第31話
ガキの頃から誰かを苛めて生きてきた。同じマンションの奴、同じ幼稚園の奴、同じ小学校の奴、同じ中学校の奴。
だって弱い者を泣かすのは楽しいから。苦しむような顔を見るのが好きなんだ。
仕返し?弱い奴らはできねえよそんなこと。そんなことにビビるだなんてダセえし。
だけど高校の同級生、いつも教室の隅で本を読んでたあいつだ。あいつだけはどれだけ俺が苛めても泣かなかった。読んでた本をパクってもどこ風吹くだった。
だから道端で見かけた時、また苛めてやった。だけどあいつは泣かない。
おかしいだろ。俺が苛めてるんだ。おい、泣けよ。嫌な顔をしろよ。苛められるを止めて欲しかったら金出せよ。
言えよ。ごめんなさいって。ああそうだ。悪いことをしてない奴が謝るのも好きなんだ。
ほら見せろよ。情けない姿を。惨めな姿を。それで俺の心が満たされるんだよ。
ああ?何だよ。何で今日はそんなに歯向かうんだ。いつも俺のこと無視するだろうが。
は?お前がこの前奪った筆箱には病気の弟がくれたキーホルダーが入ってた?
ハハハ!そんなお涙頂戴の物だったのかよ!悪かったな!
あ、そうだ。お前の筆箱、動物園のゾウがいる柵の中に昨日投げ込んだんだよ。面白くね?え?返さねえよ。動物園にあるんじゃね?知らねえ。
ああ?泣かねえなら面白くねえ。俺はもう帰る。じゃあな。
いてっ。何だ?
ちっ。あの野郎、俺のことを道路なんかに押して逃げやがった。・・・え?クラクションの音?
あれ?どうして俺は倒れてるんだ?どうしてこんなに血が出てるんだ?なんでこんなに痛いんだ?
あれ?体に力が入らない。あたまが・・・ぼーっと・・・してきた・・・。
おれ・・・しぬ・・・のか・・・?
◇
「俺は別に魔王を崇拝してるわけじゃねえ。でもお陰で転生できたからな。言うことさえ聞いていればここで好きに生きられる」
魔王配下の幹部であるディマイラリズはパオゴローと戦闘を繰り広げられる中でこう話しかける。
「そうですか。でも僕は君のことが嫌いです」
そう答えたパオゴローは手に持っていた剣を遂にギマイラリズに振り上げ、そして斬りかかるが。
「効かねえよ」
こう言い放ったギマイラリズはその攻撃を片腕で防ぐと、パオゴローの腹を思い切り蹴り上げた。
「くっ!」
「その剣は意味無いんだよ。魔物の魂以外は斬れないしな。俺、普通の魔物と少し違うって言ってるだろ?」
そしてギマイラリズが片手を天に掲げると、それまで指示を待って空を旋回していた魔物達が一斉にパオゴローの方へと向かってくる。
その数は凄まじいが、パオゴローは叫ぶ。
「でもこいつらには効くんでしょう!」
うずくまりディマイラリズから蹴られた腹を抑えていたパオゴローは立ち上がると、その魔物達を次々と剣で斬る。すると魂が斬られたそれらは、ばたりばたりと音を立ててその場に落ちていく。
しかしパオゴローがそちらに集中していた間、ギマイラリズはその背後へと移動していた。
「さすがの前世がゾウの勇者様でもこれだけの相手は大変だな!」
今度は、ディマイラリズはパオゴローの背中を思い切り殴る。それでも勇者は歯を食いしばって力を入れて耐え、振り返って剣を使って攻撃する。
「だから効かないっての!初代勇者もバカみたいに斬りかかってきたが何の意味もねえんだよ!」
ディマイラリズの方はどれだけ剣で体を襲われようが、全く怯まず笑顔を浮かべている。
「はあはあ・・・」
体の耐久力が強いパオゴローでもさすがに息が上がり一旦体が止まると、「まだまだ俺は疲れてないぞ?」とギマイラリズがパオゴローの顎目掛けて拳を飛ばしてきた。
「・・・っ!!」
それでもパオゴローは攻撃をギリギリのところで避け、ディマイラリズから少し距離を取って頭をフル回転させる。
パオゴローは手を抜いているわけでは決してない。戦いの始めに本人が宣言した通り、前世での因縁もあってかむしろこれまで以上に気持ちを入れて戦闘をしている。
しかし、相手の見た目は完全なる人間。
それが影響しているのか、どうしてもパオゴローは彼を殴り殺すほどの力を込めることができない。頭では力を入れるように指示をしているのだがどうしても体が言うことを聞かないのだ。
同じような状況で言えば、死んだ人間の皮を被って擬態していたゴーレムと対峙したこともあるのだが、それらとはまた違う。ゴーレムは剣を使えば魂を斬ることができたからだ。
(ディマイラリズを倒せる方法。この剣では意味が無いことは分かってます。それじゃあユイズさんに結界を展開させますか?)
