3-1.道標
空腹だった。
まだ羽毛も生え揃っていない身体を持ち上げ、嘴を大きく開く。
巣の中では、兄弟たちも同じように首を伸ばしていた。
鳴く。
食べ物を求める。
巣の縁へ降り立った親鳥へ向かい、少しでも高く嘴を突き出す。
太い嘴から、小さく千切られた虫が落とされた。
兄弟の一羽が先に受け取る。
次に運ばれてきた肉片へ、今度は自分が嘴を伸ばした。
飲み込む。
腹の中へ温かなものが入る。
もっと欲しい。
身体が食料を求めていた。
生きるために食べる。
大きくなるために食べる。
本来ならば、それだけのはずだった。
だが、頭の奥には、生まれたときから消えないものがあった。
炎。
雨。
血に濡れた猟銃。
木の幹へ刻まれた傷。
暗闇の中で輝く二つの目。
そして、傷ついた身体で山の奥へ歩いていく老人の背中。
顔は分からない。
声も、ほとんど思い出せない。
自分がその老人とどのような関係だったのかも、霧に隠されている。
それでも、一つの言葉だけは残っていた。
じいちゃん。
老人の背中を思い浮かべるたび、その言葉が胸の奥へ浮かぶ。
探さなければならない。
山の奥へ行かなければならない。
なぜそう思うのかは、まだ分からなかった。
◇
日を重ねるごとに、身体は急速に大きくなった。
黒い羽毛が生える。
弱々しかった首が太くなる。
嘴は硬くなり、巣へ運ばれてきた肉や木の実を自分で千切れるようになった。
足にも力がついた。
爪で枝を掴めば、多少身体を揺らされても落ちない。
兄弟が押してきても、踏ん張ることができる。
親鳥が運んできた硬い木の実へ嘴を立てた。
一度。
二度。
殻へ亀裂が入る。
他の兄弟が何度つついても割れなかった実だった。
自分の嘴には、同じ大きさの雛よりも強い力があるらしい。
足にも。
翼にも。
理由は分からない。
生まれる前に得た何かが、身体へ残っているようだった。
やがて、巣の中だけでは収まらなくなった。
羽ばたけば、身体がわずかに浮く。
巣の縁へ立ち、外を見る。
木々が連なっている。
その向こうには沢。
さらに遠くには、雲のかかった高い峰があった。
あの山を知っている。
見たことなどないはずなのに、そう思った。
胸の奥が騒ぐ。
じいちゃん。
山の奥。
木に刻まれた傷。
まだ飛ぶこともできない身体で、すぐにでも向かわなければならないような焦りを覚えた。
巣の縁から、一歩踏み出す。
足の下から枝が消えた。
身体が落ちる。
翼を広げた。
風が羽毛の間へ入り込む。
羽ばたく。
身体が持ち上がる。
初めて空へ出たはずなのに、何をすればよいのか分かっていた。
右の翼をわずかに傾ける。
身体が右へ曲がる。
尾羽を広げる。
落下する速度が弱まる。
前方の枝へ向かい、足を伸ばした。
爪が樹皮へ触れる。
そのまま枝を掴んだ。
ほとんど衝撃もなく、身体が止まる。
巣から飛び立った兄弟の一羽が、別の枝へ腹からぶつかった。
もう一羽は着地できず、低い茂みまで落ちていった。
自分だけが、最初から空の進み方を知っていた。
なぜ知っている。
その疑問へ答える記憶はない。
代わりに頭の奥へ、黒い夜空が浮かんだ。
重い身体。
低い羽音。
薄い翅。
枝へぶつかりながら、必死に飛んでいた小さな生き物。
像はすぐに消えた。
自分は黒い翼を広げる。
もう一度、枝から飛び立った。
◇
巣立ったあともしばらくは、親鳥の近くで過ごした。
どの実が食べられるのか。
どの虫を狙うのか。
どの獣から離れるべきなのか。
親や兄弟の行動を見て覚えていった。
木の実を見つければ、嘴で拾う。
