第1話 売国奴の宴(前編)
数日後。雨の降る金曜日の夜。
東京・赤坂にある高級料亭『松ヶ枝』の裏門に、黒塗りのハイヤーが音もなく滑り込んだ。
ロキは自室のモニター越しに、その様子を冷ややかな目で見下ろしていた。
料亭周辺の防犯カメラは、すでに彼の支配下にある。さらに、ターゲットが胸ポケットに入れているスマートフォンのマイクも、数時間前に遠隔操作でハッキング済みだった。
モニターの横にあるスピーカーから、雨音に混じって男たちの生々しい声が流れ込んでくる。
『――で、例の法案の件だがね、スミス司令官』
声の主は、現職の防衛大臣である箕浦だった。
テレビカメラの前では「自主防衛の強化」を声高に叫ぶ保守派の論客として知られているが、その実態はアメリカの意向に逆らえない典型的な傀儡だ。
『心配には及びませんよ、ミスター箕浦。我々米軍への思いやり予算増額と、沖縄・辺野古周辺での治外法権エリアの拡大。これが通れば、あなたには次期総理の椅子を約束するよう、本国にも話をつけてあります』
『ははは、それは心強い。しかし、地元の反対派がうるさくてねぇ』
『それについても手は打ってあります。反対派のリーダー層には、ダミーの中国企業を通じて“裏の協力金”が流れる仕組みを作りました。彼らも金には勝てませんからな』
スピーカーから響く、品性の欠片もない笑い声。
「……右も左も、結局はこれだ」
ロキはギリッと奥歯を噛み締めた。
アメリカに安全保障を丸投げし、自国の領土を切り売りして私腹を肥やす政治家。そして、反米を叫びながら裏では中国のチャイナマネーに群がる活動家たち。
彼らは皆、自分たちの利益のために「日本」という国を貪り食う寄生虫だ。
『神聖なる国土を、なんだと思っている……』
ロキの脳裏に、かつて祖父から聞かされた話が蘇る。
彼の祖父は、戦後の混乱期から日本の真の独立を夢見て活動した国粋主義者だった。しかし、志半ばで謀略に巻き込まれ、非業の死を遂げた。祖父がいつも手を合わせていた皇居の方向。その畏れ多くも尊い存在を、今の政治家たちはただの「象徴」としてしか見ておらず、敬う心すら失っている。
「許さない。お前らのような売国奴に、この国を触らせるものか」
ロキはキーボードに両手を乗せ、目にも止まらぬ速さでタイピングを開始した。
彼が狙うのは、箕浦大臣のスマートフォンの中にある「裏帳簿」のデータだけではない。スミス司令官がアクセス権限を持つ、在日米軍司令部の末端ネットワーク。
ただ世間にスキャンダルを暴露するだけでは、トカゲの尻尾切りで終わる。ニュースが数日騒いで、また別の売国奴が代わりに座るだけだ。
「俺がやるのは『告発』じゃない。『破壊』だ」
ロキの黒い瞳に、モニターの冷たい光が反射する。
彼の指先から放たれた無数のコードが、赤坂の料亭から発せられる微弱な電波を伝い、米軍の堅牢なファイアウォールへと音もなく忍び寄っていく――。