こう考えたパオゴローはちらりとユイズの方を見る。しかし彼女も自身に向かってきている複数の魔物と魔法を駆使して戦っていてそれどころではない。
それにギムもダメだ。何とかユイズによる防御魔法に守られているが、まだ意識朦朧で横たわってしまっているし、近くには巨大な青いドラゴンがいる。
そもそもディマイラリズは本人の言うことが正しければ魔物用の対策は意味が無い。そうなると仮に結界を展開させたところで効果が無い可能性も高い。
「どうしますかね・・・」
「おいおい。もう少し殴り合おうぜ。こういう喧嘩に憧れてたんだよ、俺は!」
パオゴローが頭を悩ませているとディマイラリズが走って距離を詰めてくる。
繰り返すがパオゴローの耐久力は高い。これまで魔物から攻撃を受けたこともあったが大きな怪我を負うことは無かったし、回復も早い。
しかし今日は違う。これまで対峙した魔物とは異なる雰囲気を醸し出しているディマイラリズ相手だとこれまで通りに戦うことができない。
それでも仕方なく剣を腰に戻したパオゴローがディマイラリズの接近に注意しながら「あれ?あ、そう言えばこれって・・・」と呟き腰に目をやると、この状況を唯一打開できるかもしれない道具がその目に入った。
だがそれに気を取られているうちにギマイラリズのパンチが、とうとうパオゴローの頬をヒットする。
「ぐっ・・・!」
それを食らったパオゴローはディマイラリズからの攻撃はこれまでの魔物のそれとは異なると感じた。
例えばフィル王国宮殿前のステージ上で多くの魔物に囲まれた時。あの時もパオゴローは魔物の攻撃を食らっていたのだが、致命傷に至らないどころか攻撃を受けてよろけることも皆無だった。
しかし今回は違う。
そしてパオゴローはやはり、その理由を“ギマイラリズが人間の要素を残している”ことだろうと一本化はできていた。
(だけど、どっちですか?肉体が人間で魂が魔物?それとも肉体が魔物で魂が人間?)
仮に前者であれば切り札でどうにかできる。しかし後者だったらもう勝ち目は・・・。
顔にディマイラリズの拳が当たったことで体勢を崩しながらも勇者は迷う。今ここで探りを入れるべきか、それとも賭けに出るか。
ただ地面に倒れ込んだパオゴローの視界にはディマイラリズの膝が。これを食らえば、さすがにヤバい・・・。
彼がそう考えた瞬間、ユイズの声が耳に届く。
「パオゴロー!アタシもギムもアンタのことを信じるから、いつもみたいに動きなさいよ!アンタ、勇者でしょ!」
「ハハハ!良い仲間を持ってるな!ゾウの癖に!」
そして顔に飛び込んでくる膝だが、バランスを崩しながらもパオゴローはそれを片手で受け止める。
「ちっ!おい魔物共!勇者を殺せ!お前らの仲間を殺しまくった奴だぞ!」
この号令によってさらに空中から魔物達が向かってくるのだが、パオゴローは賭けに出ることに決めた。
「ユイズさん!お願いがあります!ディマイラリズ以外の魔物を何とかしてください!そしてギムさんの防御魔法を解いてください!」
「血迷ったか!ゾウの勇者!」
そしてパオゴローの指示を聞いたユイズはこう答える。
「任せてパオゴロー!ここまで来たら一蓮托生よ!・・・もしここで死んだって、一緒にポンコツ女神のところに行って転生してもらって何度でも魔王にリベンジに行くわよ!」
ユイズはこう叫ぶと渾身の力を込めて四方に強力な電撃を放つ。
「黒焦げになりなさいよ!アンタ達の最期は魔法使いのアタシが看取るわ!」
電撃は地上にて自身と戦闘している魔物だけでなく、空中にいる魔物にも直撃していく。そしてそれらが丸焦げになっていくと同時にユイズはギムの防御魔法を解くが、それを見計らってギムを襲おうとしていた青いドラゴンにも魔法で攻撃をする。
「ギムに触るんじゃないわよ!」
それなりに距離がある中で、ユイズは青いドラゴンの方向に巨大な炎を放つ。それはとてつもないスピードで向かっていき、一瞬にしてそのドラゴンを火だるまにした。
「お前らあ!調子に乗るなよ!」
怒りの表情を浮かべたディマイラリズは足元にいるパオゴローの首を掴み、持ち上げ、その息の根を止めようとするが・・・。
「・・・ギ、ギムさん!お願いがあります!こいつの動きを止めて、地面に伏せさせてください!」
パオゴローがこう言い終わるかどうかのところでギムも雄たけびを上げ、体に鞭を打ってディマイラリズの方へとと飛び込んでいく。そして。
「ガァァァァァ!」
「クソっ!裏切り者めが!」
ディマイラリズの体にはギムの牙がめり込み、さらに前足を使って地面に組み伏せた。
「パオゴロー!お前に俺は倒せない!初代勇者もそうだったからな!」
しかし立ち上がったパオゴローは、右手に黒い棍棒を手にし、淡々とこう言い放った。
「初代勇者がどうのこうのは関係ないです。この賭けに僕が勝てば良いですから」
「お、おま・・・!どうしてそれを持っている!」
「どうしてって、リチェピワを倒した時に拾いました。これで何とかします」
こう口にしたパオゴローは棍棒を思い切り振りかざすと、何かを叫びながらパオゴローのことを睨むディマイラリズの頭を目掛けて振り下ろす。
そして鈍い音がした後、彼の体からは赤く光る球体が飛び出した。
「ガウガウガ!」
「分かってます!これは斬れます!」
ギムからの声掛けに応え、パオゴローは再び腰から剣を抜くと、その球体を力いっぱい斬った。
『あれ?体に力が入らない。あたまが・・・ぼーっと・・・してきた・・・。また・・・おれは・・・しぬ・・・のか・・・?』
真っ二つに裂かれたその球体からこのような声が漏れ聞こえた後、それはじきに消滅した。