硬ければ、高い場所から落とす。
割れなければ、さらに高い枝へ運ぶ。
岩の上へ落とすと、殻が砕けた。
中身を食べる。
一度で割れなければ、もう一度。
落とす場所が土では意味がない。
硬い岩を選ばなければならない。
そのことを、自分は他の兄弟よりも早く理解した。
ある日、朽木の穴から虫の匂いがした。
嘴を差し込む。
届かない。
首を伸ばしても、穴の奥までは入らなかった。
兄弟たちは諦め、別の場所へ飛んでいく。
自分も一度は穴から離れた。
だが、内部で動く虫の音が聞こえる。
食料がある。
届かないだけだ。
近くに落ちていた細い枝へ目が向いた。
なぜそれを見たのかは分からない。
枝。
穴。
奥にいる虫。
頭の中で、三つがつながった。
枝を嘴で拾う。
先端を穴へ入れた。
押し込む。
枝が内部の何かへ触れる。
虫がさらに奥へ逃げた。
そのままでは取れない。
枝を引き抜く。
先端が二股に分かれていた。
邪魔な部分を嘴で折る。
もう一度、穴へ入れる。
奥を探る。
虫へ触れた。
枝を回し、手前へ追い立てる。
白い幼虫が穴の入口へ姿を見せた。
すぐに嘴で捕らえた。
飲み込む。
腹が満たされる。
足元に落ちた枝を見る。
ただの木の欠片。
食べることもできない。
自分で動くこともない。
だが、それを使えば、嘴の届かない場所へ触れられる。
頭の奥へ、言葉が浮かんだ。
道具。
その言葉を、どこで覚えたのかは分からない。
だが、枝が道具であることは理解できた。
◇
自分は、使えそうな物へ目を向けるようになった。
枝。
石。
硬い殻。
樹皮。
獣が残した骨。
同じ物でも、使い方によって役割が変わる。
石を落とせば、木の実を割れる。
細い枝を使えば、穴の中の虫を追い出せる。
剥がれかけた樹皮へ太い枝を差し込み、力をかければ、その下に隠れた虫を見つけられる。
骨の尖った部分で腐った木を削れば、嘴だけで掘るより深くまで届く。
最初から上手くできたわけではない。
枝が太すぎて、穴へ入らない。
細すぎれば、途中で折れる。
石を落としても、柔らかい土の上では木の実が沈むだけだった。
使った骨が嘴から滑り、沢へ落ちたこともある。
それでも、失敗するたびに次の方法を考えた。
細すぎる枝は使わない。
先が曲がっていれば、嘴で不要な部分を折る。
木の実は平らで硬い岩へ落とす。
運べないほど大きな石は、斜面から転がす。
考える。
試す。
失敗する。
別の方法を探す。
その繰り返しが、不思議なほど楽しかった。
兄弟たちも、自分の行動を見ていた。
自分が木の実を岩へ落とすと、後から同じことをする。
枝で穴を探る姿を見せると、落ちている枝を嘴で拾った。
だが、枝を折って形を整える者はいなかった。
穴の深さに合わせて、別の枝を選ぶ者もいない。
自分だけが、物を見て、その先の使い方を考えていた。
自分は他の鳥とは違う。
その感覚が、少しずつ強くなっていった。
◇
夏が終わりに近づくと、親や兄弟たちと行動する時間は減った。
一羽で山を飛ぶ。
食料を探す。
夜を過ごす場所を見つける。
自分で決めなければならないことが増えていった。
山の低い場所は暖かい。
食べ物も多い。
人の住む場所へ近づけば、簡単に食料を見つけられることもあった。
だが、自分の身体は山の奥へ向かおうとした。
じいちゃん。
木の傷。
暗い目。
消えない断片が、進む方向を示していた。
高い場所へ飛ぶほど、空気は冷たくなる。
夜には風が強く吹いた。
雨が降れば、濡れた羽毛から急速に熱が奪われる。
枝へ止まり、身体を丸めても寒さは消えない。
