第32話
パオゴローはディマイラリズの肉体から飛び出た魂を斬った。
「・・・この棍棒、凄いですね。あの時拾っておいて良かったです」
そして地面に落ちている黒い棍棒を見つめながらこう口にすると、向こうで大の字になり空を見上げているユイズのことを、パオゴローは見つける。
「あー疲れた・・・」
「ユイズさん、大丈夫ですか?」
パオゴローはこう声をかけながら彼女に近づくが、ユイズの方は力の抜けた声で返答する。
「まあまだ生きてるからば大丈夫なんだけどさ・・・。あれはちゃんと始末しておいたわよ」
ユイズは指をさす方向には電撃や炎で丸焦げになった魔物が尋常じゃない数転がっている。
「ありがとうございます。助かりました」
「別に良いわよ・・・それよりギムは?」
「ギムさんは・・・」
パオゴローの力の無い言葉を聞いてユイズはその意味を察する。
「アタシはまだ動けないけど。どうせだったら今の内に楽にしてあげて」
ギムはディマイラリズから生み出された青いドラゴンから強烈な頭突きを受け、さらにその後落下して地上に頭をぶつけてしまった。それからは意識が朦朧となっていたのだが、最後の力を振り絞ってディマイラリズの動きを止めた様子をユイズも見たことで、もう覚悟はしていたのだ。
しかしギムへの想いを胸に秘めて彼女は目を瞑ったが、パオゴローは続く言葉を口にする。
「ギムさん、少しだけど元気になりましたよ。あそこに立ってます」
「・・・は!?」
ユイズは慌てて起き上がると、そこにはまだふらついていながらも、想像以上に元気いっぱいな様子のギムがいた。
「ガウガ!ウウガ!」
「ユイズさんが防御魔法で守ってくれた時に寝てたらしいんですけど、それで結構回復したらしいです」
「ど、どうなってんのよ?アンタの体は」
心配から一転して呆れかえるユイズだが、彼女は「で、これで一応全部の王国を解放したことになるの?」と口にして周囲をキョロキョロと見渡す。すると、その視線の先にあるものを見つけた。
「ね、ねえ。あれ、何?」
ユイズはパオゴローの肩を叩きながら指さす。そして「また魔物の卵ですか?」と答えたパオゴローもそれを見るが・・・。
「・・・あれ、ヤギですか?」
彼らから少し離れた場所にはヤギの頭のようなものが、まるで地面から生えているような状態で存在していた。そして不気味さを感じるそれはパオゴロー達の方を見つめながら口をゆっくりと開き。
「メエエエェェェェェ!!!」
けたたましいほどの大きな鳴き声を轟かせた。
「なにこれ!うるさい!」
「み、耳が割れるです・・・」
「ガ!ガウガウ!」
ギムが必死に『こ、これは魔王の・・・』という言葉をパオゴローに掛けたが、その全てが彼の耳へと届く前に、その意識は失われた。
◇
「で、誰ですかこの変態は?」
じきに目を覚ましたパオゴロー。
そんな彼の前にいるのは、ヤギの頭を両腕で大事そうに抱えた青年。この青年は肩まで伸びた黒い髪を携え、中世的で端正な顔立ちをしている。
ただその恰好は・・・上半身が裸。そして下半身には黒いスラックス。
「『この変態』だなんてそんな酷いことを言わないでよ・・・。我が、我こそが魔王なんだから」
「魔王・・・?ギムさんを殺さなくても会えましたね・・・」
自らを魔王と名乗ったその青年はヤギの頭をギュッと抱きしめて悲しそうな顔を浮かべる。
「しかしヤバめですね。まさか魔王がこんな変態だとは思いませんでした。さっさと倒さないと本当にヤバいです」
そう言ったパオゴローは自分の周囲を見渡すが、そこにユイズとギムの姿は見当たらない。・・・いや、見当たらないどころかこの場所はさっきまでと異なる。
青い空が広がる草原。そしてここは自分の精神世界だと、パオゴローは瞬時に認識した。
「魔王。勝手に僕の深層心理下に入ってくるのはやめてくれませんか。不法侵入ですよ」
不快感を露わにした彼はこう口にしながら腰にある剣を抜こうとしたのだが・・・。
「・・・あれ?届かないです。・・・ん?あれ?」
腰に手が届かないどころか自分の体がいつもと違うことにようやく気がついた。
四足歩行。グレーに近いような色をした大きな体。それに大きな耳に、地面まで伸びた長い鼻。
そう。この姿は。
「ゾウの姿ですね・・・」
パオゴローは前世の姿になっていた。
「どうかな?やっぱりそっちが其方の本当の姿だと思うんだ。我が戻してあげたんだけど・・・」
おどおどとした様子の魔王はこう言うと、ヤギの頭をさらに力強く抱きしめる。
「・・・確かにこっちの方がしっくりきますね。長くて自在に動かせる鼻は良いです」
パオゴローがゾウ独特のその長い鼻をぐるぐると器用に回しながら答えると、魔王は満足そうに笑みを浮かべて思わず声を上ずる。
「そうだよね!それこそが美しい其方の本当の姿なんだからね!」
しかしパオゴローは鼻の動きを止め、魔王の方に迫り、そのつぶらな瞳で睨む。
「でも僕はお前を倒しに来ました。オーガのゲユユパ、ケルベロスのガオノスケ、サキュバスのリチェピワ、そしてディマイラリズも倒しました。後はお前だけです」
「・・・だって、メーサブロー。どうしようか?・・・え?ふむふむ。ああ、そうだね」
