 相手は後方。


 距離が縮まっている。


 太い木の幹へ向かう。


 直前で翼を畳む。


 身体を落とす。


 クマタカが上を通り過ぎた。


 俺は幹を蹴った。


 反動を使って上昇する。


 相手の腹が見えた。


 足から骨を放す。


 尖った先端が、クマタカの胸へ向かう。


 刺さった。


 羽毛の間へ骨が入り込む。


 クマタカが大きく鳴いた。


 初めて聞く声だった。


 森全体を震わせるような、低く鋭い声。


 身体が一瞬だけ止まる。


 効いた。


 俺はすぐに距離を取った。


 骨は深く刺さっている。


 胸の羽毛の間から、赤い血がにじんだ。


 傷つけられる。


 倒せなくても、逃げる時間は作れる。


 そう思った直後、木々の奥から白い霧が流れてきた。


 霧はクマタカの身体へまとわりつく。


 血が止まった。


 刺さっていた骨が、押し出されるように落ちる。


 開いていた傷が塞がっていく。


 羽毛まで、元の位置へ戻った。


 あり得ない。


 生き物の傷が、これほど早く消えるはずがない。


 クマタカの目の光が強くなった。


 怒り。


 明確な殺意。


 今度は、戻れという警告ではなかった。


 翼が開く。


 風が爆発した。


 枝ごと身体を吹き飛ばされる。


 幹へ背中を打ちつけた。


 息が止まる。


 翼を動かす。


 右側へ力が入らない。


 骨は折れていない。


 だが、羽の一部が曲がっている。


 飛べる。


 まだ逃げられる。


 そう思い、枝から足を離した。


 身体が浮かばない。


 風が上から押さえつけている。


 飛行の技能は残っている。


 翼の動かし方も分かる。


 それなのに、空気を掴めない。


 まるで、ここでは飛ぶことを許されていないようだった。


 クマタカが枝から飛び立つ。


 俺は地面近くまで高度を下げた。


 木の根。


 岩。


 低い茂み。


 狭い場所へ入れば、大きな相手は動きにくい。


 だが、身体が重い。


 飛ぶほどに力が抜けていく。


 嘴から血が落ちた。


 先ほど幹へぶつかったとき、身体の内側を傷つけたらしい。


 前方に、岩の裂け目が見えた。


 入れる。


 あと少し。


 翼を動かす。


 地面すれすれを進む。


 背後から影が覆いかぶさった。


 クマタカの爪が、背中へ食い込む。


 羽毛。


 皮。


 肉。


 鋭い爪がまとめて突き破った。


 身体が持ち上げられる。


 脚を動かす。


 嘴を振る。


 届かない。


 俺は足元にある石を掴もうとした。


 爪の先が触れる。


 だが、持ち上げられた身体はすぐに地面から離れた。


 道具がない。


 逃げ道もない。


 6年かけて覚えた飛び方。


 作ったねぐら。


 蓄えた食料。


 集めた道具。


 調べた獣の行動。


 そのすべてが、この場所では通じなかった。


 準備が足りなかったのか。


 違う。


 クマタカが強いことだけが原因ではない。


 風が進路を塞いだ。


 枝が動いた。


 傷が塞がった。


 自分の身体から力が抜けた。


 俺が戦っている相手は、目の前の鳥だけではない。


 この山そのものだった。


 クマタカが太い枝へ降りた。


 爪で俺の身体を押さえつける。


 嘴が振り下ろされる。


 頭を動かす。


 一度目は避けた。


 嘴が枝を抉る。


 二度目。


 肩へ刺さる。


 翼が動かなくなった。


 視界の端で、淡く光る目がこちらを見ている。


 暗闇の中で、じいちゃんを導いた目。


 だが、このクマタカではない。


 記憶の中の獣は、地面を歩いていた。


 同じ光を宿していただけだ。


 ヌシの力。


 その言葉が、頭の奥に浮かんだ。


 こいつは、ヌシではない。


 ヌシの力を与えられた、配下。


 配下にさえ勝てない。


 このままでは、じいちゃんがたどり着いた場所へ届かない。


 嘴が、もう一度振り下ろされた。


 今度は避けられなかった。


     ◇


『個体の死亡を確認しました』


 感情のない声が響いた。


 失われていた記憶が、一気に戻ってくる。


 人間として16歳で死んだこと。


 蟻として4度生きたこと。


 カブトムシとして2度生きたこと。


 ハシブトガラスへ進化したこと。


 そして、6年をかけて山の深部へ挑み、巨大なクマタカに敗れたこと。


「……勝てなかった」


 準備はした。


 天候を調べた。


 ねぐらを作った。


 食料を蓄えた。


 道具を集めた。


 敵から逃げる方法も学んだ。


 それでも、届かなかった。


 暗闇の中に、白い文字が浮かび上がる。


――――――――――


【第7生 集計結果】


 種族:ハシブトガラス


 生存期間:6年82日


 死亡原因:ヌシの眷属による捕食


 獲得EP:12


 獲得SP:26


――――――――――


【達成した特殊条件】


 6度の越冬


 複数のねぐらの構築


 食料の分散貯蔵


 道具の加工および複合利用


 独自の道標の作成


 山林深部への再到達


 ヌシの領域への侵入


 ヌシの眷属との交戦


――――――――――


【現在の保有値】


 EP:12


 SP:26


――――――――――


「ヌシの眷属……」


 やはり、あのクマタカは普通の生き物ではなかった。


「じいちゃんを導いた獣も、ヌシの眷属なのか」


『回答できません』


「あのクマタカの傷を治したのは、ヌシの力か」


『回答できません』


「どうして俺の力が弱くなった」


『回答できません』


 いつもの返答。


 だが、今回は問いの形が見えている。


 俺は単純な力比べに負けたのではない。