ある夜、突然の雨に襲われた。
大きな木の枝へ止まる。
葉の下へ入ったが、横から吹く風が雨を運んでくる。
羽毛が濡れた。
身体が震える。
もっと風を避けられる場所が必要だった。
周囲を見回す。
木の幹に、小さな空洞がある。
入り口は狭いが、今の身体なら入れる。
中には枯れ葉が積もっていた。
身を入れてみる。
雨は当たらない。
だが、入り口から冷たい風が吹き込んでくる。
奥へ身体を寄せても、寒さは変わらない。
空洞の外に、剥がれ落ちた大きな樹皮があった。
薄く、湾曲している。
あれを入り口へ置けば、風を弱められる。
なぜそんな考えが浮かんだのかは分からない。
だが、頭の奥には別の景色があった。
岩の下。
積み上げられた枝。
雨を遮る布。
小さな炎のそばで、老人が身体を休めている。
自分は空洞から出た。
樹皮を嘴で掴む。
重い。
一度には持ち上がらない。
端を引きずる。
風に煽られ、何度も離してしまう。
それでも少しずつ空洞まで運んだ。
入り口へ立てかける。
だが、そのままでは風に押されて倒れた。
近くから二股の枝を運ぶ。
樹皮と幹の間へ差し込む。
角度を変える。
もう一本の枝で下を支える。
今度は倒れなかった。
入り口の半分が樹皮で塞がれる。
冷たい風が弱くなった。
さらに乾いた苔を集める。
枯れ葉を運ぶ。
空洞の奥へ敷き詰めた。
その上で身体を丸める。
先ほどまでとは違う。
苔と枯れ葉が身体の熱を逃がさない。
樹皮が風を遮っている。
外では雨が降り続けていた。
だが、空洞の中は静かだった。
枝。
樹皮。
苔。
枯れ葉。
一つ一つは、ただ山に落ちていた物にすぎない。
組み合わせれば、寒さから身を守る場所になる。
頭の奥へ、新しい言葉が浮かんだ。
ねぐら。
それから、もう一つ。
作る。
自分は、見つけた場所へ隠れただけではない。
自分の手で、生きられる場所へ変えた。
◇
その空洞を、自分は何度も使った。
山の奥へ進み、夜になる前に戻る。
食料を持ち帰り、奥へ隠す。
雨が続く日には、蓄えた木の実を食べた。
苔が湿れば、新しい物へ取り替える。
入り口を塞ぐ樹皮が倒れれば、支える枝の位置を変えた。
周囲には、食料だけでなく、使えそうな物も集めるようになった。
長く真っ直ぐな枝。
先端の曲がった枝。
尖った骨。
硬く平らな石。
乾いた苔。
人間が落としたらしい、短い紐。
何に使うのか分からない物もある。
だが、いつか役に立つかもしれない。
見つけた場所を覚える。
必要になれば取りに戻る。
記憶は以前よりも確かだった。
どの沢を越えたのか。
どの木に樹液が出るのか。
どこに木の実を隠したのか。
どの空洞が雨を防げるのか。
一度見た場所は、かなりの範囲で思い出すことができた。
だが、人間だった頃の記憶だけは違う。
手を伸ばそうとすると、霧の向こうへ逃げていく。
じいちゃん。
山の奥。
鉈の傷。
残っているのは、断片だけだった。
それでも、以前の生とは違う。
忘れてはいない。
探す目的も失っていない。
自分は毎日、少しずつ山の奥へ飛んだ。
◇
ある朝、尾根の上を飛んでいると、空気が急に変わった。
風が強くなる。
木々の頂が大きく揺れた。
上空から、鋭い鳴き声が聞こえる。
身体が反応した。
翼を畳み、高度を下げる。
直後、灰色の影が頭上を通り過ぎた。
猛禽。
自分よりも大きな翼。
鋭い爪。
鳥を狩るための身体。
相手は旋回し、再びこちらへ向かってくる。
以前、黒い夜空で見た鳥とは違う。
今の自分にも、その危険がはっきりと分かった。
森の中へ逃げる。
