第11話 神風の如く(前編)
「撃て! 撃て! ターゲットを蜂の巣にしろ!」
地下二階のメインサーバー室前に、鼓膜を破るようなM4カービンの銃声が響き渡る。
放たれた無数の5.56ミリ弾がガラス張りの壁を粉砕し、火花を散らしてサーバーラックに弾けた。
しかし、ミコはその弾幕の嵐の「死角」にすでに潜り込んでいた。
通路という狭い空間では、人数の多さは逆に射線が被るという弱点になる。先頭の兵士が味方の誤射を恐れて一瞬引き金を緩めた隙を、ミコは見逃さない。
「はぁっ!」
鋭い呼気と共に、ミコの手から三本の飛刀(クナイに似た暗器)が放たれた。それらは正確に先頭集団の太ももと肩口を貫き、悲鳴を上げて前線が崩れる。
その混乱に乗じて距離を詰めたミコは、倒れ込んできた兵士の防弾ベストの襟首を掴み、肉の盾として後続の射線を塞いだ。
『クソッ! 女一人に何を手こずっている! 閃光弾を使え!』
無線から飛び交う怒号。だが、ミコは一歩も引かない。天皇陛下とこの国の尊厳を取り戻すためのデータ抽出が完了するまで、何があってもこの扉は抜かせない。
一方、外部の隠れ家でキーボードを叩くロキの額には、大粒の汗が浮かんでいた。
『無駄な足掻きだ、日本のボーイ』
スピーカーから、ケインの冷酷な声が響く。
『お前が私の仕掛けたハニーポットの底からデータを引き上げている間に、お前の現在のIPアドレスと物理座標は完全に特定された。……今頃、お前のいる建物の周囲は、我々の別働隊が包囲している頃だ』
「……ッ!」
ロキは舌打ちをした。確かに、監視モニターの片隅で、隠れ家の周辺に不審な黒いバンが複数台接近してくるのが映っている。
『さあ、チェックメイトだ。大人しく投降しろ。お前のその技術、CIAでなら高く買ってやってもいい』
「ふざけるな。誰が毛唐の犬になんてなるかよ!」
ダウンロード率:97%……98%……。
あと少しだ。だが、このままではミコが限界を迎えるか、自分が別働隊に踏み込まれるのが先か。
「ロキ! こっちはもう長くは持たないわ!」
イヤホンから、ミコの息の上がった声と激しい銃声が聞こえる。
「耐えろ、ミコ! ……99%……よし、100%! 抽出完了だ!」
ロキは血のにじむような力でエンターキーを叩き込んだ。
その瞬間、横田基地の地下サーバーから吸い上げられた「日米密約」の全データが、ロキの構築したボットネットを経由し、全世界へと解き放たれた。
日本の全キー局の報道部門、大手新聞社、霞が関の全省庁のサーバー、さらにはSNS上の数千万のアカウントに向けて、アメリカが日本を植民地支配していたという決定的な証拠が、一斉にばら撒かれたのだ。
『……貴様ッ!! 何という真似を!』
これまで余裕を見せていたケインの声が、初めて怒りでひび割れた。
「帝都の空は返してもらったぜ、ケイン。……次はてめえらの番だ!」
ロキはデータの送信を確認した直後、物理ハッキングデバイス『スサノオ』の接続を強制切断し、ケインからの逆探知ルートを焼き切った。
「ミコ、仕事は終わった! ずらかるぞ!」
「どうやって!? エレベーターも階段も、完全に封鎖されてるわ!」
ミコが最後の閃光弾を投げ込みながら叫ぶ。
「俺が道を開ける! ……J-イージス、起動!!」
ロキの指先が、先日アメリカから奪い取ったばかりの日本の防空システム「J-イージス」の強制コマンドを叩き込む。
その数秒後。
横田基地の地下に鳴り響いていた「侵入者警報」のサイレンが、突如として別の、より絶望的な音色へと切り替わった。
ウゥゥゥゥーーーッ!! という、腹の底を揺さぶるような重低音。
『ALERT! ALERT! INCOMING MISSILE STRIKE!(警告! 弾道ミサイル接近中!)』
基地のスピーカーから、無機質なAIの絶叫が響き渡った。
ロキがJ-イージスのレーダー情報を偽装し、「所属不明の弾道ミサイルが横田基地へ向けて落下中」というフェイク・アラートを基地のシステム全体に強制送信したのだ。
『なっ……弾道ミサイルだと!? 迎撃システムはどうなっている!』
『ダメです、PAC-3が反応しません! 着弾まで残り三十秒!』
サーバー室を取り囲んでいた海兵隊員たちの動きが、完全に停止した。
どれほど訓練された兵士であっても、「核が落ちてくるかもしれない」という恐怖の前には無力だ。大パニックに陥った彼らは、侵入者の確保など放り出し、地下シェルターのさらに奥へと雪崩を打って逃げ始めた。
「ミコ、今だ! 基地の防爆シャッターが、ミサイル着弾に備えて自動で閉まる前に地上へ駆け上がれ!」
「神風を吹かせたわね、ロキ!」
ミコは散乱する薬莢を蹴り飛ばし、誰もいなくなった通路を猛烈なスピードで駆け出した。
ロキもまた、隠れ家のパソコンを叩き割り、窓から非常階段へと飛び出した。眼下の道路では、CIAの別働隊が乗る黒いバンから武装した男たちが降りてくるのが見える。
「本当の戦争は、ここからだ」
夜明けの空が白み始める中、日本の真の独立を告げる「証拠」が、社会という巨大な爆薬庫に火を放とうとしていた。




