第4話 見せかけの盾(後編)
「うざったいな、この猟犬は」
深夜のアジトで、ロキは舌打ちをした。
トライデント・システムズの防衛AI『ケルベロス』は、三つの異なるベクトルから同時に反撃を仕掛けてきていた。
IPアドレスを偽装し、世界中のサーバーを経由させたロキの足跡を、恐るべき演算能力で逆探知しようとしている。
一つでも防壁を破られれば、数秒でこの秋葉原のアジトが特定され、明日にはCIAか米軍の特殊部隊がドアを蹴り破ってくるだろう。
だが、ロキは焦らなかった。
彼は自ら組み上げた自律型プログラム『ヤタガラス』の群れを一斉に解き放った。数万のダミー・パケットがケルベロスの視覚を塞ぎ、囮となってアメリカ中のサーバーへ散開していく。
「犬の相手はカラスに任せる。俺は本丸だ」
ケルベロスがヤタガラスの処理にリソースを割いたコンマ数秒の隙を突き、ロキはトライデント・システムの最深部へ滑り込んだ。
そこには、軍事機密の壁に守られた「J-イージス」のマスター暗号キーが、まるで心臓のように脈打つように存在していた。
「見つけたぜ、日本の首輪」
カチャッ、とエンターキーを叩く。
ロキはただキルスイッチを無効化するだけでなく、システムの根幹コードそのものを書き換え始めた。アメリカ本国からのバックドアを完全に物理切断レベルで封鎖し、逆にペンタゴンからのアクセスをすべて弾き返すように再構築する。
さらに、彼が仕掛けたのは「日本の国土防衛」に特化した独自の迎撃アルゴリズムだった。もし今後、他国が日本の領空・領海に無断で侵入し、それが軍事的脅威であると判断された場合――たとえそれが「同盟国」のアメリカの軍用機であろうと、システムは容赦なくロックオンする。
「これで、J-イージスは真に日本の盾となる」
作業を終える直前、ロキはふと手を止め、キーボードの横に置かれた菊の紋章が彫られた小さな銀のライターに目をやった。
戦時中、特攻隊員だった曾祖父が遺した品だという。彼らは、天皇陛下万歳を唱え、この国を守るために散っていった。彼らが命を賭して守り抜こうとした「神の国」は、戦後、カネと保身にまみれた大人たちによって売り飛ばされた。
「英霊たちよ、見ていてくれ」
ロキは静かに祈るように呟き、最後のコマンドを実行した。
『Execute.(実行)』
その瞬間、遠く離れたバージニア州のトライデント社メインサーバーは深刻なエラーを吐き出し、完全な沈黙に陥った。ペンタゴンに設置されたJ-イージスの監視モニターも一斉にブラックアウトする。
アメリカ側が異変に気づき、復旧を試みようとした時にはすでに手遅れだった。
日本の防空システムは彼らの手から完全に離れ、真の意味で「独立」を果たしたのだ。システムの中枢には、ロキが残した日本語のメッセージだけが冷たく表示されていた。
『神の民、ここに目覚める。不可侵を穢す者は、何人たりとも許さない』
――翌朝。
日本政府内は極秘裏に大パニックに陥っていた。防衛省に設置されたJ-イージスのターミナルが、突如としてアメリカ軍のアクセスを拒絶し始めたからだ。
「どういうことだ! ペンタゴンから『システムを返せ』と凄まじい抗議が来ているぞ!」
「それが……我々にも手出しができない状態になっておりまして。システム自体は正常に稼働しているのですが、アメリカ側のコントロールを一切受け付けません!」
右往左往する官僚たちをニュースの映像で冷ややかに眺めながら、ロキは冷めたコーヒーを飲み干した。
「慌てろ、売国奴ども。本当の恐怖はこれからだ」
アメリカという後ろ盾を失い、自力で国防を担わなければならなくなった時、この国の腐りきった政治家たちはどう動くのか。そして、急激に存在感を増す隣国・中国は、この機をどう突いてくるのか。
天皇陛下の御前で、真に誇れる独立国家を取り戻す。
その果てしない道のりの、まだ第一歩を踏み出したに過ぎない。
ロキはモニターを切り替え、次なるターゲットのリストを表示させた。そこには、日本のインフラを買い漁る中国の巨大ファンドや、米軍基地の移設利権に群がる黒幕たちの名前が連なっていた。