枝の間を飛ぶ。
飛行の技能が身体を支えた。
急旋回。
下降。
幹の裏側へ回り込む。
それでも、猛禽は離れなかった。
木々の隙間を縫いながら、後ろから追ってくる。
速い。
自分よりも、空で獲物を追うことに慣れている。
前方に、以前見つけた岩場が見えた。
岩の側面には、狭い裂け目がある。
自分なら入れる。
猛禽の大きな身体では入れない。
だが、裂け目へたどり着く前に追いつかれる。
近くの枝に、何かがぶら下がっていた。
蔓へ絡まった、古い獣の骨。
以前、使えるかもしれないと思い、そのままにしていた物だった。
自分は骨のそばへ飛んだ。
嘴で蔓を強く引く。
一度では切れない。
猛禽が迫る。
もう一度、嘴へ力を込めた。
蔓が切れた。
骨が落ちる。
枝へぶつかり、硬い音を立てながら斜面を転がっていった。
突然の音に、猛禽の頭が動いた。
ほんの一瞬、視線が落ちた骨へ向く。
自分は翼を畳んだ。
急降下する。
岩場の裂け目へ身体を滑り込ませた。
直後、猛禽の爪が入口の岩を擦った。
石片が飛ぶ。
だが、大きな翼が岩へ当たり、それ以上は入ってこられない。
猛禽は何度か入口の周囲を飛んだ。
やがて諦め、上空へ消えていった。
自分は裂け目の奥で、しばらく動かなかった。
骨で猛禽を倒したわけではない。
音を立て、注意を逸らしただけだ。
だが、その一瞬がなければ、爪に捕らえられていた。
山にある物を使う。
それは、食料を得るためだけではない。
生き残るためにも使える。
頭の中へ、また老人の声が浮かんだ。
――力だけでどうにもならんなら、頭を使え。
顔は見えない。
だが、その声を聞くと、胸が締めつけられた。
「じいちゃん」
初めて、その言葉を自分の意思で思い浮かべた。
ただ残っていた音ではない。
探している相手の呼び名として。
じいちゃんは、この山の奥へ行った。
自分は、その痕跡を追っている。
まだ理由のすべては思い出せない。
それでも、以前よりはっきりと理解できた。
◇
翌朝、自分は以前に見た古い山道へ向かった。
沢を越える。
急な斜面の上を飛ぶ。
木々の間を通る細い道。
草に覆われ、土の上には落ち葉が積もっている。
人間が使わなくなってから、長い時間が経っている。
その道に沿って飛んだ。
木の幹を一つずつ確認する。
自然に裂けた傷。
獣が付けた爪痕。
虫に食われた穴。
その中から、人の手で刻まれた痕を探す。
しばらく進むと、一つ目の傷が見つかった。
縦に一つ。
斜めに二つ。
鉈の印。
記憶の中で、じいちゃんが残していたものと同じだった。
幹へ降りる。
嘴で傷へ触れた。
樹皮はすでに盛り上がり、古い傷を塞ごうとしている。
それでも、形は残っていた。
じいちゃんは、ここを通った。
胸の奥で、確信に近いものが生まれた。
次の印を探す。
さらに山道を進む。
別の木にも傷がある。
その先にも。
距離は一定ではない。
道が分かりにくい場所。
獣道と分かれる場所。
斜面の向きが変わる場所。
迷いやすい場所にだけ、印が残されていた。
自分は印をたどった。
空から見れば、地上の道を歩くより早い。
だが、木の傷を見落とさないため、低い場所を飛ばなければならない。
一つ。
また一つ。
じいちゃんが歩いた道を、黒い翼で追っていく。
やがて、岩の下に開けた場所が見えた。
地面だけが、不自然に平らになっている。
中央には、黒く焼けた石が集められていた。
火を使った跡。
周囲には古い骨が散らばっている。
雨と土に汚れ、ほとんど白くなっていた。
その中に、色の違う物があった。
細長い金属。
