第3話 見せかけの盾(前編)
箕浦防衛大臣とスミス司令官の「同時失脚」から一ヶ月。
永田町とペンタゴンは突然の不祥事と内輪揉めに激震が走っていたが、ロキの視線はすでに次の標的へと向けられていた。
深夜の秋葉原、彼の拠点。
三面並んだモニターの中央には、何万行にも及ぶ複雑なソースコードが滝のように流れている。
それは、日本政府が数兆円という血税を注ぎ込み、アメリカの巨大軍需企業『トライデント・システムズ』から導入を進めている次世代防空ネットワーク「J-イージス」の極秘プログラムだった。
「……やはりな。ただの『見せかけの盾』だ」
コードの深淵を泳いでいたロキの指がピタリと止まる。
政府やメディアは「これで我が国の空の守りは完璧になる」と誇らしげに喧伝していたが、現実は全く違っていた。
ロキが暴き出したのは、システムのコアに巧妙に隠蔽された「キルスイッチ(強制停止指令)」の存在だった。
もし仮に、日本がアメリカの意に反する独自の防衛行動を起こそうとした場合。
あるいは、アメリカにとって都合の悪い事態が起きた場合、ペンタゴンからのたった一つの遠隔コマンドで、日本の防空ネットワークはすべて機能停止し、沈黙する仕様になっていたのだ。
「同盟国? 笑わせる。これじゃあ首輪をつけられた番犬以下だ」
ロキの瞳に、静かで冷たい怒りの炎が灯る。
莫大な維持費を払ってアメリカ製の兵器を買わされ、生殺与奪の権はすべてあちらが握っている。これのどこが独立国家なのか。
これのどこが、神々が作り給うた不可侵の「神の国」なのか。
天皇陛下が安寧を祈り続けるこの美しい国土を、他国の指先一つで無力化されるようなガラクタに預けるわけにはいかない。
「俺が本当の盾に変えてやる」
ロキは冷たいカフェイン飲料を一口あおり、再びキーボードに手を乗せた。
目標は明確だ。トライデント・システムズのバージニア州にあるメインサーバーに侵入し、キルスイッチのマスター暗号キーを奪取。そして、システムを日本側から完全に書き換え、アメリカの干渉を永遠に遮断する。
しかし、相手は世界最高峰のセキュリティを誇る軍産複合体の中枢だ。先日の料亭のハッキングのような小細工は通用しない。
『警告:未知のプロトコルからの接触を検知。防衛AIプロセスを開始します』
ロキの放った探査プログラムが、トライデント社の第一階層ファイアウォールに触れた瞬間、画面全体に赤黒い警告ウィンドウが立ち上がった。相手の軍事用サイバー防衛AI、通称『ケルベロス』が牙を剥いたのだ。
「いいだろう。アメリカの番犬 対 日本のトリックスターだ。……少しは楽しませてくれよ」
ロキの唇の端が、不敵に吊り上がった。
部屋の気温がわずかに下がったかのように錯覚するほどの、研ぎ澄まされた集中力。モニターの鋭い光が、猛烈な速度で躍動する彼の指先を照らし出していた。日米のサイバー空間を跨いだ、静かで過酷な戦争の火蓋が切って落とされた。




