第22話 あ、お世話になってます
神像の前で目をつぶった僕は、なんだかふわっと上に引っ張られるような感じになって思わず目を開けた。
「あれ、飛んでる? 身体は下にあるよ」
僕がベンチに座っているのが下に見える。頭にはきょんたを乗せた僕は、両手を組み合わせて熱心に神様に祈っているように見えた。
「きょん、きょん?」
「きょんたもこっちに来たんだね」
僕はきょんたを頭に乗せたままで、身体から魂が抜けてしまったみたいだ。
「こっちこっち、コロンくん、こっちですよ」
大きな神様の像から、見覚えのあるお兄さんが光る身体を半分乗り出して、僕を手招きする。あれは、僕にナラクのことを教えてくれた、天界で転生についての相談に乗ってくれたお兄さんだ。
「お久しぶりです」
僕は空中をふよふよと漂って、お兄さんに手を伸ばした。
「まさかコロンくんがナラクに転がり落ちてしまうなんて、びっくりですよ。大丈夫ですか? ちゃんと暮らせてますか? さあ、こっちにどうぞ」
お兄さんが僕の手を引っ張って、神像の中へ連れて行ってくれた。へえ、中はこうなっているんだね。
神像は特別な場所への入り口になっていたみたいで、僕は窓のないカフェのような、ちょっと可愛らしい部屋に通された。
「そこのソファーにかけてください。天狐くんもね。あ、名前をつけたんだっけ?」
「はい、きょんたっていうんですよ」
「可愛い名前ですね。ぴったりだよ、よかったねえ」
きょんたはお兄さんに頭を撫でられて、目を細めて「きょん」と鳴いた。
天界の人たちの中でも特にフレンドリーなお兄さんは「ねえ、ジュース飲む? しゅわっとした飲み物があるよ、何色がいいかな……よーし、グリーンで!」と言いながら、カウンターに置いてある小さな冷蔵庫を開けた。
「これはどうかな。上に美味しいミルクアイスを乗せた、クリームソーダという爽やかでクリーミーな飲み物ですよ」
不思議なミニ冷蔵庫の中には、すでに美味しそうな飲み物が用意されていた。
「しゅわっとするんですか? 美味しそうですね」
「なんか、特大サイズで出てきちゃったな」
お兄さんが、澄んだ緑色でとてもいい匂いのする飲み物の入った大きなコップを持ってきてくれた。僕にインプットされた常識で、それは地球で好まれているポピュラーなドリンクだとわかった。
「美味しい! これ、すごく美味しい飲み物ですね」
ソーダとアイスを一緒に食べても、素晴らしく美味しい!
地球の食生活は素晴らしいんだね。
「きょんたくんにはハムとチーズが挟まったサンドイッチがいいかな。もちろんコロンくんの分もありますよ。ここで食べたり飲んだりしたものは現実世界には影響しないけれど、味は抜群だから楽しんでね」
「はい、ありがとうございます。あの、その冷蔵庫から温かいものも出てきたり、するんですか?」
「するんですよー、いいところに気がついたね」
お兄さんがそう言いながらカウンターに戻り、中からサンドイッチをふた皿出してカウンターに置いた。すると、冷蔵庫がオーブンレンジに姿を変えた。ドアを手前に開けると、中にはホットコーヒーとホットドッグがふたつ、入っている。
「というわけで、ホットドッグもいかが?」
「あっ、運ぶの手伝いますね」
「ありがとう」
お兄さんにコーヒーとホットドッグを、僕にホットドッグとサンドイッチ、きょんたにサンドイッチをテーブルに置く。
僕だけ食いしんぼう?
育ち盛りだからね、いいんだよ。
ホットドッグには炒めたキャベツとジューシーな太いソーセージが挟まっていて、そこにたっぷりのケチャップとマスタードがかかっている。
これはすごい組み合わせだと思うよ。
熱々ふわふわのパンが具のいいところをぐぐっと包み込んで、キャベツとソーセージのハーモニーを支えている。口いっぱいに広がる肉汁と少し焦げた香ばしいキャベツ! トマトの旨みが真っ赤に主張するケチャップと、あまり辛くないのにつんと香りが立つスパイシーなマスタード!
これは完璧な食べ物だよ!
きょんたが僕のクリームソーダを羨ましそうに見たので、お兄さんは笑ってお皿に入ったソーダ水にちょこんとアイスが乗ったものを持ってきてくれた。
きょんたは鼻にアイスをくっつけて、夢中でペロペロ舐めて、時折りしゅわっとした刺激にくしゃみをしている。
クリームソーダの魅力は、天狐も虜にしてしまうんだね。
「ナラクでの暮らしはどう? 魔物と戦うのは辛くないですか?」
「けっこう大丈夫ですよ! 僕、ダイヤモンド一家でタンクの役目を請け負っているんですよ。それでね、……」
僕は始まったばかりの冒険者生活について、お兄さんに熱く語った。
お兄さんは相槌を打ちながら熱心に聞いてくれた。
「芸術家肌で平和を愛するコロンくんが、危険と隣り合わせで暴力に満ちたナラクで生きていくのは、天界の管理人一同、とても心配していたのですが、お話を聞いて安心しました」
「最初は僕に魔物狩りができるのかなって不安だったんですよ。棍棒もまともに振れないし。でも、ダイヤモンド一家のみんなが僕にできることをがんばればいいんだって言ってくれたんです。『幸運』をつけてくれて、ありがとうございました。おかげで素敵な人たちと知り合うことができました」
「いえいえ、そう言っていただけてよかったです。コロンくんには、天狐くんを助けてもらった大恩がありますからね」
「助けたというか、一緒に落ちちゃいましたけど」
「それでも助かったんですよー」
お兄さんが、飲み食いして満足したきょんたを膝に乗せて、撫でながら言った。
「天狐とは、とても力のある存在なのです。そして、獣の魂が磨かれて天狐として成長するのには大変な時間と努力が必要なんですよ。もしもきょんたくんがひとりでナラクに落ちてしまったら、生まれたての天狐の魂が恐ろしい世界に順応してしまい、魔獣に生まれ変わってしまった可能性が高いのです」
「魔獣……それになったら、きょんたは?」
「目につくものを見境なく喰い殺す、とても恐ろしい存在になったでしょうね。その力でナラクの世界を破滅させかねませんでした」
「ええっ、破滅?」
僕はお兄さんの膝でうとうとする、幸せそうな子狐を見た。
「霊峰のてっぺんに落ちて、その衝撃で辺りの魔力を吸い込んで……そんなことをしたら、とんでもない魔獣になりますからね。ルアンの街なんてひとたまりもないでしょう。そうなったら、せっかく天狐になれたきょんたの魂も穢れてしまい、もう天界には戻ってこれない悲しい存在になったでしょうね」
僕は、ダイヤモンド一家のみんなや、ルアンの街で知り合った気のいい人たちが、邪悪な魔物と化したきょんたに襲われて、苦しんで死んでいくことを想像して怖くなってしまった。
「でも、現実には、コロンくんが身体を張って天狐を守ってくれました。だからきょんたくんは、無邪気な天狐として生きていくことができるんですよ。本当にありがとうございます」
よかった。
あの時、迷いなくきょんたを助けに飛び込んで、本当によかったよ!




