第13話 初心者講習
『銀の輪亭』はとてもいい宿だ。
まず、宿のオーナー夫妻の人柄がいい。
荒れた土地の宿屋って、乱暴な人とか腕に覚えのある元冒険者じゃないと難しいんだろうと思ったけれど、ここの夫妻はごく普通の人で物腰も丁寧だ。
僕が気づかないだけで、実はすごいスキルを持っていて、めっちゃ実力者なのかもしれないけれどね。
この宿は中堅の冒険者のための宿で、そこそこの費用がかかるが、素朴だけれど清潔な部屋とお日様の匂いのするベッドで眠ることができる。
ギルドの格安宿泊施設とは大違いだ。
この格差が身にしみて、早く一人前の冒険者になろうと努力するらしい。
ちなみにもっと強い冒険者だと、パーティで拠点を借りることが多いそうだ。
この宿にはお風呂は付いていないけれど、銅貨二枚でお湯を買い、湯浴み所で身体を拭くこともできる。冷たい水でかまわなければ、井戸の水で洗面もできるし、身体がひどく汚れてしまった場合には水浴びもしていいそうだ。
ダイヤモンド一家ではミケランジェロくんがいるため、浄化の魔法を使ってもらえるけれど、汗だくで魔物と戦う冒険者にとって、ありがたいサービスだ。
ミケランジェロくんは、神聖魔法と生活魔法が使えるそうで、生活魔法がとても便利そうで羨ましい。僕も使えるようになりたいので、あとで教会でお祈りしてみようと思う。
『神の落とし子』は神様の加護がもらえやすいから試してみる価値はあるって、ミケランジェロくんが言ってた。
「おはようございます」
朝起きて井戸の水で顔を洗ってから、きょんたを頭に乗せて食堂に向かった。そこにはアグネスさんがすでに座っていて「コロン、おはよう。ここにかけなさいよ」と一緒の席をすすめてくれた。
「コロンは朝、自分で起きられるのね。偉いわ。兄さんもきちんと起きられる人だから、ミケを引きずってすぐに来てくれるはずよ」
なるほど、ミケランジェロくんは起きられない子なんだ。
朝イチで美少女に褒められて、ラッキーな一日が始まりそうだね。
寝ぼけ顔のミケランジェロくんを連れて、今朝も朝からワイルドにイケメンなテオドールさんが「おはよう」とやって来た。
ミケランジェロくんは「はよー」と半眼をかまして挨拶する。せっかくのいい顔が台無しだよ。
パンと干し肉と野菜を煮込んだスープが朝食として提供されたので、僕たちは朝からしっかりと食べて宿を出た。
駆け出しの新人は基本的に節約生活なので、おなかいっぱい食べられることは少ないらしいから、僕は幸運だ。幸運スキルがちゃんと仕事をしてくれている。
きょんたもペット用の食事を出してもらえた。彼も天狐だから、きっと幸運なんだと思う。
ロボのごはんは大丈夫なのかなと思って腕輪に聞いてみたら、かしょんかしょんいいながら人型に変形して、妙に気持ちのこもったジェスチャーで『空気中の魔素を自動的に吸い込んでいるので、自分のエネルギーは大丈夫ですよ。ご心配くださりありがとうございます』と伝えてくれた。
まだこの世界に慣れていないせいか、ロボはちょっと怖いみたいで、用が済んだら腕輪に戻って僕の腕にしがみついている。
見た目はごつい金属製のロボットなのに、可愛い子だ。
僕は、今日は初心者講座を申し込んでいるので、冒険者ギルドに向かった。三人は消耗品の買い出しや武器を見に街をうろつくらしい。
ミケランジェロくんが「昼メシを食いに行こうぜ! いい店を教えてやるよ」と言っていたので、昼食を取る習慣があるらしい。それを楽しみにがんばろう。
今日の初心者講座は、午前中の座学だけだったせいか、参加者が少なかった。やっぱり冒険者を目指す人は、どちらかというと肉体派なんだろう。僕は知識も重要だと思うんだけど、この世界についてよく知らないからそう考えるのかな?
