第19話 逃走
「ミケ、足止めできるか?」
「ふっ、もちろんだ」
ミケランジェロくんが不敵に笑った。そして、僕に左手の甲を見せて「俺の信仰心を見せてやるぜ」とかっこいいポーズをとった。
「あれ……ミケランジェロくんの手になにか書いてあるね」
手の甲に綺麗な模様がついている。この世界のおしゃれなのかな?
「これは神のエンブレムっていうもんだ。本来なら聖職者はエンブレムの描かれたペンダントを身につけるんだけどさ、俺は神殿に喧嘩を売って追放されたはぐれ神官だから、ペンダントは持てない。その代わりに神への信仰心を手の甲に彫ったのさ」
強い意志で彫ったタトゥーなんだね。
よく見ると、ひし形の中に十字架があしらわれて、そこに花のような複雑な形の細かい装飾が重なっている。
「この辺の模様はな、信仰が深まるにつれて成長してきたヤツなんだ」
「ええっ、模様が増えてくるの? なんかかっこいいね」
「まあな」
そんなことを話していると、いよいよ魔物の姿が視認できた。
かなり遠くの魔物の動きを、テオドールさんは地面の振動で感知できるらしい。魔力には限りがあるから、偵察魔法を使わずに敵襲がわかるテオドールさんの特殊な能力は優れものだという。
魔法というと、火や雷や氷を使ったどんぱちが迫力があるけれど、実際にはテオドールさんのような一見地味な土魔法とか、僕の転がりとかがとても役に立つ。
それに火で燃やすよりも刃物を使って魔物を仕留めた方が、商品価値の高い状態で倒すことができる。
これが人間同士の戦いだと話が違ってくるけれどね……。
「おっし、行くぜ!」
ミケランジェロくんが左手を高く掲げると、アグネスさんが「コロン、しっかりと目を閉じなさい」と注意してくれた。
「えっ、秘密の技なの?」
「違うわ、身を守るために……ほら!」
「わあ」
僕の後ろに回ったアグネスさんが、両手で僕の目を塞いだので、ドキドキしてしまった。
「神よ、ご加護をありがとうございます。ミケランジェロはあなたのために戦う聖なる戦士であり、敬虔なる下僕です。神の名の下に発します、『神聖閃光』!」
ミケランジェロくんがお祈りと呪文を唱えた。
しっかりと目隠しされているというのにアグネスさんの手を通り越して、僕の目の前が明るくなる。ものすごい光量が、ミケランジェロくんから発されたようだ。
そして「うわあああああーっ、目が、目がああああああーっ!」というミケランジェロくんの悲鳴が聞こえた。
「この隙に逃げるわよ!」
アグネスさんが僕を突き飛ばしたので、頭にきょんたを乗せたまま僕は転がった。
「目があああああーっ!」
テオドールさんに抱き上げられたミケランジェロくんが、派手に叫んでいる。
「いいから早く回復をかけろ」
アグネスさんが僕をコロコロと蹴り転がして、横ではミケランジェロくんをお姫様抱っこしたテオドールさんが疾走している。
「大丈夫なの?」
「大丈夫よ、いつものことだから。ものすごく眩しい光を放って魔物たちを硬直させる神聖魔法なんだけど、宗教上の理由で、神官は自分の行使する魔法から目を逸らすことが許されないの」
アグネスさんは「あんなに強い光を出せる神官はなかなかいないのよ。大型の魔物ですら、ミケのフラッシュの前では硬直するんじゃないかしらね」と笑った。
ミケランジェロくんは『神聖回復』という魔法を使って、自分で目を治した。
「うひー、痛かったぜ! だが、こんなことで俺の信仰心は揺らがないのだ!」
なんかかっこよく宣言しているミケランジェロくんを、テオドールさんが「治ったなら自分で走れ」とぽいっと捨てた。身体能力が高いミケランジェロくんは、くるんと受け身をとって立ちあがり「兄貴が酷い」と文句を言いながら走り出した。
「ねえ、さっきはなんの魔物が来たの?」
僕は転がりながらアグネスさんに聞く。
彼女は調子良く僕を蹴飛ばしながら(今は緊急事態だから、蹴っても許す!)「驚くことに、クマが群れで出たのよ。ホーントベアに、ブルーホーントベア、おまけにレッドアグリーベアまでいたわ。一匹だけでも大変なのに、あんなのにかまっていたら普通に全滅しちゃうところだわ。おまけに小型だけど足の速い魔物も従えていたみたいね」と教えてくれた。
クマ、怖い。
群れを作らないはずなのに、僕たちは運が悪かったのかな? 幸運スキルはどうしたんだろう。全員無事だったんだから、やっぱり幸運かもしれないな。
でも、ミケランジェロくんがいてくれたから、安全に撤退できたんだよね。彼は思ったよりもすごい魔法使いなのかもしれない。
「もう大丈夫だ、ついて来ていない」
街の外壁が見えてテオドールさんが止まったので、みんなで止まる。僕は転がり停止をしてすっくと立った。
テオドールさんは地面に手のひらをついて、魔物の群れがいないことを再度確認している。
「緊急事態だから蹴っちゃった。ごめんね」
アグネスさんが笑顔で謝ったので、僕も「いいよ、緊急事態だもん」と笑顔で許した。
緊急じゃなくなっても楽しそうに蹴り続けていたけれどね。ちゃんと見てたんだよ?
「うちのパーティはね、ミケがいるから安全に撤退ができるのよ。普通ならこうはいかなくて、下手をすると街まで魔物を連れて来てしまうこともあるの。ルアンの街は一般の人もたくさん住んでいるから、街を危険にさらすと罰則があって、多額の賠償金を取られることもあるから注意するのよ」
「そうなんだね」
慎重に魔物の気配を探っていたテオドールさんは、立ち上がると「問題ない」と言った。
「コロン、今回のように魔物の行動がいつもと違う場合には、ギルドに報告する義務がある。魔物を売る前にやってしまおう」
僕たちは街に入って市役所のような冒険者ギルドの建物に行き、中に入ると、「コロンの専属だからな」とエルザさんの座る初心者受付に向かった。
「ダイヤモンド一家さん、お疲れさまです」
エルザさんがにこやかに声をかけてくれる。テオドールさんが「草原の奥、森の付近で、魔物の行動が不審だったので報告したい」と言うと、表情を変えずに「それでは、別室でお願いします。コロンくんについても詳しく聞きたいですしね」と席を立ち、他の職員に窓口を任せた。
「コロンくんの初めての現場だったのに、大変だったのかしら」
「大丈夫です、狩りは安定してできました。スキルが役に立つことがわかってよかったです」
「それはよかったですね。冒険者としてやっていけそうですか?」
「はい、もっと狩りをしてみたいです」
部屋に入ると、エルザさんに勧められてソファーに座った。
「コロンの転がりスキルは、ストーンボアでも余裕で対処できる」
テオドールさんが、今日の狩りについて話す。
「できればホーントベアにも当ててみたかったのだが、想定外のことが起きた。クマの魔物が格下を引き連れて、群れで現れたんだ」
「しかも、戦意が高かったよな。かなり遠くの方から俺たちを狙って近づいてきたぜ」
「そうね。草原だからといって油断をすると危険よ。クマに対応できる中堅の冒険者以外は、草原だからといって安易に奥に行かない方がいいと思うの」
「……ギルマスに報告して、警報を出しますね。皆さんも充分注意してください」
エルザさんに後を託して、僕たちは買取り所に向かうことにした。




