第17話 もっと奥の方へ
「これでは効率が良すぎるな。この辺りのウサギを根こそぎ狩り尽くしてしまう」
短剣を閃かせて次々にミツメウサギに引導を渡していたテオドールさんが言った。
僕の周りには、軽く二十匹を越えるウサギが集まってきて、めちゃくちゃ体当たりをして僕を転がしている。その背後から「うおおおおーっ、これは楽しいな!」とキラキラした笑顔の美少年が、転がしに夢中で無防備になったウサギを杖で殴り飛ばす。
「ウサギは斧には向いていないのよね、ぐちゃぐちゃになっちゃうから」
殺傷力が強すぎる美少女は、丁寧にナイフでウサギを切り裂いている。ぴょんと飛び上がったところを、的確に喉笛を切り裂くあたり、アグネスさんの戦闘センスがうかがわれる。
「テオ兄貴、俺の収納力にも限度があるぜ」
「初心者向けの魔物をこれ以上減らすわけにはいかない。移動するぞ。ミケ、コロンを転がせ」
了解! と返事をして、ミケランジェロくんがウサギの群れに飛び込んで僕を奪い取った。
「いひひひひひ、コロンはもらったぜ!」
悪党みたいな笑い方をしてウサギを蹴散らしたミケランジェロくんに、憎悪に染まったミツメウサギの赤い目が一斉に向けられたが、彼は気にせず、先導するテオドールさんに向けて僕を両手で押して思いきり転がした。
さらにアグネスさんの蹴り……蹴り? 蹴るなんて、アグネスさん酷いよ!
サッカー美少女もびっくりなアグネスさんの蹴りも加わり、僕は草原をものすごい勢いで転がって進む。
ダイヤモンド一家が疾走し、僕は転がる。
これはなかなかの移動のペースじゃない? 転がっていると疲れないし歩くよりも楽ちんだよ。
「よし、この辺りでいいだろう」
テオドールさんが言ったので、僕は転がるのをやめてアグネスさんの前にすっくと立った。
『蹴ったね』という気持ちを込めて無言で見ると、彼女はにっこり笑って「蹴ってごめんね」と言った。
僕も「いいよ」とにっこり笑って許した。
いや、だってさ、可愛い女の子に『ごめんね』をされたら許さないわけいかないじゃん。別にミケランジェロくんでも『ごめんね』をされたら許すけどさ。友達だもんね。
「今のは緊急の場合だったから仕方ないけど……次は手で転がしてくれる?」
「わかったわ。緊急の時以外は手で転がすわね」
話し合いで解決してよかったね。
けれど、テオドールさんはなにか文句があるようだ。
「コロン、笑顔になるな。女子に蹴られて喜ぶのはどうかと思う」
円滑なコミュニケーションのために笑っただけなのに、ものすごい言いががりじゃん!
「ええええーっ、テオドールさんったらなにを言ってるんですか! 全然喜んでないですよ。なんでそんなことを思いつくのかなあ、ちょっとキモ……」
僕はテオドールさんを見て首を傾げながら「まさか、変態?」と呟いた。それはテオドールさんの耳に届いたらしく、彼は真っ赤な顔をして「おうふ、違う」と言い、その場にしゃがみ込んでしまった。
え、図星なの?