あとで地理や簡単な歴史なんかも勉強したいと思う。
案内された部屋で待つのは僕と、知り合い同士らしい女の子と男の子だけだ。
女の子の方がこっちをチラチラ見ながら「あの変なかっこうの子、昨日訓練所でベテランに散々転がされてた子じゃない?」と男の子に囁いている。
違うよー、転がされたんじゃなくて転がってたの。自発的なやつなの。
「見るからに弱そうだわ。冒険者になったらすぐに死んじゃいそう……」
勝手に殺さないで欲しいな。
男の子が「そうだね」と同意する。
「あの服は変わったデザインだけど、高そうな生地を使っているぜ。防具もろくに揃えずにあんなかっこうで訓練所に行くなんて、お金持ちのおぼっちゃんが、浮ついた気持ちで冒険者になろうとしてるのかもしれない。それはよくないよ、ふざけてる」
「講習をきちんと受けるのはいいことだけど、よほどがんばらないと、あっという間にやられちゃうと思う」
ふたりはこっちをにらむように見た。
僕はなにも悪いことをしていないんだから、にらまれる筋合いはないね。
てことでキリッとした顔でにらみ返すと、なにを思ったのかふたりが椅子から立ち上がってこっちに来た。
なんだよ、喧嘩を売りに来たの?
ワイルドな俺だからな、買ってやるぜ!
「おい、おまえ。俺はフランクってんだ。彼女はステイシー。おまえの名前は?」
「ぼ、俺は、コロンだ」
ちょっとだけ声が震えちゃったけど、ワイルドな口調でがんばるよ。
「俺になんか用、かよ?」
「いや、今、仲間になりたそうにこっちを見てただろ?」
え?
それは誤解なんだけど。
「あなた、もしかすると、昨日、先輩冒険者にいじめられてたんじゃないの? あんなに転がるなんておかしいもの」
女の子が怖い顔で言った。落ち着いて見てみると、サラサラの長い金髪で青い瞳をした、気の強そうな美人さんだ。
「面倒なことになる前に、ギルドに間に立ってもらった方がいいぜ」
フランクは怒ったような口調で言うけれど、内容はとても親切だ。
「えっ、違うよ! あれはスキルの検証をしていただけで、いじめられてないよ。僕は、じゃなくて俺は、一番のスキルが転がりなんだよ。こう見えても、ちょっとばかり役に立つんだぜ」
「転がるのがスキル?」
「聞いたことないわ。珍しいわね」
「ふっ、まあね。ちょっとばかり特殊なスキルなんだ」
僕はワイルドに親指を立ててニヤリと笑って見せたけど、頭の上に乗ってるきょんたが「きょん? きょん?」とふたりに向けて鳴いたもんだから「うえっ、こいつ生きてた! 帽子じゃねえのかよ」「うわあ、可愛い! 狐の子だわ。さわってもいい?」と注目を全部持ってかれちゃったよ。
と、部屋に僕の担当になってくれたエルザさんが入ってきた。
「こんにちは。今日はわたしが教官になります。よろしくお願いします」
僕たちは席について「よろしくお願いします」と頭を下げた。フランクくんもステイシーちゃんも、意外と礼儀正しいね。
講習の内容は、冒険者ギルドの施設の使い方と依頼の種類と大まかな報酬、それからこの付近に生息する魔物についてだった。
初めての狩りへの心構えかな。
まずは図書室の図鑑を読むことをお勧めされた。
できるなら、ギルドの店で売っているノートを買って、魔物の特徴を自分なりにまとめておくといいらしい。
実際に戦ったら、そこにどんどん情報を書き込んでいくそうだ。
「感覚で依頼を選んで危険な目に遭わないためにも、このような下準備をしっかりすることが大切です。感情のままに戦って、大怪我をしたり亡くなったりした例を、わたしはたくさん知っています。命を落としてからでは遅いのですよ。新人のうちから癖をつけてください。ちなみに有名な冒険者になるパーティは、どこも事前調査を徹底しています」
つまり、そうしないと強くなるまでに死んじゃうってことだね。
さらにエルザさんに、稼いだお金をギルド貯金として貯めて、装備を充実させることの大切さとか、回復薬などの消耗品の揃え方、魔物を狩ることで身体に魔素が取り込まれて、スキルが身につくこと、非常時には召集がかかるのでその対応についてなど、いろいろなことを教わる。
「今日、この講習を受けたあなた方は、生き残ってレベルを上げていける冒険者と思います。なにか相談ごとがありましたら、遠慮なくギルド職員に相談してください。なんなら、ギルドマスターに相談してもいいです。わたしたちは、冒険者の皆さんに生きていて欲しい、それを一番の願いとして日々働いています」
ギルドの熱い気持ちが伝わって来た。
それと一緒に、気をつけないと簡単に死んでしまう世界だということもわかった、
ナラク、怖い。
油断しないで生き残ろう!




