第3話 悪気はなかったんです
雲を突き抜けた高い山の頂上から街の方を確認して、さて下山しようかなと思った時、頭上から「キェーッ!」というきしんだ鳴き声がしたので見上げてみた。
「でっかい鳥がいる!」
「きょん!」
めっちゃ怒っている、軽トラくらいの大きさの鳥が僕たちに襲いかかろうとしていた。
食べるところが多いかな? と一瞬考えたけれど、どちらかというと僕たちの方が餌になるのかもしれない。
「やばっ、でかっ、こわっ、逃げるよ!」
「きょっ!」
きょんたを抱っこした僕は急いで走って逃げた。子狐は必死で僕にしがみついている。
なんでこんなところに鳥がいるんだろうか……あっ、あの草の山は、もしかするとこの鳥の巣だったのかな?
我が家を荒らされたらそりゃあ怒るよね!
おしりで潰してごめんなさい、悪気はなかったんです。
幸い、巨大な鳥は巣の前に降りるとその場でブワって羽を膨らませて「キェーッ」と威嚇し、僕たちを追いかけてこない。
巣の中に卵がなくてよかった、あったら今頃僕たちは八つ裂きにされていただろう。
とはいえ、鳥はものすごく鋭い視線をこっちに向けている。迫力満点の猛禽類の瞳だ。
地球サイズでもワシとかタカって怖いのに、あんなに大きな鳥に睨まれていたら、緊張で足がもつれてしまう。
「うわーっ」
案の定、こけてしまった僕は、子狐を抱き込んだままつんのめり、そのまま前転状態で転がり落ちてしまった。
頭と背中ががんがん岩にぶつかる。痛い痛い痛い痛い……痛くない?
山の斜面を転がり落ちながら、なんだかおかしいと思う。
全然痛くなくなった。
目が回らなくなった。
というか、なぜか視界が広がって前後左右が見えている。
「えっ、なんだろうこれ?」
コロコロ、コロコロ、と岩だらけの地面を調子よく転がって、転がるほどにスムーズな動きになっていく。
僕たちはやがて木がたくさん生えているところまで転がり落ちてきた。
木に激突するかと思ったのにするっと間をすり抜けていく。たまに軽くぶつかっているような衝撃は感じるんだけど、全然痛くないし、むしろ転がっている状態がものすごく楽だし癒される。
僕は道なき道を選ぶように、ジグザグに上手く進路を変えながら山を転がり落ちていく。
これはどうなっちゃったんだろう?
転がっている状態がとても楽なので、そのまま考える。
「きょん?」
胸のきょんたも転がりながら不思議そうに鳴いた。
僕たちはそのまま山の斜面を転がり落ちていった。
途中でなにか生き物がいたけれど前をすごい速さで素通りしていく。
謎の空間にいくつか入ったような気がするけれど、溶岩だらけの険しい道も氷の世界も闇に閉ざされて星がきらめく場所もあっさりと通り抜けていく。
すごい勢いで転がったまま、周りの風景を眺めているけれど、僕たちにはなんの支障もなくて、むしろ楽しいかもしれない。
これはすごい。
すごいよ。
さてはこれこそが、僕に与えられた『すごい転がり』という特殊能力なんだね!
「うおおおおおおおおお、転がってやるぜええええええーっ!」
僕は気合を込めて、ワイルドに叫んだ。
「きょおおおおおおおおん!」
付き合いのいいきょんたも可愛い雄叫びをあげた。
「うおおおおおおおおおおーっ!」
「きょおおおおおおおおおおん!」
ワイルドに転がる僕たちを、誰も止めることができないのさ!
かっこいいね!
「なんだあれは?」
「新種の魔物かな? ものすごい勢いで向かって来るわ。全然倒せそうだけど」
「悪魔だ、アレは悪魔に違いねえ! やるぞ、俺はやるぞ! 神の敬虔な信者の聖なる一撃を受けてみろ!」
「ミカは落ち着け、無駄に魔法を放つな。動きは奇妙だが、さほど強そうじゃないし、なにより殺意や悪意は感じられない」
山を転がり終えて、その勢いでふもとにある草原を転がっていたら、そんな声が聞こえてきた。
「とはいえ、巻き込まれたら怪我をしそうだから迎撃するぞ」
リーダーっぽい人が僕への攻撃を決定したらしい。
待ってよ、僕は悪いことはしていないよ。
ちょっと勢いよく転がっているだけだよ。
僕の行く手にはには三人の人物がいる。
短剣を構える青い髪の若い男の人と、赤い髪をした戦斧を持つ綺麗な女の子、それから白い服を着て、キラキラ光る石が先についた杖を構える男の子。
女の子と男の子は僕と同じくらいの年齢だ。
友達になれるかな?
いやいや、友達どころじゃないってば、今、攻撃されるところだから!
