第2話 売国奴の宴(後編)
数分後、分厚いファイアウォールの壁は、ロキの仕掛けたゼロデイ攻撃の前にあっけなく瓦解した。
「ビンゴだ」
画面に、スミス司令官が個人的にケイマン諸島に開設している隠し口座のデータが羅列される。同時に、箕浦防衛大臣が管理する極秘の政策草案ファイルも完全に掌握した。
だが、ロキはデータを週刊誌やネット掲示板にばらまくような真似はしない。そんな下世話な暴露では、彼らが一時的に失脚するだけで、すぐに別の「誰か」が代わりを務めるだけだからだ。
ロキが選んだのは、彼らの間に「決定的な亀裂」を生じさせることだった。
カタカタカタッ……!
キーボードを叩く音が、静かな部屋に小気味よく響く。
まず、中国のダミー企業から反対派のダミー団体へ振り込まれる予定だった裏金・約五億円の送金先を書き換える。向かう先は、スミス司令官の隠し口座だ。
さらに、ロキは高度な偽装工作を施し、二人のスマートフォンに同時に「警告メッセージ」を送信した。
スミスの端末には、ペンタゴン(米国防総省)のサイバー軍を装った緊急通知。
『警告:同席している箕浦の端末から、中国国家安全部へ音声データがリアルタイム送信されている。直ちに接触を断て』
そして箕浦の端末には、内閣情報調査室のトップを装った暗号メール。
『緊急:スミス司令官の口座に中国から多額の資金流入を確認。彼は北京の二重スパイである可能性大。ただちに退避されたし』
送信エンターキーを叩いた瞬間、スピーカーから流れる料亭の空気が一変した。
『……っ!?』
『な、なんだこれは……!』
ほぼ同時にスマートフォンを確認した二人の息を呑む音が、マイクを通して鮮明に伝わってくる。
先ほどまで親しげにグラスを交わしていた和やかな雰囲気は、一瞬にして凍りついた。
『ミ、ミスター箕浦。……あなたのその電話、電源を切りなさい。今すぐにだ』
『スミス司令官こそ、一体どういうことだ! 中国から金を受け取っているのか!? 騙したな!』
『ファック! 盗聴器を仕掛けているのはお前だろうが!』
ガシャン、と陶器が割れる激しい音。取っ組み合いにでもなったのか、罵声と怒号が飛び交う。外で待機していたSPたちが慌てて障子を開けて飛び込んでくる足音までが、リアルに響き渡った。
互いが互いを「中国の犬」だと疑い、米国と日本の腐敗した政治家同士が牙を剥き出しにして殺し合う。これで箕浦の政治生命は終わり、スミスも本国で厳しい査問委員会にかけられることになり、軍法会議は免れないだろう。
さらに、裏金が消えたことで、反対派と中国系ダミー企業の間にも血で血を洗う内輪揉めが起きるはずだ。
「……醜いな」
スピーカーの電源を切り、ロキは深く息を吐き出した。
作戦は完璧に成功した。アメリカ、中国、そして腐敗した日本の権力者。三者を同時に罠にはめ、自滅へと誘導したのだ。
しかし、ロキの顔に達成感はなかった。
こんな小悪党を何人片付けたところで、この国を覆う巨大な「支配の構造」は揺るがない。首都の空は依然として横田空域として米軍に支配され、地方の土地は合法的に外国資本に奪われ続けている。
ロキは立ち上がり、部屋の壁に掛けられた日章旗を見上げた。
その奥深くにある、皇居の森。二千年以上前から続く、この国の精神的支柱。
「まだ始まったばかりだ……」
彼が次に狙うターゲットは、より深く、より巨大な闇。
日本の防衛システムの中枢に食い込んでいる、アメリカの巨大軍産複合体そのものだった。




