第6話 神域の協力者(後編)
秋葉原のアジト。
ロキは外部ネットワークから完全に物理遮断された検証用のパソコンに、ミコから受け取った黒いUSBメモリを接続した。
画面に次々と展開される膨大な暗号化データを、ロキが自作の解読ツールで強引にこじ開けていく。数分後、モニターには信じがたい情報の羅列が浮かび上がった。
「……驚いたな。お前の言う通りだ」
モニターの光に照らされながら、ロキは低く唸った。
「紅龍資本の末端から、北京の共産党幹部に繋がる複雑な資金洗浄のルート。そして、日本の大物政治家や地元名士たちへ渡った裏金の日付と金額が、一円単位で完全に網羅されている」
「でしょ? 厳重な地下金庫の分厚い鉄扉をピッキングして、警備員の目を盗んでデータを引っこ抜いてきた甲斐があったわ」
ミコは部屋の隅にある古びたソファに腰を下ろし、出された缶コーヒーを弄りながら誇らしげに微笑んだ。
「北海道の水源地、沖縄の米軍・自衛隊駐屯地周辺、さらには都内の重要インフラ施設付近……。奴ら、合法的な不動産取引を装って、日本の防衛と生存に関わる急所を的確に押さえに来ている。これに協力して私腹を肥やしている売国議員のリスト……ざっと五十人はいるな」
ロキの瞳に、静かだが激しい怒りの炎が宿る。
他国に軍事力で支配されることだけが侵略ではない。カネという見えない暴力で国土を削り取られていくのも、立派な侵略だ。
「どうするの? このデータをマスコミにばら撒く?」
「そんな生温いことはしない」
ミコの問いに、ロキは即答した。
「世間に公表したところで、政治家はトカゲの尻尾切りで秘書に罪をなすりつけて逃げる。奪われた土地も、合法的な売買の体裁をとっている以上、法的には簡単に取り戻せない。……俺がやるのは『奪還』と『壊滅』だ」
ロキはメインのモニターに向き直り、猛烈な速度でキーボードを叩き始めた。
ミコが持ち帰ったのはただの帳簿データではない。オフラインで厳重に管理されていた紅龍資本の「マスター認証キー」も含まれていたのだ。ロキにとって、それは最強の武器となる。
「奴らの隠し口座にある資金……総額で約三千億円。これをすべて、足のつかない数十万のダミー暗号資産に分散変換して、完全に消滅させる。そして同時に、土地の所有権移転登記のデータベースに侵入し、奴らが買い漁った土地の登記簿をすべて『国庫帰属(日本国の所有)』に書き換える」
「登記簿の改ざん? 法務局がすぐに気づくわよ」
「気づいたところで、奴らは表立って異議を唱えられない。裏金で買った不正な土地だと自ら証明することになるからな。さらに、三千億円の裏金が消えたとなれば、北京の共産党指導部は激怒し、紅龍資本の連中を『汚職』として容赦なく粛清するはずだ。日本の売国奴どもには、裏金の受領証拠を国税庁と特捜部のサーバーに直接送りつけてやる」
「……日中の売国奴と侵略者を、同時に社会的に抹殺するのね」
「ああ。神の国をカネで切り売りした罪は、自らの破滅で贖ってもらう」
ロキの指が、最後にひときわ強くエンターキーを弾いた。
「ヤタガラス、飛べ」
ネットワーク空間に放たれた自律型プログラムが、瞬く間に紅龍資本の堅牢なファイアウォールを内部から食い破る。莫大なチャイナマネーが電子の海へと次々と消え去り、同時に、外国資本に奪われていた日本の大地が、法務省のデータベース上で次々と『日本国』のものへと帰還していった。
明日の朝、ニュースは紅龍資本の突然の巨大なデフォルトと幹部たちの不可解な失踪、そして日本の大物政治家たちへの一斉ガサ入れで持ちきりになるだろう。
「見事ね」
モニターの青白い光に照らされたロキの横顔を見つめ、ミコが感嘆の息を漏らした。
「お前の『足』と『腕』がなければ不可能だった。……悪くない手土産だ、ミコ」
ロキは初めて、ミコに向かって微かな、しかし確かな信頼を込めた笑みを見せた。
「これで、アメリカの盾(J-イージス)を奪い、中国の資本(紅龍)を叩き出した。だが、まだ日本の首を絞める見えない鎖は無数にある」
「ええ。天皇陛下が憂いなく祈りを捧げられる、真に美しく、誇り高き日本を取り戻すまで……私たちの戦いは終わらないわ」
サイバー空間の神「ロキ」と、現実世界の影「ミコ」。
決して交わるはずのなかった最強の矛と盾を手に入れた二人は、窓の外、夜明けが近づき白み始めた東京の街を静かに見下ろしていた。




