第36話 血迷ったアグラダー
その時、それまで黙って様子を見守っていた騎士のトライザーさんが口を開いた。
「畏れながら、聖下にお尋ねしたいことがございます」
僕たちのフォローのためについてきたトライザーさんは、まだ十代だけどダイヤモンド一家として自立して活動している僕たちを一人前に扱ってくれて、今まであえて黙って見守っていてくれたのだ。
テオドールさん以外の三人はほんとガキンチョだし、上から目線になってついつい口出ししたくなっちゃうだろうに、僕たちを育てようとしてくれるその気持ちが、さすがは落ち着いた大人の男だね。かっこいいね。
僕は尊敬の視線でトライザーさんを見つめた。
それに気がついたトライザーさんは不思議そうに眉を動かしたけれど、「なにかな? 言ってみるがいい」と、偉そうなところを取り戻したサーザワン氏に言った。
「アグラダー前聖下が脚を失った経緯について、詳しくお聞きすることは可能ですか? できればその時期もお教えいただきたいのですが」
「……それは、何故に?」
「もう耳にしたと思いますが、魔物たちの様子に変化が起きました」
「それに、アグラダーが関係すると……?」
「タイミングが合いすぎると思います」
サーザワン氏は「勘の良い騎士もいるものだな」と、またため息をついた。
「その件については、神殿外にはあまり漏らしたくないと……いや、これも神の導きなのかもしれんな。皆の者、この話は最高機密であるゆえ、他言できぬ様に契約魔法をかけさせてもらうが良いな?」
「あっ、それって死んでも話せなくなるやつだ」
僕が言うと、ビビリの領主さまがお約束の様にビビってくれた。
「聞いてはならない話ですよね、いや、僕はやめておこうかなー、なーんて……」
「スタインデール伯爵にはぜひ聞いてもらいたい」
領主さまは「あっ、やっぱり、そうなりますよね、はい」と肩を落とした。
「あの、我々もでしょうか?」
恐る恐る、といった感じに、お付きの神官が尋ねた。
「この場に居合わせたのも、きっと神の導きであろう。しっかりと聞き、これからの身の振り方を真剣に考えるがいい」
なんか、そこそこ偉い神官と聖騎士と、スタインデール伯爵家の護衛の皆さんも道連れになることが決定したよ。
ということで、僕たちは契約魔法の書類にサインをして、サーザワン氏の話を聞くことになった。
「うわあああああああ、真実がそのようなことになっていたとは! なっ、なんて恐ろしいーっ! 知らなかったあああーっ!」
ムンクの叫びのようになって絶望の叫びを上げているのは、領主さまではなくてそこそこ偉い神官だよ。
領主さまは「なるほど」と難しい顔になっている。
サーザワン氏は「知ったからには、もう戻れないぞ」とそこそこ神官に言って、さらに「うわああああああーっ!」と叫ばせている。
サーザワン氏が話してくれたのは、アグラダー前聖下の愚行だった。
まず、アグラダーが聖下になったのは、一年前にその前の聖下が事故で亡くなったせいだった。
その頃から神殿の様子がおかしいと考えたサーザワン氏は、信仰心が強くて神聖魔法が得意な普通の神官で、地位や権力には無頓着なワイルドな神官だった。
けれどある日、夢の中に神様が現れて神託のようなものをよこしたので、アグラダー前聖下の身辺を探っていた。
そして先日、アグラダーが悪魔を呼び出して取り引きをしていたことを知った。
「まさか、神殿のど真ん中で悪魔と通じる阿呆がいるとは思わなかった。悪魔との戦いになり危うく俺も生け贄にされそうになったが、神託でアドバイスをもらって身につけていた、聖水や聖遺物の力でなんとか切り抜けることができた。その時に、アグラダーを捨てて逃げていく悪魔が、アグラダーの両脚を切り取って持ち去ったのだ」
「なるほど。悪魔に膝上から切り取られたというわけですか」
トライザーさんも難しい顔をしている。
「なにに使おうというのかわからぬがな。脚は悪魔に奪われたわけで、失ったわけではないから、回復魔法で治すことができない。アグラダーは訳の分からないことを呟き、苦痛でうめくだけの廃人になってしまったので、隔離し、あまりにも哀れなので強い薬を使って眠らせているのだ」
うわあああん、すごく怖い話を聞いちゃったよ!
悪魔なんているの?
恐怖でしかないんだけど。
「アグダラーの協力者たちは、すでにこの世にいない。すべて生け贄にされて悪魔の糧となっていた。悪魔と聖下が通じていたなどと外部に知られたら、神殿はおしまいだ。だが、急に神殿がなくなると影響が大きすぎる。ということで、一番悪魔に目をつけられやすい次の聖下を俺が引き受けて、後始末をしているわけだ」
僕はサーザワン氏を見直した。
悪魔と戦うなんてすごい人だ。
悪い人かなってちょっとだけ思っちゃってごめんなさい。
並んだ聖騎士たちと、震えて叫ぶそこそこ神官の顔色は、かなり悪い。
「聖下、悪魔は再びやってくるのでしょうか?」
「その可能性は高い」
そこそこ神官はその場にしゃがみ込んで「吐きそう」と泣き声を出した。
「悪魔……我らに倒すことができるのか……どうやって……」
「だが、我らが民を守らねばならないのだ」
「なにか方法があるはず。神は我らを導いてくれる」
偉そうで鼻についたけれど、さすがは聖騎士だ。皆、悪魔と戦うことを覚悟しているみたい。
トライザーさんは「つまり、その事件が起きると同時期に、魔物の挙動がおかしくなったというわけだな」と呟いて、領主さまに目配せをした。
「うん、絶対に関係あると思う。冒険者ギルドマスターのイシューヴァにはこの話を共有する必要があるね。サーザワン聖下、よろしいですか?」
「うむ、これから冒険者ギルドに向かうつもりだ。その時に知らせる」
サーザワン氏は「神殿と冒険者ギルドの間は悪い関係ではないと、皆に知らしめる必要があるからな」と言った。
もしかすると、今回王都からやって来たのは、僕に会うためだけじゃなかったみたいだね。
「それじゃあ、僕たちはこれで……うん? どうしたの?」
僕の腕に戻っていたロボが、かしょんかしょんいいながら人型に戻って、僕にジェスチャーで『どうしても欲しいものがあるのです』と伝えた。