すると魔王はメーサブローと呼んだヤギの頭を持ち上げ、その口元に耳を寄せる。そして何度か頷いた後、深刻そうな顔をパオゴローに見せた。
「メーサブローはこう言ってるよ?『前世がゾウの君がどうして人間を守るんだい?』だって。どうかな?」
「関係ないですね。ズイファ国王さんとの約束を守るためです。それだけです」
パオゴローが答えるが、魔王は「ちょ、ちょっと待ってよ・・・!」と顔色を変えて慌てた様子を見せる。
「もしかして其方は完全に人間に染まっちゃったの!?」
そして魔王は「確かに人間の姿になって色んな経験をしたのかもしれないけど!」と言うとさらにこう続ける。
「まさか人間なんかに肩入れするなんて思わなかった。これを用意しておいて良かったよ・・・」
肩をがくりと落とし、こう悲しそうな声で発した魔王はヤギの頭を愛おしそうに撫でる。
「何が言いたいですか?」
「其方はすっかり人間の思考になってしまったけど、本当はそうじゃないはずだ」
怪訝そうな顔を続けるパオゴローに対して魔王はヤギの頭を彼の方へと向けると、その口が開く。すると中からはもくもくと灰色の煙が出てきて、パオゴローの目がそれを覆われてしまった。
「っ!や、やめるです!」
「慌てないでパオゴロー。我が見せる映像を見て欲しいんだ」
長い鼻を使ってその煙を払おうとするパオゴローだが、じきに目の前には様々な映像が流れてきた。最初は首を必死に振ってそれを振り払おうとしたが、映像が鮮明になっていく中で、パオゴローは徐々に動きが落ち着いて行く。
そして気づけばそれに見入るようになっていった。
数分ほどが経過した後、パオゴローの目元にあった煙は消える。
「どうかなパオゴロー?其方に見せた映像の数々は。其方が前世の頃に生きていた世界、そして転生した世界だけでなく、様々な世界を人間達は征服しているんだ。でも人間は好き放題しているだろう?・・・我はもうそんなのはうんざりなんだよ」
魔王の話を、パオゴローは静かに聞く。
「・・・話を聞いてくれるんだね、ありがとう。そもそも、これまで各世界に現れてきた魔王というのは、人間による不当な支配に抵抗した自然が生んだ存在だったのかもしれない。我はそれを止めようと勇者を生み出していたことに恥じているんだ・・・」
そして魔王はパオゴローの方へと歩み寄り、ヤギの頭を抱えながらもその顔を優しく撫でる。
「提案があるんだ。我は“人間以外の生命体が各世界を支配するべき”だと考えた。そしてそれを実現する第一歩のため其方に協力を仰ぎたい」
続いて魔王は「前世の記憶やこれまでの旅のことを思い出してごらん。人間は完璧な生き物だったかい?」と尋ねると、パオゴローの体はピクリと反応した。
すると魔王はそれを見逃さず「我はむしろ、ガオノスケやディマイラリズを倒してくれたことに感謝しているんだ」とさらに語る。
自身は元々、転生を司る神のうちの1柱だったこと。
中でも色々な世界線に現れる魔王を倒すため、天界にいた死者の魂の中から勇者に相応しいものを選別する仕事をしていたが、次第に人間達の横暴さに怒りを抱いたこと。
そんなある時、“人間以外の高度知的生命体を作り出し、それに特定の世界を支配させる実験”を発案したこと。
「だけど我が設計した高度知的生命体には動力となる成熟した魂が必要だった。だから天界や地獄にあった色々な魂を物色したんだ」
そして魔王は自身の考えに賛同した魂を見つけて吸収し、さらに天界と地獄にいた多くの魂を引き連れて、いよいよ実験開始のためにクゥア王国へと降り立った。
・・・自身が新たな魔王となって。
「我が連れて来た魂の中には褒められたような前世じゃない者もいた。そういう魂は魔物に転生しても行動や思考が変わらない例が多く、対処について手を焼いていたところ、其方が倒してくれたんだ」
そして魔王は「それが例えばガオノスケであって、ディマイラリズだったんだ」と続ける。
「でもリチェピワが支配していたフィル王国を見ただろう?あそこにいる人間はピュアだ。そこから魂を収穫して、新しい魔物を作る。そうなると理想的な魂を持った真の魔物が増えていく!」
そう叫び、さらに力強く、胸の前に抱えていたヤギの頭を抱きしめる。するとそれからは力の無い「メェェェェ・・・」という鳴き声が漏れた。
黙ってその様子を見つめるパオゴローに、魔王は「・・・これも言っておこう。どうして其方が転生した世界のゾウは絶滅したのか分かるかい?」と声を掛けるが、彼は静かに首を横に振ることしかできなかった。
「ゾウは人間達の手によって絶滅させられてしまった、貴重な象牙などを集めるためにね。我はここに降り立ってすぐ、ゾウを襲う人間達の姿を見た。凶器を持ち、悲鳴のような鳴き声を叫ぶゾウを次々と殺していく様は惨かったよ」
魔王は静かなトーンで続ける。
「・・・其方にはそんな人間を守る義理なんてあるのだろうか?あの時に殺された同胞達の嘆きが今、パオゴローの耳に届くんじゃないかな?」
さあどうだい、パオゴロー。
人間側につくのではなく。
我の味方になってくれないか?




