第16話 初めての戦闘
おなかもいっぱいになったし、ギルドの座学で新人冒険者の心得も学んだので、ついに僕は草原で魔物狩りデビューをすることとなった。
緊張する僕に、テオドールさんは五十センチくらいの長さの棍棒を渡した。
「手ぶらだと不安になるからな。こんなものでも持っていたら心強いし、この長さなら転がる邪魔にはならないだろう」
「ありがとうございます」
ミケランジェロくんは「ちょっと待ってろよ、コロンは殴る練習をした方がいい」と言って、十メートルくらい先に駆けて行った。そして、素早く杖を振るうと片手にミツメウサギの耳をつかんで戻ってきた。
ウサギは今日も口が耳まで裂けていて、頭がべっこりと凹んでいる。モフモフしているのに全然可愛くない。
「おまえ、絶対に殴り慣れていないからな。いざという時のために、その棍棒でこいつを殴っておけよ。ボロボロになっても構わねえから、思いきりやれ! そら!」
「えー……」
「えーじゃねえよ、なにをかわいこぶってるんだ。魔物をやらなきゃこの先生きていけねえよ、死んだウサギくらいキリキリ殴りやがれ!」
ミケランジェロくんに叱咤された僕は、妙に手に馴染む棍棒で目の前に吊るされたウサギをポフンと殴った。
「駄目駄目、そんなんじゃウサギに食い殺されちまう。もっと殺意を入れて殴れよ、さあ!」
怖いよ。いや、殺意は大事だと思うけどさ。
「コロン、がんばって! ウサギを殴って! こう、こうやるのよ!」
アグネスさんが応援してくれる。いつも冷静なのに、両手を握りこぶしにしてぶんぶん振って、可愛い。
「コロン、ウサギを殺らねばミケが首に食いつかれると思って殴れ」
テオドールさんがアドバイスしてくれたので、ミケランジェロくんがウサギに襲われているところを想像しながら殴った……んだけど、駄目だ、ミケランジェロくんはウサギを皆殺しにする虐殺神官じゃん!
自分でウサギをぺちゃんこにする姿しか浮かばないよ!
「ちっ、おまえ、俺を助ける気がねえな?」
「違うよ、ミケランジェロくんが強いことがわかりきっているから、想像できないんだよ」
「それは仕方がないな! 俺は敬虔な神の下僕であり魔物の天敵である有能な神官冒険者だからな!」
ミケランジェロくんが腰に手を当てて高笑いしたので、ウサギから出る汁が白い神官服にべったりとついてしまった。アグネスさんは嫌な顔をして「ミケ、汚いわ。浄化しなさい」と命じた。
有能な神官は浄化の魔法も得意なので問題ない。
「……それなら、きょんたがウサギに襲われると思えよ」
耳をつかんでミツメウサギをぶらぶらさせながら、ミケランジェロくんはきょんたを見た。
「まだ子狐だからな、魔物に襲われたらひとたまりもないぜ。ほら、うわあっ、大変だ、魔物がきょんたを食おうとしているぞ!」
ミケランジェロくんが謎の演技をすると、僕の頭に乗っていたきょんたは「きょ?」と鳴いて地面に降りた。ミケランジェロくんが激しくウサギを振る。
「きょんたが食われるーっ、無垢な子狐を救うことができるのは、コロンだけだぞ!」
「きょっ、きょーん!」
賢いきょんたが魔物に襲われている雰囲気を出して、僕に向かって助けを求めるように鳴いた。
「きょーん! きょーん!」
「きょんた、今助けるよ!」
僕は棍棒を振り上げると、ミツメウサギに力いっぱい叩きつけた。
「まあ……なんだ。やろうという気持ちが大事なんだ」
ミケランジェロくんが、僕の背中を妙に優しく叩いて言った。
「おまえは転がりできょんたを守ればいい。そうだよな?」
「……どうせ僕は、攻撃力が虫レベルだよ」
「虫の魔物もいるが、もっと強いぜ」
「胸をえぐる真実を告げるのはやめてよ!」
うん、知ってたよ。
どんなにがんばっても、僕の攻撃はポフンポフンなんだよ……。
「気を取り直して行くぞ」
テオドールさんは僕の落ち込みをさらっとスルーして、予定通りに出発を告げた。さすがはリーダー、メンタルが強い。
これから草原をしばらく歩いて進んで、ミツメウサギやツノネズミといった初心者向けの魔物が多く出没する場所に向かう。そこで僕は、本物の魔物と戦うのだ。
「まずはウサギの体当たりを転がりでいなしてみろ。可能ならそこから攻撃の体勢に持っていけるといいが……」
「それは難しいと思います」
「だな。まずは実際に転がりを使ってコツをつかんでみろ」
「はい」
アグネスさんが草むらに入って、遠くにいるミツメウサギに石を投げた。彼女に気づいたウサギが二匹、こちらに向かってかけてくる。
「一匹削るぜ」
ミケランジェロくんが片方のウサギを殴って倒す。アグネスさんは斧を見せて「間抜けな耳長、こっちよ」と魔物を煽る。魔物には言葉は通じないはずだけど、馬鹿にされているのを感じ取ったのか、怒りで真っ赤な三つの目をギラギラさせたウサギが、裂けた口から涎を垂らしながら猛ダッシュで駆けてきてアグネスさんに飛びかかった。
「危ない!」
僕はアグネスさんとウサギの間に入って攻撃を受ける。
「しまった、頭にきょんたが乗ったままだった!」
「きょん!」
そのまま僕は吹っ飛んで転がった。なぜかきょんたを頭に乗せたまま、綺麗に転がる。これも天狐の不思議な力なのか、きょんたには怪我はない。
「びっくりした、大丈夫?」
「きょん」
大丈夫らしい。
と、そこへ再びウサギが突っ込んできた。ミケランジェロくんは楽々殴るけれど、ミツメウサギは走る速度が速くジャンプ力が優れていて、かなりの身のこなしを見せる。幼い子どもだったら、襲われたらひとたまりもなさそうだ。
僕はまた転がった。
棍棒を活躍させる余裕はまったくない。
「コロン、どうだ?」
僕はテオドールさんに「ダメージはありません。問題なく攻撃を無効化できるみたいです」と言った。
またウサギが向かってくるから、一応棍棒を構えておこうかと思ったら、別の方向から衝撃があって転がった。
違うミツメウサギだ。
えっ、なんか、集まってくる?
「うわあ、すごいウサギの数だよ」
気がついたら、十匹以上のウサギが僕を転がしている。みんな僕に夢中で、そのまま草の上を転げ回っていると、ミケランジェロくんとアグネスさんが余裕の表情でウサギを仕留めているのが見えた。
「見事にヘイト《にくしみ》がコロンに集まっているわね」
「ヘイトじゃなくて、面白いんじゃね? コロン転がしって遊びなのかもよ」
「魔物が遊ぶかしら?」
お喋りしながらどんどんウサギを倒して、ミケランジェロくんのマジックポーチに詰め込んでいく。
テオドールさんが「これは効率がいい。タンクとして有望だな。コロンには魔物をひきつけるなにかがあるのかもしれない」と、腕組みをしながら言った。




