第2話 で、ここはどこ?
気がついたら、僕は仰向けに倒れていた。
青い空に白い雲が浮かんで流れていくのが見え……ない。雲がない。
「いたた……酷い目に遭ったな」
天界にあるすり鉢の底から落ちて、長い長い落下(幸いそれほどのスピードはなかったし、魂の時に宙に浮くことに慣れていたから恐怖はなかった)の後で、実体化した僕はこの世界の上空から落ちてきたのだ。
少し痛むおしりをさすりながら起き上がった。
さっき、おしりで着地しちゃったんだよね。
僕は「ここはどこなんだろう」と呟いた。周りは岩なのに、幸いなことに僕の座っている辺りだけにはふんわりした草が積もっている。これが受け止めてくれたから、僕は怪我をしないで済んだようだ。
うん、ここは岩山の頂上らしい。そして他に人はいない。
空を見上げて雲がなかったのは、山が雲を突き抜けていたからだった。
立って見下ろすと、遥か遠くに街のような建物が見える。そこに行くには大森林を抜ける必要がありそうだ。
「森があるということは、水や食べ物が手に入る可能性が高いな」
岩山で餓死しないで済みそうである。
そして僕の頭の上にはモフッとした温かいものが乗っている。
「これは帽子かな? あったかくて助かるよ」
僕が着ているのは白いシャツに仕立ての良さそうな黒いジャケット、そして黒いズボン。
パンツっていう方がかっこよさそうだけど、どうしても下着が思い浮かんじゃうんだ。あ、もちろんパンツもはいているよ。んで、靴も黒い革製だ。
で、喉のあたりにあるこれは、蝶ネクタイのようだ。山のてっぺんにはおしゃれ過ぎない?
ジャケットの胸ポケットを探ると、小さな袋が出てきた。どうやら財布のようで、中には硬貨がジャラジャラしている。手のひらに出してみると、金貨が十枚だった。軍資金ってわけだね、助かる。とりあえずしまっておこう。
他にもいいものが入っていないかとポケットを探ったけれど、残念ながらなにもない。
さらに、左腕には、銀色の金属でできた腕輪がはまっている。
うん、おしゃれだ。
もしかすると、魔法のアクセサリーとかなのかな?
でも、僕には鑑定の力がないみたいで、使い方がわからない。
「鑑定、欲しかったな」
「きょん!」
「え?」
頭の上でなにかが鳴いた。
驚いた、あったかいこれは帽子じゃなかったよ、生き物だった! っていうか、頭に生き物を乗せているのに気がつかない僕って、かなりのポンコツキャラなのかな? ここで生き抜いていけるか心配だ。
それは僕の肩に移ると、僕の頬っぺたを前脚でつつきながら「きょん、きょん」と鳴いた。
「君は天界にいた子狐くんか。僕と一緒にナラク世界に落ちて来ちゃったの?」
「きょん」
ちっちゃな狐は元気に鳴くと、モフモフの尻尾を嬉しそうに振った。
すごい可愛いぞ!