 飛ぶ速さだけなら、逃げる余地はあった。


 道具も傷を与えた。


 骨は確かに胸へ刺さった。


 それでも傷は塞がった。


 俺が進もうとする方向へ風が吹いた。


 枝が逃げ道を塞いだ。


 深部へ入るほど、自分の身体は重くなった。


 何かがある。


 あの場所にいるクマタカだけが強くなる理由。


 侵入した俺だけが弱くなる理由。


 それを知らないまま、何度挑んでも結果は同じだ。


『生存中の経験から、技能が形成されました』


――――――――――


【新規技能】


 道具使用 Lv.2


――――――――――


 6年の間に、さまざまな物を使った。


 拾うだけではない。


 折る。


 削る。


 組み合わせる。


 目的に合わせて形を変える。


 食料を得る。


 寒さを防ぐ。


 道を示す。


 敵の注意を逸らす。


 そして最後には、尖らせた骨で眷属へ傷を与えた。


 その経験が、技能として残った。


『次の生を選択してください』


 白い文字が切り替わる。


――――――――――


【転生可能】


 ハシブトガラス


【進化可能】


 トビ   必要EP:10


 フクロウ 必要EP:12


【現在の保有EP】


 12


――――――――――


 トビ。


 大きな翼と鋭い爪を持ち、上昇気流へ乗って長く飛ぶ鳥。


 今よりも高く、少ない力で広い範囲を移動できる。


 フクロウ。


 夜の森を音もなく飛び、暗闇の中でも獲物を捉える鳥。


 夜間の視覚と聴覚に優れ、眷属の目を避けて奥へ進める可能性がある。


 どちらも、ハシブトガラスより戦いに向いた身体を持つ。


 トビなら、空中での力が増す。


 フクロウなら、闇へ紛れることができる。


 だが、それだけでは足りない。


 相手がクマタカより大きいから負けたのではない。


 見つかったから負けたのでもない。


 ヌシの領域に入った瞬間、何かが変わった。


 その原因を見つけなければならない。


 新しい身体へ変われば、見えるものまで変わってしまう。


 同じ場所。


 同じ相手。


 同じハシブトガラスの身体。


 条件を揃えなければ、何が違ったのかを確かめられない。


「もう一度、ハシブトガラスになる」


『同一種族への転生を選択しますか』


「ああ」


『技能を選択してください』


――――――――――


【獲得可能技能】


 観察眼    必要SP:12


 危険察知   必要SP:8


 隠密     必要SP:10


 記憶固定   必要SP:18


【強化可能技能】


 飛行 Lv.3 → Lv.4


 必要SP:20


【保有SP】


 26


――――――――――


 飛行Lv.4。


 もっと速く。


 もっと鋭く曲がり。


 もっと自在に空を飛べる。


 前の自分なら、それを選んだかもしれない。


 速さが足りなかった。


 力が足りなかった。


 ならば、さらに強くなればいい。


 だが、今は違う。


 速く飛んでも、風に進路を塞がれれば意味がない。


 強く傷つけても、すぐに治される。


 原因が分からないまま力だけを増やしても、また同じ場所で死ぬ。


「観察眼を取得する」


『SPを12消費します』


『技能――観察眼Lv.1を取得しました』


「危険察知も取得する」


『SPを8消費します』


『技能――危険察知Lv.1を取得しました』


――――――――――


【保有技能】


 飛行    Lv.3


 道具使用  Lv.2


 観察眼   Lv.1


 危険察知  Lv.1


【現在の保有値】


 EP:12


 SP:6


――――――――――


 強靭な顎と脚力強化も、異なる身体へ適応した形で残っている。


 だが、次の生で必要なのは、正面から戦う力ではない。


 見る。


 比べる。


 違いを探す。


 クマタカが強くなる瞬間。


 傷が塞がる条件。


 風が変わる場所。


 自分の身体から力が抜け始める境界。


 そこに、勝てない原因がある。


『第8生を開始します』


『転生先――ハシブトガラス』


 白い光が、暗闇へ広がっていく。


 死後の場所で考えたことは、次の生へそのまま持ち越せない。


 観察するという方針も。


 原因を見つけるという決意も。


 技能以外は、また記憶の霧へ飲み込まれる。


 それでも、今回は完全には消えない。


 クマタカの淡く光る目。


 傷を塞いだ白い霧。


 逆向きに吹いた風。


 空気を掴めなくなった翼。


 そして、戦ってはいけないという強い感覚。


 それらが断片となり、光の中へ残った。


     ◇


 狭い殻の内側で、新しい身体が動いた。


 嘴を打ちつける。


 殻へ亀裂が入る。


 もう一度。


 光が差し込んだ。


 黒い鳥の雛が、巣の中へ身体を押し出す。


 親鳥の気配。


 兄弟の鳴き声。


 空腹。


 温かな羽毛。


 新しい生の感覚が、頭の中を満たしていく。


 それでも、消えなかったものがある。


 淡く光る目。


 白い霧。


 自分を押し戻す風。


 雛はまだ立てない。


 翼も生え揃っていない。


 敵と戦うことも、山の奥へ向かうこともできない。


 だが、胸の奥には一つの衝動が残っていた。


 挑むな。


 まず、見ろ。


 言葉として覚えているわけではない。


 誰がそう決めたのかも分からない。


 ただ、その生き物は生まれた瞬間から、光る目へ正面から向かってはいけないことを知っていた。


 勝つためではない。


 勝てない理由を見つけるための、新しい生が始まった。


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