第29話 巨大な変異種
「テオドールさん、大きいサルがいる! 身長が三倍くらいあるやつ!」
僕は転がりながら声を張り上げた。
とんでもない大きさのテナガクモザルがいるんだけど!
「なんだって?」
あのサイズはもう、サルではなくてゴリラじゃん。ヤバい予感しかない。
「普通のテナガクモザルも十匹いるんだけど、どうする? ぶつかる? 引く?」
僕はテオドールさんに指示を促した。
もう時間がない。
撤退するか、戦闘するか。
でもあんなに強そうな魔物に対抗できる戦力がこちらにあるとは思えない。
こちらはダイヤモンド一家の四人とベテランのおじさん冒険者たちが三人。
相手は大ザル一匹サル十匹。
逃げる?
戦う?
「ミケ、目潰しだ。その後、コロンが撹乱して応援を待つ」
「了解!」
ミケランジェロくんが前方に走り、左手の甲にある神のエンブレムに魔力を込めた。
「目を庇って!」
アグネスさんが叫び、おじさん冒険者たちは素早く目を覆った。
反応が速いな、さすがはベテランだね。
僕はきょんたを抱きしめて、ミケランジェロくんの背後につく。
その後ろからアグネスさんが続く。
「グギャアアアアアアアアアアアアーッ!」
獲物を見つけてギラついた目をした大ザルが、耳障りな叫び声を上げながらミケランジェロくんに向かって駆けてくる。
すんごく怖い。
けれど、真剣な表情のミケランジェロくんは一歩も引かずに、左手を高く掲げた。
「神よ、ご加護をありがとうございます。ミケランジェロはあなたのために戦う聖なる戦士であり、敬虔なる下僕です。神の名の下に発します」
僕は固く目をつぶる。
「『神聖閃光』!」
下を向いていたのに、まぶた越しに光が眩しい。
光が収まるや否や、僕は魔物の群れを確認した。急に目が見えなくなって、テナガクモザルは勢い余って転んでいる。
けれど、大きなサルだけはその場で膝をついたけれど、目をこすりながら立ち上がって「グギャオオオーッ」と雄叫びをあげた。
「目が、目がああああーっ!」
例によって、魔法を行使した結果を視認しなくてはならないため、ミケランジェロくんは自分の光で目を焼かれていた。
テオドールさんに担がれて「騒いでないで早く回復しろ」と叱られている。
なんとかならないのかな?
サングラスをしたらどうって、あとで聞いてみよう。
と、そんなことを考えている場合じゃなかったよ。
「アグネスさん、思いきり蹴って!」
僕は背後のアグネスさんに頼んだ」
「任せて、行くわよ!」
アグネスさんの本気の蹴りが背中に決まり、僕はそのまま前方に激しく転がった。
「きょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
いつもより長く大きく、きょんたの鳴き声が響く。
目の痛みに激昂しながら、テナガクモザルたちは次々に立ち上がったが、その憎悪はすべて転がる僕に向かってきた。
「ほらほらほら、転がるぜえええええーっ! お猿ちゃんたち、捕まえてごらんなさーいだぜ!」
ワイルドな感じで煽ると、魔物の視線はすべて僕に集まった。
「グギャオッ!」
迫り来る魔物たちの間を転がり抜けて大ザルの元に行くと、上二本の腕を大きく振りかぶった大ザルが僕を殴りつけた。
「へへん、思う壺だね!」
攻撃をガッツリと受け止めた僕は、その力を転がりパワーに変える。
全力の攻撃で僕をぺしゃんこにしたつもりの大ザルは、転がりながら「ざーこ、ざーこ、おまえの攻撃ざーこ」と笑う僕を見て、赤い顔が黒くなるまで激怒した。地団駄を踏んで悔しがっている。
転がりの前では、どんな攻撃も無効なんだ。
ただ転がる勢いが激しくなるだけさ!
目まぐるしく群れの間を転がる僕に、サルたちは釘付けだ。飛びかかり、殴りかかり、蹴飛ばしてくるけれど、すべては転がりの糧になるだけ。
「ざーこ、ざーこ、サルたちざーこ」
「きょんきょんきょーん」
僕ときょんたには、そのうち煽りスキルが生えるかもしれないや。
そうやって魔物たちが背を向けている間に、ダイヤモンド一家とベテランパーティは撤退している。
ただ、このまま何時間も転がり続けても、僕には攻撃力が備わっていないから魔物を倒すことはできないんだよね。全然疲れないし、むしろ回復効果があるから僕的には楽勝なんだけど。
もちろん、テオドールさんもその辺りはわかっている。
今は新たな戦力を待っているんだよ。
「……見えた!」
ルアンの街の方角から、強い気配が迫ってくる。
上空から見下ろす僕の視界には、全速力で駆けてくる馬が五騎確認できた。先頭を走るのは、騎士のトライザーさんだ。ギルドの騎士団が応援に駆けつけてくれたんだ。
「なんかすごいごつい馬に乗ってるよ。鎧を着た騎士を乗せて走るから、特別な馬が必要なんだね」
「きょきょ?」
「魔物じゃないかって? まさか、魔物はみんな恐ーい顔をして口が耳まで裂けていて、全ての人間を殺そうとするんだから、乗るのは無理なんだよ……って、あの馬たち、頭にツノが生えてるよ?」
「きょーん」
きょんたが『でしょー?』と言うように得意げに鳴いた。
「コロン、大丈夫か?」
突っ込んできて大ザルをぶん殴ったトライザーさんに、僕ときょんたは「全然平気でーす」「きょんきょんきょーん」と危機感がまるでない返事をした。
殴られた大ザルは、当然ながら攻撃してきたトライザーさんに反撃しようとするが、その前に僕が転がり出て「ざーこざーこ」と煽ったので、騎士のことは忘れてまた僕を殴る。
「全然効かないよーん」
「きょーん」
煽られた大ザルは怒髪天をつくといった状態で、六本の腕をぶんぶん振り回しながら「グギャーッ! グギャーッ!」と叫んだ。
「トライザーさん、僕がサルの気を引きつけておくから、後ろからボコっちゃってください!」
騎士団が到着したので、大ザルは任せたと言わんばかりのダイヤモンド一家とベテランパーティが、普通サイズのテナガクモザルをボコってる。
ボコられたサルは、なぜか僕が悪いと思い込んでいるから、僕に仕返しをしようとするけれど、そんな攻撃はノーダメージなんだよーん。
「やーいやーい、お猿さん、こっち向いてウッキー!」
「きょっきょー!」
僕たちの煽りも絶好調だよ。
そんな僕を見たトライザーさんは、なぜか頭痛をこらえるような表情になったけれど、すぐに「転がり坊主は無敵だから大丈夫だ! 全力で巨大なサルに攻撃!」と突撃の号令をかけた。
よそ見をする大ザルなんて、本気の騎士団の敵じゃない。
さらに、無防備なテナガクモザルなんて、ダイヤモンド一家とベテランパーティの敵じゃない。
こうして、魔物の群れは綺麗さっぱりと片付けられたのであった。