いやだわ、この人かっこよくて頼りになるイケメンなのに、変態だったわー、やだー、キモー。
そんな僕に、アグネスさんが優しく言った。
「コロン、兄さんは真面目なんだから、あんまりいじめないであげて」
「わかった、アグネスさんは優しいね。でもさ、変なことを思いついたのはテオドールさんだからね」
「それもそうね。変な言いがかりをつける兄さんが悪いわ。わたしもちょっと気持ちが悪かったもの」
「気持ち悪かった、だと?」
さらにショックを受けたテオドールさんは「違う、違うんだ」と言い訳をしつつ、まだ立ち上がれない。
クセの強いワイルド系のミケランジェロくんと、思いきりが良すぎるクール女子のアグネスさんと比べて、普通のシスコン(?)だと思っていたテオドールさんだけど、やっぱりダイヤモンド一家は全員ちょっと変ということでいいかな。
まともなのは僕だけだね。
「兄さん、呆けている場合じゃないわ。向こうに見える森はベア系の魔物の縄張りよ」
テオドールさんの心を叩きのめしたアグネスさんが、さらっと注意する。
「リーダーなんだからちゃんとして」
「……そうだな」
俯き加減のテオドールさんは、立ち上がると短剣を手にした。ちょっとだけ気の毒に思ったけど、さっきの発言は許してないからね。
アグネスさんに、僕まで変態の仲間だと思われたくないもん。
精神的ダメージを受けたことは忘れたように、キリッとしたイケメンに戻ったテオドールさんが教えてくれた。
「コロン、ベア系の魔物は遠距離魔法を使わないが、その分を身体強化と巨大化に使うため、とにかく身体が大きくて力がある。互いに殺し合ってしまうからほとんど単独で現れるが、万一ひとりの時に出くわしたら全力で逃げた方がいい」
「わかりました」
そうなんだ、クマは怖いよね。
それが魔物だったら、余計に恐ろしい相手だよ。
「まれに森から出てくることがあるが、ここでは中型の魔物に注意するんだ。身体が大きい割には速度もあり、攻撃力も高いからな」
「兄貴、来るぞ」
ミケランジェロくんが杖を構えると、テオドールさんとアグネスさんも迎撃の準備をする。
「僕は?」
「まずは見ていろ」
テオドールさんに言われたので、きょんたを頭に乗せた僕は棍棒を手にしてどこから魔物が来るのかなと辺りを見回した。
ここは僕が落ちてきた霊峰と呼ばれる不思議な山からは離れた場所で、所々に腰の高さくらいの草が生い茂った草むらがある。
少し離れたところには木々が立ち並んでいて、その周辺から森に向かって見通しがかなり悪くなっていく。
さっき昼ごはんを食べながら、今日狩る予定の魔物についてすでに教えてもらっている。
ここまで街から離れると、お馴染みのミツメウサギやツノネズミといった小型の魔物は見られない。
身体の色を周りに合わせて見つかりにくくなるカクレイノシシや、なぜか七色の小さめなダチョウが群れで襲いかかってくるナナイロミニダチョウ、大きいのに短すぎて長いさつまいもみたいな形で変な感じのミジカイヘビなど、奇妙な魔物が出てくるらしい。
「なにが出てくるかな?」
「きょんきょん」
テオドールさんが手を挙げると、そこに高さ二メートル幅三メートルくらいの土の壁が地面から生えた。
連続してなにかがぶつかって、土煙をあげる。
「ダチョウみたいだね」
赤、青、黄色、緑、オレンジ、紫、ピンクという派手な色をしたダチョウたちが、「キョエーッ!」という奇声をあげながら壁を破壊して、その先にいたテオドールさんに飛びかかろうとした。
けれど、その横からダチョウに迫っていたアグネスさんが斧を一振りして二羽を片づけ、ミケランジェロくんが一匹を殴り倒す。
テオドールさんが避けながら一羽の首を切り落とすと、オレンジのダチョウの身体を蹴り飛ばした。
三人は落ち着いた動きであっさりすべてのダチョウを倒してしまった。
「お見事ですね」
「おう」
ミケランジェロくんが、首を切り落とされたオレンジ色のダチョウを逆さ吊りにして血をダラダラ流しながら「こいつは血抜きして俺がしまっとくから、他の六羽はコロンがしまえよ」と言った。
「手伝ってあげるわ」
アグネスさんが笑顔で死んだダチョウを押しつけてくる。
いじめじゃないよね?
親切な気持ちだと信じていいんだよね?
ダチョウたちは、魔物らしく口が首の方まで大きく裂けていて、白目をむいた怖い顔をしているので、僕はなるべく目を合わせないようにして胸ポケットにしまった。
「これ、斧で切ったから中身が出ちゃったの。いいわよね?」
アグネスさんが倒した二羽のダチョウは、かなり酷い見た目になっている。
「嫌だよう」
僕は半泣きになって、中身が出ちゃったダチョウもきちんとしまった。