僕もポンコツだけど、この子もポンコツ狐だよね。ふたりで力を合わせればなんとかなる……と、思いたい、うん。
「旅は道連れってやつになったね」
天界で助けようとしたあの子が無事で安心したよ。薄茶色の毛並みをしたモフッとした可愛い生き物を目の前にして、顔がほころんでしまう。鼻先と尻尾の色が濃いのが余計に可愛いよね。
「落ちた時にどこもぶつけてない? 痛いところはないよね? うん、よかった、これからこの世界で一緒にがんばろう。よろしくね」
「きょーん」
そっと抱っこしたら、子狐は『面目ございません』と言うように鳴き、両前脚で顔を覆った。すごく可愛かったので思わず胸に抱きしめてしまった。
「そんな、気にしなくていいんだよ」
なにをしても無茶苦茶可愛い。ついでに匂いも嗅いじゃおう。お日様みたいないい匂いがした。
僕は、この世界に守るべきものができたと感じて嬉しくなった。
目の前に持ち上げて「あっ、男の子だ」と確認する。
「きょ」
手足をバタバタして憤慨している。表情豊かな狐だね。
「これは失礼」
素直に謝罪してから周りを見回した。
「ここがかなり高い山の頂上だね」
「きょん」
ごつごつしている岩山で、僕のおしりが激突した所だけ、直径五メートルくらいにこんもりと草が盛り上がっている。とても人工的で不自然なこれは、着地を助けるために用意された誰かの優しさだったのだろうか。
固い岩の上に落ちていたら、おしりが四つに割れちゃっていたに違いないな、ありがたや、ありがたや。
「きょん!」
小さな狐は腕から飛び出ると、岩をぶったり蹴飛ばしたりしながらきょんきょん鳴いている。元気でよかった。
僕は実体を持った自分の身体を確認した。
「なるほどね……この身体の年齢は十六、七歳ってところかな?」
厳しいと評判の世界にやって来た僕の身体は、天界の管理人さんの力でどうやら無事に成長させてもらったらしい。
視界からわかるけれど、背はそれほど低くないけど高くもない(170センチあるかないかくらいだ。でも、充分だよ)し、たくましくもない体型だけど、子どもではなかったので安心する。
腕力がものをいう世界らしいから、できればムッキムキの筋肉が欲しかったけれど、贅沢は言っていられないよね。
これは……僕って言うより俺って感じかもしれない。
舐められないためにも、これからは喋り方をワイルドにしなくちゃならないな。
ってことで、周りをうろうろしている子狐に「やあ、俺はコロン、よろしく頼むぜ! 君の名前はなにかな?」と元気に自己紹介してみた。
キャラの変更についてこられない子狐は不思議そうに首を傾げている。
「君の名前は? え、もしかして名前がないの?」
「きょん……」
寂しげにうつむく子狐。そうか、なんの準備もなくこの世界に来ちゃったんだもんね。
「それでは、僕が命名します。じゃなくて、子狐よ、俺が素晴らしい名前をつけてやるぜ。今から君は『きょんた』だぞ。よろしくな、きょんた」
「きょ!」
子狐は飛び上がると、俺の靴先を蹴飛ばして「きょん!」と鳴いた。
「えー、気に入らないの? でも、名前がないと不便じゃん……それじゃあ、岩男にする? 駄目か……んじゃ、小石? ええと、崖っぷち?」
僕、じゃなくて俺は周りを見ながらそれらしい名前をつけようとしたけれど、子狐はせっかく考えてあげている名前が気に入らないらしく、俺の肩に飛び乗ると頭をぽかすか叩いた。
狐の前脚パンチ、可愛いな。
「じゃあ、草の汁男……ちょっと個性的な感じだけど、どう?」
「きょっ!」
ネーミングのわけは、おしりをこすったら手に草の汁がついたからである。着地の時にすり潰したらしい。幸い汁はズボンには染みていなかったからよかった。
子狐はなぜかぐったりして「きょん」と鳴いた。
「えっ、もしかすると、やっぱり最初の『きょんた』がいいの?」
「きょん、きょん」
「なんだ、気に入ってたんならそう言ってよね」
「きょんっ!」
子狐の前脚パンチが、俺の鼻に決まったぜ!
かなり痛いぜ!
「さて、明るいうちに山から降りておきたいね。下の方には木がたくさん生えてるから、食べ物とか水があるかもしれないよ。野生の果物があるといいんだけど」
「きょん」
「お財布以外にはなにも持ってないから、野営するのは厳しいと思うよ。急いで行けるところまで降りよう」
「きょんきょん」
きょんたと話し合って、俺たちは早めに下山することにした。
あと、ワイルドな喋り方は難しいから、あとで練習する必要がありそうだと思った。