慌てた僕は、彼らから二十メートルくらい離れた辺りで「転がり停止!」と叫んだ。
転がる力が瞬間的に消えて、僕はすっとそこに立つ。そして笑顔で言った。
「皆さん、こんにちは。僕はコロン、決して怪しい者ではありません」
「きょーん」
白づくめの少年に「無茶苦茶怪しいわ!」と突っ込まれた。
誠に遺憾です。
あと、女の子が「あら、可愛い狐だわ」と呟いたのが聞こえた。
モフモフは正義なのです。
「なるほどね、『転がり』なんてスキルは初めて聞いたけど、使い方によっては便利そうね」
赤髪の女の子が「きょんたくん、可愛い〜」と子狐を抱きしめながら毛に顔を埋めた。くすぐったいみたいで、「きょーん、きょーん」と鳴きながらこっちを見るけれど、もう少しがんばってね、きょんた。
僕は名前を名乗ってから「すみません、街に連れて行ってくれませんか? 事情は歩きながら話します」と彼らに頼んでみたのだ。
するとリーダーの青年が「小銀貨六枚で、ルアンの街への案内と、滞在のための手伝いを請け負うよ」と引き受けてくれた。
それがどのくらいの価値なのかわからないので聞いたところ、帰るついでのちょっとした護衛と街の案内として適正な料金とのことだ。
青年は、金貨一枚が十万円くらいで、大銀貨だと一万円。さらに千円の小銀貨や百円の銅貨、十円くらいの鉄貨があることを教えてくれた。
というわけで、ルアンという街に向かって、草原での狩りを終えた冒険者パーティ『ダイヤモンド一家』と共に歩いているところだ。
「急に転がり出て驚かせて悪かったね。僕たちは山から降りるので必死だったんだ」
「いや、こっちもビビり過ぎたからな、気にすんなよ。なんかよくわかんねえ技だったからさ! おまえ、おもしれーやつだな!」
「そう?」
白い少年が僕の背中をワイルドに叩いてあははと笑った。
こんなでも、彼は顔がめっちゃ整った美少年なんだよね。絵画の中から抜け出したような美形で、金髪に青い目の彼は、ミケランジェロという名前の神官なんだそうだ。十六歳らしい。
でも、見た目に反して、ワイルドを越えてちょっとガラが悪い。悪いやつではなさそうだ。
あっ、僕のワイルド化は転がった勢いでどこかに飛んで行っちゃったよ。ミケランジェロくんを見習いながら、改めて修行を始めた方がいいかもしれない。
赤毛の女の子は、十五歳の斧使いであるアグネスさん。美人でスタイルが良くて、地球にいたらスーパーアイドルになれそうな女の子だ。喜んで狐をモフる姿は普通に可愛い女の子なんだけど、近接戦闘力が高くて、ミケランジェロによると「こいつはすげえ腕が立つからな、ビビり散らして男が寄ってこねえんだよ」だそうだ。
ちなみにそのあと、アグネスに張り倒されてミケランジェロくんはしばらく気を失っていたよ。
僕は「ええっ、こんなに可愛いのに?」と返事をしたからか、無事だった。
小さな声で言ったのに、なぜか「なんだって?」とミケランジェロくんを拾う青年から鋭い目つきでにらまれちゃったよ、怖い怖い。
最後に、少しだけ歳上で十九歳なのが、群青色の髪に銀色の目をしたテオドールさんだ。すげえイケメン。
彼はアグネスのお兄さんで、短剣と土魔法を使うそうだ。ふたりは冒険者になるためにこの辺境のダンジョン都市にやってきたという。顔面偏差値の高い兄妹だね。
このお兄さんは、身長が百八十センチを軽く超える高身長で、身体つきもしっかりしている。地球でいうならスポーツマンタイプだ。大きな身体だけど身体強化が得意で小回りが効き、スピードを生かした接近攻撃が得意だそう。
見た目も良く能力もあるなんていろいろ羨まし過ぎる。僕もこういう感じに生まれたかったって思うよ。
「だけどよう、まさか『神の落とし子』に逢えるとはな。こいつは神官冥利に尽きるぜ」
ミケランジェロくんがまたワイルドに背中を叩いてくる。地味に痛いんだけど。
僕が『気がついたら山のてっぺんにいた、どこからか落ちて来た』と説明したら、神殿の書物に書かれた『神の落とし子』ってやつじゃないかとミケが教えてくれたのだ。
この世界には、たまに他の世界から神様の力で飛ばされてくる人がいるらしい。さすがはナラク世界、冒険の香りがするね。
こうして、たまに襲いかかって来る三つ目のウサギ型魔物や、頭にツノが生えたネズミ型魔物や、地面から飛び出してきて狼狽えてもぞもぞしているモグラ型魔物(困るならなんで飛び出して来るの?)を、ミケランジェロくんの杖とテオドールさんの拳で殴って倒しつつ、街へと向かった。
アグネスさんは、きょんたをモフるので忙しいのだ。
倒した魔物は、ミケランジェロくんが腰につけているバッグに吸い込まれていった。
うーん、魔法の世界だね!




