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天才ハッカーによる日本独立物語  作者: ロキ
第2章

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第25話 トロイの木馬と羊の皮

東京都心から電車で三十分ほど下った、埼玉との県境に位置する某市。かつては町工場と閑静な住宅街が同居する、絵に描いたような日本の平穏なベッドタウンだったその街は、わずか二年の間に異様な変貌を遂げていた。

駅前のロータリーを占拠しているのは、日本人ではない。

黒や鈍色の、全身をすっぽりと覆う独特な民族衣装に身を包んだ数百人の外国人たちだった。彼らは雨に打たれることも意に介さず、拡声器を手にして理解不能な言語で何かを声高に叫び続けている。

『我々に祈りの場を与えよ!』

『不当な差別を許すな! 難民の生活を保証しろ!』

彼らが掲げる横断幕には、拙い、しかし異様に攻撃的な日本語が並んでいた。

駅を利用する地元の日本人たちは、傘で顔を隠すように俯き、まるで自分たちの街であるはずの場所で「侵入者」のように肩をすぼめて足早に通り過ぎていく。

「……嘆かわしい光景ね」

駅前の雑居ビルの屋上。雨よけの貯水タンクの影から、その光景を冷ややかに見下ろしている影があった。

漆黒のライダースジャケットに身を包み、背中に日本刀を背負ったミコだ。彼女の長く美しい黒髪は雨に濡れて頬に張り付いているが、その瞳は刀の切先のように鋭く、眼下の群集を射抜いていた。

デモ隊を取り囲むように数十人の日本の警察官が配置されているが、彼らはただ盾を構えて防戦一方になっているだけだった。

外国人たちがわざと警官の盾に体当たりをし、大げさに転び回る。すると、周囲に待機していた別の者がすぐさまスマートフォンを掲げ、その様子を撮影し始めるのだ。少しでも警官が実力行使に出ようものなら、「日本の警察による非人道的な難民弾圧」として、瞬時にSNSを通じて世界中へ拡散される仕組みができあがっていた。

『ミコ、見えているか?』

ミコの耳に装着された骨伝導イヤホンから、微かな電子音と共にロキの低い声が響いた。

「ええ、特等席で見ているわ。……警察は完全に手足を縛られている。彼らは『かわいそうな難民』という絶対的な盾の使い方を熟知しているわね」

ミコは忌々しげに舌打ちをした。

視線の先にある商店街の入り口。古くからこの土地の氏神を祀ってきた小さな神社の鳥居には、彼らの宗教シンボルである三日月に似た幾何学模様がスプレーで醜悪に殴り書きされ、神聖なしめ縄は無惨に引きちぎられて泥だらけの地面に踏みにじられていた。

天皇陛下が祈りを捧げる八百万の神々の国。その精神性が、明確な悪意を持って泥を塗られている。

『無理もない。相手はミサイルでも戦闘機でもないからな。J-イージスも、俺が組んだ絶対防空網も、人間の盾には反応しない』

秋葉原の地下数十メートル。かつての旧帝国陸軍の防空壕を再構築した新たなアジトで、ロキは壁一面に広がるホログラム・モニター群を睨みつけていた。

アメリカ第七艦隊の威圧を退け、中国の軍事AI「天網」との死闘を制してから二年。日本は「デッドマンズ・スイッチ」という究極の抑止力を手に入れ、外からの武力侵略に対しては完全な不可侵領域を築き上げた。

しかし、国家の崩壊は常に「内側」から始まる。

ここ数ヶ月、中東と中央アジアの国境地帯に突如として建国を宣言した新興宗教国家『聖国メギド』からの移民・難民が、爆発的な勢いで日本に流入していた。

彼らは「絶対唯一神」を信仰し、他のすべての宗教や文化を「異端」として徹底的に排斥する過激な教義を持っている。表向きは「母国の戦乱から逃れてきた難民」を装い、国際人権団体(NGO)を手引きにして、合法・非合法を問わず日本に居座り続けていた。

「ロキ。彼らはただの難民じゃないわ。街の看板は彼らの言語で上書きされ、夜になれば数十人の集団で我が物顔に練り歩き、地元の日本人に因縁をつける。完全にこの街を『乗っ取る』つもりよ」

『ああ。これは銃や爆薬を使わない侵略行為……「人口動態戦争デモグラフィック・ウォーフェア」だ』

ロキの指がキーボードを叩くと、ミコのコンタクトレンズ型ディスプレイに複雑なデータのグラフが投影された。

『現代の戦争は、軍隊同士が撃ち合うだけじゃない。人権、多様性、ポリコレ……そういった美辞麗句の皮を被せたトロイの木馬を敵国の内部に送り込み、社会のインフラにタダ乗りさせ、治安を悪化させ、最終的にはその国のコミュニティを内部から破壊する』

モニターに映し出されたのは、メギドからの難民を支援している日本の人権NGO団体の口座記録だった。

『奴らの資金源のルートを洗ってみた。NGOの口座に、海外の無数のダミー暗号資産ウォレットから、毎月数十億円という桁違いの裏金が流れ込んでいる。そのカネを使って、奴らは日本の地方都市の土地や空き家を相場より高く買い占めているんだ』

「そして、そこに同胞を大量に住まわせ、日本の法律が及ばない自治区を勝手に作り上げているというわけね」

ミコは強く拳を握りしめた。

武力による外からの侵略は防げても、弱者の仮面を被って内側から入り込んでくるウイルスには、日本の法制度はあまりにも無力で、お人好しすぎた。

『奴らの背後には、間違いなく巨大な黒幕がいる。強固な主権を持った独立国家・日本を快く思わない、グローバル資本や国際組織の連中だ。奴らは、自分たちの言うことを聞かない日本という国境を、内側から溶かして消滅させようとしている』

「ロキ。武力侵略じゃないからといって、このまま見過ごすわけにはいかないわ。神域を荒らす不浄な輩は、私が祓う」

ミコの声には、冷たい怒りが満ちていた。

『当然だ。アメリカの猟犬も中国の赤い龍も追い払った俺たちが、どこかのカルト教団の侵略を許すはずがない』

ロキのタイピング音が、冷たく、そして鋭く地下要塞に響く。

『まずは奴らの「拠点」を探る。ミコ、駅の北側にある巨大な廃工場へ向かってくれ。あそこは現在、奴らが買い占めて「礼拝所」として不法占拠している場所だ。そこに、このデモを裏で操っている指導者がいるはずだ』

「了解。少し、荒療治になるかもしれないわよ」

「構わん。日本の神々の怒りを、その身に刻み込んでやれ」

通信が切れると、ミコは屋上の縁から身を翻した。

冷たい雨の降る日本の夜の闇へ、天皇の影は一羽の黒い鳥のように音もなく溶け込んでいった。

見えざる侵略者たちとの、静かで、しかし国家の存亡を懸けた新たな戦争が、今まさに幕を開けた。

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