自分は地面へ降りた。
嘴で拾う。
小さな筒。
片側が開き、反対側には丸い跡が残っている。
頭の奥で、記憶が弾けた。
猟銃。
銃声。
空から落ちる雉。
地面を駆けるイノシシ。
じいちゃんの手。
これは、使い終わった弾だ。
薬莢。
言葉が戻ってきた。
嘴から金属が落ちる。
硬い音が、岩場へ響いた。
別の場所を見る。
石の隙間に、牙があった。
太く。
湾曲した。
イノシシの牙。
記憶の中で、じいちゃんが外していたもの。
さらに、岩の奥には腐りかけた皮の切れ端が残っていた。
偶然ではない。
ここは、じいちゃんが夜を過ごした場所だった。
炎を起こし。
雉の肉を食べ。
傷を洗い。
残った弾を確かめた場所。
そして、暗闇の中に現れた何かを追って、山のさらに奥へ向かった場所。
「じいちゃん……」
嘴から、人間の言葉は出なかった。
漏れたのは、低い鳴き声だけだった。
それでも、頭の中でははっきりと呼んでいた。
じいちゃんは実在した。
記憶の中だけの影ではない。
自分が勝手に見た夢でもない。
この山を歩き。
ここで火を起こし。
この先へ進んだ。
自分は薬莢を拾った。
嘴に挟み、岩場の奥にある隙間へ運ぶ。
イノシシの牙も、その隣へ置いた。
じいちゃんが残した物を、失いたくなかった。
雨に流されない場所。
獣に踏まれない場所。
後から戻ってきても見つけられる場所へ隠す。
記憶がまた薄れても、この二つを見れば思い出せるように。
物へ、記憶を預ける。
それもまた、道具の使い方だった。
◇
岩場から山の奥を見る。
獣道が続いている。
木々はさらに深く、昼でも暗い。
風は冷たい。
その先からは、鳥や虫の声がほとんど聞こえなかった。
記憶の中で、二つの目が暗闇に浮かぶ。
大きな獣。
じいちゃんを導いた何か。
あれが、この先にいる。
自分はすぐには飛び立たなかった。
以前なら、本能のまま進んでいたかもしれない。
カブトムシだった頃は、帰る時間を考えずに山の奥へ進み、冷え込みの中で死んだ。
その生の記憶も、形は曖昧だが残っている。
冷たい雨。
動かなくなる脚。
帰れるうちに帰れという声。
今から奥へ進めば、夜までにねぐらへ戻れない。
食料も十分に持っていない。
天気も崩れ始めている。
じいちゃんの痕跡を見つけた。
だからこそ、急いではいけない。
生きて戻らなければ、続きを探せない。
――山では、待つことも生きることだ。
懐かしい声が浮かんだ。
自分は獣道へ背を向けた。
薬莢と牙を隠した場所を、もう一度確かめる。
周囲の木の形。
岩の割れ目。
沢から聞こえる水の音。
空から見た位置。
すべてを頭へ刻み込む。
準備をする。
食料を蓄える。
寒さを防ぐ物を集める。
使える道具を選ぶ。
そして、もう一度ここへ戻る。
じいちゃんが消えた、その先へ進むために。
黒い翼を広げる。
風を捉える。
身体が空へ浮かび上がった。
岩場が小さくなる。
古い山道。
鉈の印。
じいちゃんが残した野営跡。
今度は、忘れない。
記憶はまだ完全ではない。
人間だった自分の名前も。
病に伏せていた日々も。
じいちゃんがなぜ命を懸けたのかも、すべてを思い出したわけではない。
それでも、目的は残っている。
じいちゃんを探す。
山の奥で何が起きたのかを知る。
そのために、生きる。
そのために、考える。
そのために、山にあるものを使う。
空を飛ぶだけの鳥ではない。
記憶を持ち、道具を使い、自分の意思で進む一羽のハシブトガラスとして。
主人公は、山の奥から吹く冷たい風に逆らい、ねぐらへ向かって飛び続けた。




